第1話 異性の幼馴染み
アイアムお姫様。
でも二人目の妾の子です。
父にはたくさんの妾がいます。
この国の王様は代々武力に長けていて、腕っ節が強かったり、優秀な戦術家であったりしました。
それで王様は、その王族の血を持つ者をたくさん生まれさせて、国の力を維持するつもりなのです。
私の体にもしっかりその血が巡っていて、私は日々の訓練が楽しくてたまらなく感じます。
模擬戦は一対一でもそうでなくても刺激的なスポーツという感じがあって、凄く楽しいのでした。
本当の戦になったら疲れるばかりで少しも楽しくないのでしょうけれど。
でも偽物の戦をして、体を思い切り動かすのは快感です。
その日、稽古が始まるのを待ちきれない私は、自分の部屋で愛用の金棒を持ち素振りをしていました。
二百ほど振って、ちょっと疲れた頃でした。
開けていた窓の方から、草の揺らされる音がしました。
私はその侵入者に声をかけます。
「アシト、いるんでしょ」
すると私と同い年の少年が姿を見せました。
「流石に鬼姫様は鋭いな」
私の武器は、外国の童話に出てくる鬼という化け物も使っていて、それで私のあだ名は鬼姫なのでした。
「バレバレなのよ、あなた」
「でも見張りのやつらは気付かなかったぜ」
それは、嘘です。
見張りをしていた兵士たちは彼を見つけていて、彼がのろのろとこそこそしている間に、私に彼のことを知らせてくれたのです。
彼は小さい頃からこんな感じで、城に入ってきていました。
「今日もちゃんと稽古に来て偉いね」
「そうしないと飯くれないからな」
「今日は仔牛を使うそうよ」
「やったぜ!」
彼はこの城の人たちに愛されています。
兵士たちにも料理人たちにも、そして国王にも。
だから毎日のように城に侵入しても咎められないのです。
そして剣の才能があるので稽古に参加させ、いいご飯を食べさせ、ゆくゆくは騎士にでもしてあげようと大人たちは考えているのでした。
彼はそういったことをどこまでわかっているのだろうと不思議に思います。
特別な扱いをされているなんて、少しも思っていないのでは。
そう疑いたくなるくらい、朗らかに接してくるのでした。
模擬戦では、木材で作った武器を使います。
大怪我をしないように、という理由だけではありません。
稽古の最中に武器が壊れてしまうかもしれないことを考えて、安く作れる木の模造品が使われているのです。
剣なんて、歯が折れたりこぼれたりして、扱いが面倒なのです。
でも金棒と比べるとそれらの武器は軽くて、それはちょっとつまらなく思います。
「アシト君、ヘネト。今日は二人でかかってきなさい」
一人目の妾の産んだ息子、ハニスお兄様が私たちにそう声をかけました。
傍にいた兵士が、
「お二方のテストですか、ハニス様?」と興味津々に笑いました。
「そう。そんなところだ」
「二人がかりなら、もう勝てちゃうと思いますよ」
アシトは不敵な笑みを浮かべます。
なんて自信過剰。
私は呆れました。
ハニスお兄様はこの城の兵士や騎士の誰よりも強いのです。
お兄様の振るう剣は正確に敵を倒し、痺れるほどに美しい。
それほどの力がお兄様にはあります。
アシトだってそのことくらいはわかっているはずです。
でも本当のことを言うと、私も二人がかりならお兄様に勝てるかもと思っていました。
アシトとハニスお兄様は剣を、私は棍棒を構えます。
さっき真っ先に興味を示した兵士が審判の役になり、試合開始の合図をします。
挟み撃ちにしてお兄様の隙を作る。
そういう狙いで私とアシトは左右に分かれます。
でも私は直線に近い軌道で、お兄様目がけて走りました。
弧を描くアシトとは時間差のある攻撃。
これは、ちゃんとした作戦なのです。
私の攻撃に気を取られた瞬間に、アシトの剣が突いてくる。
「ふんっ!」
思い切り振った棍棒をお兄様は身を引いて避けます。
カウンターを迎撃するためのもう一振り。
お兄様はそれを見てから、踏み込んできます。
縦に振った剣を私は棍棒を盾にして受け止めます。
それを好機と見たアシトが攻撃をしかけます。
しかしお兄様はそれに素早く対応してみせました。
剣は跳ね返るボールのように棍棒からとっくに離れており、体はアシトに吸い込まれるようにすっと移動していました。
アシトの剣を自身の剣で一瞬受け、その僅かな時間のうちにアシトの真横に来ていました。
そしてひらりと一回転しながら、その勢いのままに剣を振るいますと、お兄様の剣はバシッとアシトの背中を打ちました。
その素早い反撃を、私はしまったと思いながら見ていました。
次は私だ。
お兄様は私を見つめました。
私は防御のために棍棒を構えます。
その防御をお兄様はあっさり突破してみせるのでした。
「チャンスだと思った瞬間に隙が出来てしまっては、今のように返り討ちにされてしまうよ。決して気を緩めることなく、冷静に相手を叩かなければいけないよ」
お兄様は優しく微笑んで、アシトに言いました。
そしてお兄様は私を見ます。
「アシト君がやられそうになった時に、諦めてしまっていたね」
「はい」
「諦めずに動かなくてはだめだよ。動けば仲間の命が助かるかもしれない。それがだめでも、敵は倒せるかもしれない」
その日、お兄様は繰り返し私たちの二人を同時に相手にしては、私たちにたくさん助言をしました。
そんなことは初めてだったので、成人の儀のような、儀式のように感じました。
たった今、私たちは今までより一段強くなれる時期が来ている。
そういうことなのかもしれないと、私は稽古に打ち込みました。