第一話 魔法の世界

 子供達が公園で走っている。〇五八町の公園は憩いの場として有名であった。敷地が広く、綺麗な池がある。それに加えてチャオの餌の実がなる木が生えていて、人間も遊べるチャオガーデンといった風情であった。野良チャオの多くがこの公園で暮らしている。その野良チャオ目当てに公園に来る者も多かった。特に人気なのが野良チャオのリーダーであるカオスチャオだった。カオスチャオの名前はホープであったが、様々な知識を持っていたため先生とかご隠居とかいうあだ名を付けられていた。
「先生、先生」
 そう大声で呼びながらカオスチャオのことを探す子供達がいた。男二人女二人のグループで、彼らは歳が同じだったため幼い頃から一緒に遊んでいた。彼らは今年で十歳になる。そして後ろ髪を一本の三つ編みにした少女はダークチャオを抱えていた。
「ここにいるぞ」
 カオスチャオがそう言い、少年たちに手を振った。それに気付いて四人はカオスチャオの所へ走った。
 世界革命があった四十年前からチャオは人と喋れるようになった。世界革命というのはブレイクという賢者がこの世界を魔法が使える世界に変えてエネルギー問題を解決した偉業のことである。それ以来人々は必要なエネルギーを魔法によって賄っている。チャオが話すようになったのはこの世の法則を変えた余波だと言われている。世界革命を境に記憶の一部を失ったと言う人が大勢いた。しかし人類の繁栄の代償と思えばどうということはない、と記憶を失った人々は言った。チャオともお話できるようになって幸せ。それが世界革命を体験した人たちの大半が共有していた考えであった。そして若者たちにとってはその幸せが普通のことであった。
「どうした。アックスが病気にでもなったか」
「元気だよ」と三つ編みの少女に抱えられているチャオが言った。
「先生に聞きたいことがあるんだ」
 三つ編みの少女が元気よく言った。スピアという名の活発な少女であった。
「カオスチャオってどうやったらなれんの」と日焼けした少年が割り込んで言った。
「クー、言わないでよ」
 クーというのはあだ名で、クレイモアという名前だった。
「いいじゃん。俺だって知りたいんだもん」
「まあまあ。それでスピアもそれを聞きに来たのかな?」
 スピアは頷いた。スピアとクレイモアの後ろでもう一人の少女がホープの目をじっと見ていた。そしてもう一人の少年はその少女のことを気にかけている様子であった。
「サイス、元気か?」とホープは声をかけた。
「うん。元気」
「そうか。そりゃよかった。で、カオスチャオの話だったな。元々カオスチャオは普通の人には育てられないチャオだった。二回転生させる必要があるんだが、まあこれは人によっては簡単にできる。最近はチャオとコミュニケーション取れるし、実際アックスは一回転生してるものな。問題はキャプチャだ。カオスチャオになるには色々なものをキャプチャしないとならんのだが、それに必要なものが普通の人には手に入らなかった。しかしそれも大昔の話だ。今はもうカオスチャオの素というカプセルが売っている。ちょっと高いけど、まあ一生チャオと一緒に過ごせると思えば高くはないらしい。とにかくそれを二回目の転生した後、大人になる前にキャプチャさせるんだ。そうしてノーマルチャオに進化させればカオスチャオになる。ちなみにカプセルにはノーマルチャオへの進化を促す作用もある」
「じゃあとにかくそのカプセルをキャプチャさせればいいんだね」
「そういうことだね。でも高いからいい子にしてないと買ってもらえないぞ」
「わかった。お手伝いする」
 話が一段落したところでサイスを見ていた少年が、
「俺も教えてほしいことがあるんだけど」と言った。鋭い目つきであった。
「何かな」
「魔法の使い方知りたい」
 ホープは溜め息をついた。大笑いしては可哀想だと思って堪えたら溜め息になった。
「それは無理な話だよ。教えたら俺が捕まっちゃう」
 そう言ってホープは遠くにいる人物を指さした。その人物は魔法使いであった。専門の学校で魔法について学び、魔法を使う資格を得ている。魔法は人を殺す凶器になり得るものであったから通常生活に必要な魔法以外は使ってはいけないことになっている。私的に資格を持っていない者に特殊な魔法の使い方を教えるのも当然禁止されているのであった。そういったルールが破られた場合、魔法使いが警察と協力して対処することになっている。そして魔法使いは平和を守る者としてそこかしこで雇われているのだった。
「チャオでも捕まるの?」
「捕まるさ。特に俺なんて野良だしな。自己責任ってやつだ。人間と違って殺処分かもしれん」
 チャオにはまだ人権がなかった。そのため人に飼われているチャオが問題を起こせば飼い主が責任を問われることになる。野良チャオの場合は捕獲されることになるのだが、人を殺したチャオというのはまだいない。どうなるかは不明であった。
「大丈夫。ばれないよ」と少年は言った。
「ばれるって」
「俺も知りたいな」とクレイモアが言った。スピアとサイスは賛成する風でも反対する風でもなく、成り行きに任せるつもりであるようだった。
「こらこら。そもそもなハルバード、お前どうして魔法を使いたいんだ」
「だって魔法が使えたら悪いやつと戦えるだろ」
「まあ、そうだなあ」
 こんなことになるなら魔法が使えることを教えなければよかったとホープは思った。凄い秘密を教えることで幼い子供の涙を止めることができる。だからと魔法を使ったのは軽率だったらしい。
「でもそれならちゃんと学校で魔法の勉強しないと駄目だ。そうじゃないとお前が悪いやつになっちゃうからな。で、魔法使いになったら俺のことも守ってくれよ」
「教えてくれたっていいのに。ケチ」
 クレイモアも、そうだそうだ、と言って賛同した。
「資格ないけど護身用の魔法を習って使ってる人って結構いるって新聞に書いてあったぞ。特に体を強くする魔法を使ってる人はたくさんいるって。疲れにくくなるから」
「よく新聞読んでるなお前」とホープは呆れた。「皆がやってるからいいってわけでもないだろ」
「やめようよ。いけないことはよくないよ。先生も困ってるし」
 そう言ってスピアがホープを助けた。ハルバードとクレイモアは不服な顔をしながらも諦めた。
「さっさと遊ぼうぜ」と退屈していたアックスが言った。

 日が落ちて子供達はそれぞれの家に帰るが、サイスはハルバードの家に来ていた。サイスの親は遅くにならないと帰ってこない。ハルバードの家もそうであったが、ハルバードは家の鍵を持たされていた。ハルバードの両親はまだ帰ってきていなかった。二人はリビングのソファに座った。リビングにはテーブルとソファの他にはテレビとラジオと新聞しか置かれていない。物の少ない家であった。父と母の部屋にはベッドと机があるが、机の上には紙とペンと辞書しか置いてない。余分な物、生活に潤いを与える物というのはハルバードの部屋にしかなかった。
 ハルバードは両親が何の仕事をしているのか知らない。ただ二人一緒に働いているらしいことはわかっていた。そして二人はテレビでニュースを見ている時に「世界革命はまだ終わっていない」と言うことがあった。「一日でも早く幸福な世界に変えなくてはならない」と二人は互いに言い聞かせ合っていた。
 ハルバードとサイスは、早く帰ってこないかな、とそれぞれのタイミングで呟いた。数ヶ月前からサイスはハルバードの家で夕飯を食べる生活をしていた。サイスの父は遅くまで仕事をしていた。母は仕事があるわけではないのだがどこかへ行ってしまって家に帰ってこない日の方が多かった。ハルバードが暇そうにしていると、
「ねえ、魔法の使い方、知りたいの」とサイスが言った。
「うん。知りたい」
 ハルバードは悪いやつを魔法で倒したかった。悪いやつというのはサイスの両親のことであった。以前ハルバードはサイスの体にあざがあるのを見つけた。あざはいつも服で隠れる所にあった。それがふとした拍子に見えたのだった。以来ハルバードはサイスのことを気にして、ふとした拍子が来てはあざがあることを確認していた。ハルバードにとってサイスは大事な異性であった。そのサイスが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「じゃあ教えてあげる」
 サイスはそう言って両手を器の形にした。そしてその器の上に火が起こる。火の魔法だ。しかし火はどんどん多くなっていく。サイスの顔と同じくらいの大きさの炎になった。
「これが炎の魔法だよ」とサイスは言った。炎の大きさを見れば資格を持たない者が使ってはいけないものであることは明白であった。
「どうして使えるの」
「私ね、おじいちゃんがブレイクなんだって」
「ブレイクって賢者の?」
「うん。賢者ブレイク」
 世界を魔法の世界に変えたブレイクは魔法の扱いも非常に上手かったため、賢者と呼ばれていた。しかしそう呼ばれるようになってすぐに姿を消したとされていた。
「それでお母さんが魔法の才能があるんだから今のうちから覚えておきなさいって教えてくれたの」
 サイスは言い終えると炎を消した。もっと見せてほしいとハルバードは思ったが、昼に聞いたホープの捕まるという言葉に怯えて口に出さなかった。
「魔法、教えてあげる」とサイスは言った。「でさ、魔法の学校に一緒に行こう」
 ハルバードは頷いた。
「うん。一緒に魔法使いになろう」
 がちゃ、と鍵の開く音がした。ハルバードの両親が帰ってきたのである。
「今のは秘密だからね」
 サイスは小声で言ってから、おかえりなさい、と玄関の方を向いて声を出した。ハルバードの父はリビングに入って二人の顔を見るなり、
「何かあったのか?」とにこやかな顔で聞いた。二人はどきりとした。父の勘は鋭いようだとハルバードは思っていた。しかしあくまで勘であって根拠があるわけではないらしい。
「ううん。ないよ」と嘘をつくだけで誤魔化すことができた。

このページについて
掲載日
2013年11月17日
ページ番号
1 / 13
この作品について
タイトル
ピュアストーリー
作者
スマッシュ
初回掲載
2013年11月17日
最終掲載
2013年12月14日
連載期間
約28日