その4
【ONLINE DREAMS その4】
普通、公共の場であるコミュニケーションロビーで叫ぶなんてことはマナー的にありえない。
場合によっては、「痛い人」として認識される場合もある。
が、今回は違った。それはむしろ、自然なこととして認識された。
【イクス】「なんで・・・なんでこんな・・・」
メリッサとグライフは、今のイクスにかける言葉を持ち合わせてはいなかった。黙って立ったまま。
・・・そこに、1人の男性キャラがやってきた。キャラクター名、DD。
イクス達の昔の仲間である。が、最近はすっかり見なくなっていた。
他の人たちと同じように、サービス終了を知って慌てて戻ってきたのであろう。
【DD】「うお、みんな久しぶり!やっぱりみんな、終わるって聞いて戻ってきたの?」
【メリッサ】「お久しぶりですー。」
【グライフ】「まぁ、俺は似たようなもんかな。でもこっちの2人は違うぜ?ずっとやってたんだからな。」
【DD】「マジ!?すごいな、ずっとやり続けてたんだ・・・
・・・あ、オレ、サービス終わる前に色コンプしてみたいんで、また!」
そう言うと、彼は足早に彼らの前を通り過ぎた。
彼以外にも、久しぶり、と挨拶する人が何人もいた。
そして、そのほぼ全員が、挨拶だけして、足早に自分のチャオガーデンへと消えていった。
サービス終了までに、○○をしておきたい。
普通ならごく当たり前の考えである。
【イクス】「・・・今度はこれかよ・・・」
【メリッサ】「イクス?」
再び、イクスの様子が変だ。
【イクス】「いざサービスが終わるってなればみんな掌[てのひら]を返したように戻ってきやがって!
色コンプしたいんだったらずっとやってろよ!レース制覇したいんだったら毎日通ってろよ!」
今のイクスには、自分以外の何もかもが嘘で塗り固められたように感じられた。
どうせ他の人もチャオなんかどうでもいいんだ。
「チャオ育て」という「ゲーム」がしたいだけで、チャオを可愛がりたい訳なんかじゃない。
サービスが終わればみんなさっさと他のゲームで遊んでるに違いない。
そして、チャオはまた、人の心から永遠に忘れ去られていく・・・
【イクス】「結局、みんなそうなんでしょ!?それでいいんでしょ!?」
が、それをグライフがキッパリと否定した。
【グライフ】「違う!」
【グライフ】「思い出せ!なんでチャオ・オンラインは作られたんだ!?」
【イクス】「・・・!」
【メリッサ】「10年近く前に、いたんでしょ!?
チャオがこのまま人々の心から忘れ去られるのが、悲しくて、悔しくて、許せなかった人たちが!」
・・・署名運動。
【メリッサ】「その人たちがみんなの想いを集めた結果作られたのが、このゲーム・・・私はそう聞いた。他でもない、イクスさんからね。」
【イクス】「ごめん・・・なんか最近、おかしくなってたよ・・・」
イクスは頭を下げるアクションをして、謝った。
が、今度は悩み出す。
【イクス】「でも、10年前の人たちみたいに、署名をするなんて自分にはできそうにないし・・・」
【グライフ】「いや、署名ってのはあくまでも『想いを表す1つのカタチ』に過ぎないんじゃねぇのか?
チャオに対して、それぞれ自分にできる目一杯のことをする。それが、チャオにとっても一番幸せなんだと思うぜ?」
【イクス】「うーん、自分のチャオを、目一杯かわいがるぐらいしか、できないけど・・・」
【グライフ】「それで十分だろ。むしろそれが一番大事なんじゃね?」
答えは、決まった。
【イクス】「メリッサさん、グライフさん、ありがとうございます。残り少ない時間で、自分ができることを、やってみたいと思います。」
こうして、彼らのチャオ育ても再開した。
イクスにとって、6月末にサービス終了が発表になってからの時間は、チャオ・オンライン発売からの時間の中で、一番充実したものとなっていた。
発売直後は、それこそ徹夜でかわいがったのに。
発売から数年、1日も休むことなく、毎日チャオガーデンに通ったのに。
それでも、充実度では、「残り3ヶ月」には、なぜか敵わなかった。
9月初め。
最後の1ヶ月ということで、サーバーが無料解放された。
ますますチャオ・オンラインに人が戻り、発売直後、とまではいかないものの、かなりの活気を取り戻していた。
【キャラA】「懐かしーい!」
【キャラB】「やっぱりチャオはかわいいねー!」
【グライフ】「見ろよ、みんな戻ってきてるじゃねぇか。」
【メリッサ】「みんな、チャオを忘れた訳なんかじゃないのよ。そりゃ人間だから、他のものに離れてしまうことはあるけど・・・」
【イクス】「これだけの人が、チャオを忘れずにここにいてくれる・・・!」
それは、何物にも代え難い光景であった。
<続く>