2話 やってみないと分かんない

 ブレードがガーデンの仮設トラックを走る。
 その走り方は力強さを感じさせない。
 パワーのあるチャオだと足の力だけでぐんぐん進めるみたいだ。
 でもブレードはパワーで進んでいるわけじゃない。
 むしろ力はあんまりない方だ。
 ブレードの速さは、走り方にある。
 "技"だ。
 他のチャオの走り方をビデオで見て、研究して、ブレードにあった走り方を見つけた。
 だから他のチャオの良いところを見つけることは、そのままブレードの走力アップに繋がる。
 今の段階でも、ブレードはかなり足の速い方だ。
 このまま成長すればプロに行っても通用するだろうって父さんは言ってた。
 だけど……
「あいつはもっと速かったよなあ……」
 チャオの走力を上げる方法は走り方を見つける以外にもたくさんある。
 ブレードが他にやっていることは、緑色のカオスドライブを飲んでとにかく走ることだ。
 カオスドライブは人で言うところのプロテインのような役割を果たす。
 あと、進化。
 進化はチャオの能力を飛躍的に伸ばすことができるらしい。
 ただ、俺は"あのチャオ"とブレードの走力の差がそういうところにはないって感じている。
 だってもし基礎的な走力にすごい差があったとしたら、序盤でリードを取れていたのっておかしくないか?
 "あのチャオ"は後半の泳ぎスポットまではそんなに速くなかった。
 でも最後のストレートに差し掛かった瞬間から、まるで別のチャオのようなスピードになったんだ。
 俺のブレードとあいつのチャオで、一体何が違うんだろう……
 そんなことをずーっと考えて、もう2日も経つ。
 "和倉市ブリーダーズカップ"のまさかの敗戦から2日経った昼。
 そいつは母さんと一緒にやって来た。
「こんにちは!」
 挨拶できるのがとても嬉しい、みたいな顔だ。
 というか、初対面じゃ分からなかったけど――こいつ女子だ!
 やけに髪が長いと思ってた。肩まで伸ばしてるとか気持ち悪い男子だなあって思ってたけど……
「こら、ユウくん! 挨拶でしょー?」
「……おう」
「こんにちは、でしょ! もうほんっとこの子は……」
「あはは。お母さん、時間大丈夫ですか?」
 "女子"が母さんの時計を覗き込みながら聞く。
「あ、ごめんね、しばらくここにいてもらっていい? 夕方には迎えに来るからね」
「はーい。送ってくれてありがとうございました!」
「ちいちゃんは良い子ねえ。うちの子もちいちゃんくらい良い子だったら心配いらないんだけどねえ」
 母さんは嫌味な目線を俺に送ってくる。
「親の教育が良いんじゃないの?」
 送り返す。
「これだから困るわあ……じゃあまたね、ちいちゃん。ゆっくりしてね」
「はい!」
 母さんが腕時計を気にしながら早歩きで帰って行く。
 え? こいつと2人? マジで?
 困るわあ……
「ブレードくん、この前見た時も思ったけど」
 "女子"が仮設トラックで走っているブレードを見ながらしんみりと言う。
「走り方きれい」
「お前、なんでブレードの名前知ってんの?」
「お母さんに教えてもらったの」
「あっそ」
 俺の返答が気に入らなかったのか、そいつはむっとした顔を見せた。
「なんか冷たくない? わたし何かした?」
「別に。今日あいつは……」
 と言いかけて、すぐに見つける。
 "女子"の後ろに隠れている白いチャオの姿を。
 ひょっこりと片目だけ覗かせてじーっと俺を見ている。
「いるじゃん」
「あ、ラフ? ラフは人見知りなんだよー。特に君みたいなこわい人相手だと」
「そいつ何歳?」
「進化したばっかりだよ。1歳」
「へー。お前何しに来たの?」
「あのさぁ!」
 ぐっと顔を近付けてくる。相当うざい。
「この子はそいつじゃなくて、ラフ! ラフレシアって名前!」
「あー……はい。今初めて知ったっつーの」
「それと! わたし瀬野千里(せのちさと)って名前あるから」
「あー……はい」
「分かってない」
「はあ?」
 "女子"はラフを抱っこして仮設トラックのスタートラインに立たせる。
 ラフは少しだけ困った様子を見せたが、飼い主の意図を察したのか、すぐにスタートポジションに入った。
 今分かった。
 チャオは飼い主に似ない。
「これで勝負! わたしが勝ったらちゃんと名前で呼んでもらうから」
「うちのホームで俺に勝てると思ってんの?」
「やってみないと分かんないでしょ」
 おもしろい。
 ホームグラウンドでの有利は多少の走力の差があったとしても覆らない。
 どんなに簡単なコースだとしても走り慣れている方が有利なのだ。
 この間の仕返しができる。
 それに、あの速さの秘密が分かるかもしれない。
 ブレードを呼ぶ。
 スタートポジションに入っているラフを指さして「ほら」と言うと、ブレードは率先してスタートポジションに入って行く。
「笛吹いたらスタートな」
「うん」
 トレーニング用に使っているホイッスルを口にくわえる。
 ブレードがクラウチングスタートの体勢に入る。
 ラフは通常のスタート体勢だ。
「よーい」
 ピー! と笛の音がガーデンに鳴り響く。
 いつも練習でやっていることだ――ブレードは最高のスタートダッシュを決める。
 序盤はラフに大きな差をつけてブレードが優勢。
 ラフの走り方に大きな特徴はない。
 速いが、あの時見せた驚異的なスピードは出ていない。
 今の状態ならブレードの方が速いくらいだ。
 このまま逃げ切る!
「ブレード、ダッシュだ!」
 仮設トラックはやや起伏のある地形だ。
 でも普段走っているブレードは、いともたやすくその地形をクリアして行く。
 一方、ラフはやや苦戦している様子だ。
 走り慣れているコースかどうかの差が大きく出て、ブレードが第一コーナーに差し掛かる地点で2匹の差はチャオ10体分くらいまで広がっていた。
 第二ストレートをクリアして、最終カーブを曲がればそのままゴール。
 さすがにこの差は縮められないだろう、と思った。
 それをちゃんと分かっているのか、"女子"はやたら静かだ。
 あの性格なら焦ってチャオに色々指示を出しそうなものだけど……
 ブレードが第一コーナーをクリアする。ラフはまだ第一コーナーの中盤くらい。
 第二ストレートを快活に駆けるブレード。
 最高のスピードが出ている。
 そう見えた。
 でも、俺は思ったほどの差が広がっていないことに気が付いた。
 おかしい――
 最終コーナーにブレードが差しかかる。
 よし、勝てる!
 そう思った瞬間、俺は見た。
 ラフのポヨが炎に変わるその刹那を。
 ラフが加速する。
 その勢いはチャオ10体分くらいあった2匹の差を、わずか2秒で半分程度に縮める。
 ほとんど飛びながら走っているようなもんじゃないか……!
 ブレードも何かを感じたのか、ちらりと後ろを振り返る。
「ダメだ、前を――」
 振り返った瞬間、ラフは最終コーナーで鮮やかにブレードを抜き去って、そのままゴールする。
 5秒くらいしてからブレードもゴール。
 またしても負けた。
 しかもホームグラウンドで。
 でもそんなことより、
「今の何だよ!?」
 ラフを抱っこした"女子"がどや顔で近寄ってくる。
「教えて欲しい? 教えて欲しいーーーー?」
 うざい……
「教えるのはいいけど、約束、おぼえてるよね?」
「うっ」
「瀬野千里」
「言われなくてもおぼえてる」
「じゃあほら」
 この"女子"の、こういういかにも楽しんでますよっていう笑顔が、どうにも癪に障る。
 俺はゴールで悔しがっているブレードを迎えに行く。
 2回目の負けだ。
 しかも今回は得意なはずのホームでの負け。
「チャウウウウ」
 ブレードがちょっと落ち込んでいた。ぽんぽんと頭を撫でてやる。
 これはブレードの負けじゃない。
 俺の負けだった。
「ほら、早くぅ」
「え、優勝した子じゃん! なんでいるのー?」
 絶妙なタイミングで巧がやって来た。
 浩平も一緒だ。
 それからミンミとクーも。

このページについて
掲載日
2018年1月11日
ページ番号
4 / 4
この作品について
タイトル
ランナーゾーン
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
2018年1月11日