終章の弐

「歓迎します、人間の大使殿」
偉く丁寧な言葉は、頭に衛星を浮かばせるような、水色の生命体、A−LIFEの体から発せられた。
建物の形はいたって平凡だが、もはや人間が住んでいた形跡は残されていなかった。
「私が統領、チャートです。ようこそおいでくださいました」
小さな頭で、球体を深々と下げて礼すると、チャートは微笑んだ。
「詳しい事情は、スカイ―最も、彼はスパイですが―と、人間の一人から伺っています」
「やっぱりか―!」
という須磨の言葉に、チャートは語弊を生んだ事を理解し、訂正する。
「いえ、スパイとは言えども、“人間がどのような性格を持って、どのように行動しているか”というものを調査する為のものです」
「…つまり、その調査に合格出来る程の信用を得られた、と?」
冬木野が疑いも露に尋ねた。
にっこりと微笑むチャート。だが、口から出た言葉は、全く違うものだった。
絶望へと叩き落す、たった一言。
「いいえ。今からあなた達は処刑します」


軍備された純粋な生き物が、カチャっと銃を構えている。
時間にしてわずか数秒、四人の大使は命の危機に晒されていた。
「くそ…!」
須磨は思わず嘆くが、冬木野を筆頭に、DX、ろっどは冷静である。
「この建物の構造は大体理解出来た。牢…某は地下のはずだ」
「急ごう」
DXとろっどが思わぬ連携を見せている間、冬木野は物思いに考え、須磨は首をかしげていた。
銃が放たれると同時に、彼らは動く。
大扉を開け放ち、すぐさま出ると、行き止まりも危惧せず走った。
「右です!」
冬木野の指示に従う。どうやら、道は彼に任せるしか無いようだ。
「どうやって道順を覚えたんですか?」
須磨が上司に聞くと、冬木野は、
「勘だよ」
その答えに身震いしたのは、言うまでもなかった。


「某!」
何とか地下に行き着いてみると、予想通り、某が檻の中に閉じ込められていた。
案外元気そうなので安心してから、某は須磨を見てにやりと笑った。
「どうやら、私の考えは正解だったらしい」
「みんな、後ろだ!」
気付いたDXが叫ぶ。
両方から、チャオの軍勢。
絶体絶命の、危機。
「そこまでです、人間」
言って、悲壮な顔付きを見せると、衛星をぐるぐる巻きにして、チャオたちは微笑する。
「いや、ここまでです、ね…」
チャートが先頭に現れ、隊長の須磨に向き合う。
「話は全て、あの心優しい女性から聞きました」
唐突に話し始めたチャートは、しかし浮かばれない顔つきを変えなく、水色の小さい体は透明になっていく。
「人間が生活難で困っている―本当はみなさんは争いたくは無いのだという事も―」
この場で状況を飲み込めたのは、檻の中に過ごした某と、そしてろっどだけであった。
「何とかならないのか?」
某が訊ねる。答えたのはろっどだった。
「無理だろう。恐らく、“彼”は命を捨てて戦ったはずだ」
そういって、付け加える。
「“大自然の意志”と」
「さすがは人間の大使ですね。その通り、“彼”は結局、薄暗い繭に包まれ、消えてしまいました」
「あなた達は―」
ろっどが続けそうになったところを、やっと気付いたDXが受け取り、続ける。
「なぜ、抗わないのですか?」
「もう、その力すら無いのです。私たちは“大自然の意志”から創られた個体ですが、まさかその基礎を破壊されては元も子も……ですが、確実に“大自然の意志”に背いて行動して来た一部のチャオたちは、います。どうか、寛大なご処置を」
悲壮な顔付きは、仲間を思う、大自然を思う、全てを思う気持ちで埋め尽くされていた。
だが、消えかかる小さな身に、最後に一つだけ、ろっどは質問が残されていたのだった。
「待って。彼女はどこに―!!」
済まなさそうに笑ったチャートは、多くの機械と共に、多くのチャオと共に、消えた。
衛星は、最後までぐるぐる巻きだった。



プラネット・レジスタンス−結末の終章 弐



その後。
チャートの遺書が見付かった。
“彼”は“大自然の意志”総体である、緑色の目の液状生命体と対決し、命を捨ててまで戦ったという事だった。
青空を取り戻してくれた、たった一人の英雄の名前を刻んだ俺たち五人は、政府に報告、依頼するために、これから“悠久”に乗って戻るつもりだ。
ろっどは彼女を一刻も早く探したい、そう言い張った。俺は同意して、ろっどにも任務を与えておいた。後から聞いたところ、その姿はとても偉そうだったらしい。
DXさんは仏頂面のまま、下弦の操縦をしていた。最後まで彼だけは口を開かなかった。
冬木野さんも然り、黙り込んでいたが、俺が気軽に話しかけると、必ず笑って答えてくれた。
幽閉されていた某さんは、ろっどの様子に苦笑して、頭部を華麗に操縦するさまを俺に見せ付けてくれた。俺もいつかあの人のようになりたい。
そんな訳で、俺の短い旅の、しかし小さくは無い旅は、幕を閉じる事となる。
俺たちを助けてくれた英雄を、一人、戦った“彼”を、空を連想させたチャオを、忘れないように。
やらねばならない事がある。
チャオの意志も捨てはしない。消えていった彼らのためにも、背負って進んでいく。
進んでいくのは俺では無いが、とりあえず言って置こう。
A−LIFE、通称、チャオ。
人間と仲良く出来たら良いな、と思った。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第259号
ページ番号
6 / 6
この作品について
タイトル
プラネット・レジスタンス
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第259号