第四話
「あなたはどうして連続殺人を犯したんだ」
前を歩くソウヤが尋ねてきた。当然だった。自分たちと同じことをかつて行った人間が目の前にいるのだ。ずっと聞きたかったに違いない。橋本が邪魔で聞けずにいたのだ。
「チャオの自立のため」
ソウヤは立ち止まった。
「ありがとう」
振り返ったソウヤの目には涙が浮かんでいた。
「あなたのお陰で、チャオたちは変わった。飼い主を失って茫然自失となったチャオもいたし、今行っている殺人に関わっていないチャオもいる。むしろそういったチャオのほうが多い。それでも野良チャオたちは大きな影響を受けたし、飼い主を失って野良チャオになったものの中にも影響を受けたものがいる。我々はそういったチャオたちの集団なんだ。目的はチャオたちの権利の主張。チャオは人間同等あるいは、それ以上の能力をも持ち合わせているのに、いつまで経ってもペット、所詮人間以外といった扱いを人間社会という組織から受けてきた。食料や住める場所も人間たちに奪われ、野良チャオたちは生きることさえも難しかった。もう人間のペットとして暮らすしかない、そんな現実を受け入れるしかない。そんな中、あなたはチャオたちの意識を大きく変えてくれた。我々は本当に感謝している」
ぼくはアキトを思った。もしもアキトが当時この顔とこの言葉をぼくに向けてくれていたら、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。それはぼくにとって、素晴らしい世界だった。だが、現実としてアキトの夢は叶わなかった。アキトがぼくのところに戻ってこなかったのは、正しい世界だったのだ。だが、ソウヤからこの言葉を聞けたことでぼくは救われた。正しい世界はまだ続いているのだ。
「そして今、チャオたちはその能力を人間たちに見せつけている。チャオは危険性を持ち合わせている、とも捉えられるだろうが、少なくとも今までどおりの扱いからは脱却できるはずだ」
「すみません」
ソウヤの後ろに、子どもが立っていた。少年から青年に向かう途中といった年齢だろう。ソウヤが子どものほうを向くと、子どもは落胆の表情を見せた。
「ごめんなさい、僕が昔飼っていたチャオに似ていたので」
「飼っていた、ということは今はいないのか」
ソウヤが子どもに尋ねる。飼っていた、という言葉に反応せずにはいられなかったのだろう。
「はい。十年くらい前に突然いなくなってしまったんです」
「飼われるのが嫌だったんだろうな」
ソウヤの言葉は怜とは違う温度の低さを持っていた。その冷たさに打たれ、子どもは息を小さく吸った。
子どもは泣くこともせず、ただ何かを考えていた。ぼくとソウヤは黙って彼を見ている。そして、彼は静寂を破った。
「さっきの話、ちょっと聞こえちゃったんですけど、なんで人間と話し合わなかったんですか?」
ソウヤは目を見開いた。ぼくにだけ打ち明けた話のつもりが、自分と直接関係のない他人にまで聞こえてしまっていたのだ。それでもやはり、ソウヤはすぐに冷静を取り戻した。
「仮に話し合ったとしたら、チャオの権利は認められたかもしれない。だが、対等であるべきにも関わらず、人間に根付いたチャオに対する意識は変わらない。その意識から起こる深層的な問題は、チャオたちをさらに苦しめる可能性があった。そして何よりも、人間にチャオたちを貶めた自覚をする必要があったからだ。自覚なくして真の理解は得られない」
「結果的に、僕には暴れているだけにしか見えませんが」
「それはお前が人間だからだ」
「そうかもしれませんけど、そしたら僕にいえることはなくなっちゃいますね」
「話し合って解決する問題ではないからな」
この場で子どもを殺すこともできたはずだが、ソウヤはそうしなかった。ここでチャオを飼っていない彼を殺したところで意義はなく、むしろ無差別的な殺人だと社会に解釈される可能性があったからだろう。
「悪いんだけど」
ぼくがそう切り出すと、子どもはこちらを向いた。彼の目にはこれといった感情は浮かんでいなかった。ぼくのことをしらないのだろう。
「君がどこに行こうとしていたか、聞かせてくれる?」
「K町です」
K町は、チャオを飼育している世帯が国の中で六番目に多い町だった。おそらく、次に襲われるであろう町だ。この子どもは、自分のチャオが今暴れているチャオの中にいるのではないか、と疑っているのかもしれない。自分が飼っていたチャオとあって、どうするのだろう。今自身がしたように、話し合おうとするのか。かなり難しいことのように思えたが、少し興味があった。そして、怜と橋本がK町に向かっている可能性も十分考えられた。
「ぼくたちもK町に行こうとしているんだ。はぐれた仲間がいるかもしれないんだけど、一緒に探してくれる?」
「わかりました」
ソウヤが意外そうな顔で、ぼくを見ていた。