ページ2

適当な口調で、言った。


「ギターさ、朝の粗大ゴミに出しちゃったんだよ!
8時のさ、粗大ゴミに、全部、全部、出しちゃった!!」


「…へ?…えー、何よ、そのジョーク!
やっぱり、本ちゃんには面白い話はできな…。」


「…。」


「………ぇ?ちょっと、待ってよ…。」


「今日は、お別れを言いに来たんだ。」


「…ぇ?」


「分かっちゃったんだよ!俺分かったの!!
 俺才能無いみたい!!
 ハハハっ、メッチャ面白いよな!
 せっかくの5年間を棒に振っちゃった!!!


 …。…だからさ、…。


 …俺、田舎に帰って、仕事でも、するわ…」


「…。…もう、本ちゃんっ、もうそのネタは良いからっ!
 全然面白くないよ!凄く寒いもん!」


「…。…そう、そうなんだよ。
 人生ってのは…全然面白くも何ともない、
 寒いモンなんだよ。


 ハハハ…これ、お前にやるよ。想い出に取っておけ。」


俺は黙って未だに半信半疑な目をしている薫に、
一つの物を渡した。


いつか二人でお金を出し合って買った一本のギター。


それの、“俺によって折られた”ネックの一欠片、
その時薫が出したぶんのお金を、添えて。


「その封筒のお金はもう、返さなくて、良いよ。」


「…。」


「お前がいつか、すんげぇ有名なヤツになってさ、
 テレビにいっぱい出演できるようになったら、返してくれよな。
 …ま、元々お前の金だし、返さなくても良いんだけど。」


「…。」


「楽しかったよ。5年間。棒に振ったけど、“棒に振らせた”けど、
 もう、お前はそんな売れない人間で居る必要はないんだ。
 じゃあな、例の音楽事務所にでも連絡してみろ。
 あのプロデューサーの顔、マジだったしな。」


「…。」


「あぁ、そうだ、このぶっ壊したギター、前お前が触っただけで怒ったよな。
 今更だけど、謝るよ。
 あぁ、そうだ、後は…。」


「ふざけんな!!!!!」


薫は乱暴に叫んで俺の方を見た。


封筒とギターの欠片を思い切り壁に投げつける。
行く先知らず、二つは壁に向かって突進していった。
でも、撃沈し、その下へとぼとっと落下する。
壁は少しへこみ、ギターの欠片はベッドの上に転がった。


薫は怒っているような顔をしていた。
それがどんな怒りかは、俺には分からなかった。


でも、その目からは大量に涙がこぼれ落ちていた。


声を出したいのに、声が出せそうにないように。
それでも、振り絞った声が俺の耳に届いてきた。


「あた、しは…本ちゃんに、憧れ、ていたんだ、よ…?
 毎日、高校の机、に突っ伏して、頭と、身体と、時間を費やして…。
 何にも、何にも!楽しいこ、となんて、無かったんだよ?
 でも、初めて会ったときの本ちゃんは違ったの!
 毎日、汗水流して、バイトして、それでもギター買えなくて、
 だから、もっとバ、イトして、過労で、倒れ、て、
 本当に、死にか、けて、でもそれでも、ギターの、ために、
 汗水流、して…。
 ギター、買ってはしゃい、で、私の髪を、撫でてくれ、て…。」


「…。」


「ちっちゃ、い部屋で、ギターの、機械、に、囲まれて、
 あたしを座らせて、良く聞かして、くれて、
 面白いことも、言って…なんか…すっごく、格好良かったじゃ、ない…


 …やめちゃったら、何にも、ならない、じゃな、い…」


「…。」


「…ねぇ、そうだ!
 あたしの口座からさ生活費出せるから、これからも一緒に住もうよ!
 あたしが1人でプロになるから、お金かせいで、本ちゃんと一緒になって、
 全部、あたしの建てた家を本ちゃんが使えばいいからさ!
 それで、もっと上手くなったら私と一緒にプロに来ればいいからさ!


 だから…」


「…。」


「だから、さよならなんて言うなぁ!!!」


「…薫…。」


「行くなんて言うなぁ!!!消えるなんて言うなぁ!!!


 壊したギターなら、あたし、がまた、全部買ってあげる、から…


 あたし、1人で、一体これから、どうしろっていうの?」


薫は傍にあったマイクを握りしめてうつむいた。
俺は泣きそうになった。
恋人と別れるときは、こんなにも、泣くことはないだろう。
もっと辛い、例えばそう、死に別れのような、そんな感じだった。


でも俺は、虚勢を張った。


「…ありがとう。俺を止めてくれたのはお前だけだよ。
 何かお別れの品でも俺にくれないか?
 あ、そうだ、この花瓶!前俺が割っちゃったのを、
 10時間かけて接着剤で治したヤツ!これくれよ!
 家で花を育てるのに使うからさ!
 …あ!でも、これ治したヤツだから、すぐに空中分解するよな!
 これをさ、俺の弟にあげたらビックリするぞ!
 ベッドの上に置いておいたら、次の日顔がびしょぬれだったりしてな!」


「…。……へへ。」


「へへ…。本ちゃん、面白い…。」


「…。…笑ってくれた。そ、お前はそうやって、笑顔で人を幸せにする、
 そんな才能を持って生まれてきたんだ。
 そうやって、笑ってさ、これから生きていけば、
 もっと素敵な事に会えるし、もっと素敵な人に出会える。
 俺はお前に気付かないように、ずっと応援しているからな。」


「…。」


「俺は田舎でガキに野球でも教えるよ。
 俺のいる小学校の野球クラブの人が、推薦しているんだ。
 …楽しくやっていくつもりだよ。…これ、住所。
 忙しくなるだろうけど、もし機会があれば、また来てくれよな。
 …。
 …面白かったよ。決して、棒に振った5年間じゃなかったよ。
 ありがとう。…バイバイ。」


俺は手ぶらで薫の部屋を出ようとする。
薫は俺の手を一瞬掴んだ。
…でも、俺が目配せすると、すぐに、そっと、はずした。


がちゃりと音がする。
このドアノブで、この音を出せるのはもう、このときが最後だろう。
俺はかすかに無機質な、サビたドアノブに微笑んだ。


ドアを開けると、闇色の空が広がり、
気にするなと言わんばかりに俺の髪を風が通り抜けた。
もう、夜になっている。
そして、ここからの景色を見ることはもう、ない。


…5年間、俺が薫とここに泊まったときは、
薫は何かの拍子にこの夜空を見ながら、
急に泣いてしまったことがよくあった。理由は分からない。


でも、俺はその時、
いつも優しくある言葉を投げかけて、髪を撫でていた。


俺はアパートの廊下を歩きながら、
もう一度薫の部屋の前のを見つめた。


昔の、夢を追っていたある恋人達が、
あの場所から星空を眺めて、白い息を吐いていた。
男はそれを見ながら、優しく、女の髪の毛を撫でながら何かを呟く、
そんな幻想であった。


そして、ゆっくりと深呼吸をして、
その幻想の中で言った言葉と同じフレーズを、静かに、呟いた。


—おやすみ、…君が泣かないうちに。     Fin

このページについて
掲載日
2008年12月30日
ページ番号
2 / 2
この作品について
タイトル
おやすみ、君が泣かないうちに。
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
2008年12月30日