(後編)ページ10

「いやぁ、学校っていい所だね。皆代わる代わる面倒見てくれたし、英語の先生は美人だし――給食まで食べさせてくれたしね」

この国が銃社会だったら、今の一言でお前の額には穴が開いているぞ。

「まぁまぁ。とりあえず気を静めて、あの壮大な夕焼けを眺めながら穏やかな気持ちで家に帰ろうよ」

お前がいなければ穏やかなのだ。
どこまでも憎憎しいこの小悪魔は、僕の頭にぴょんと飛び乗ると、そのまま座り込んだ。

「さ、れっつごー」

怒る気力も湧いてこない。
チャオ用人型無料タクシーと化した僕は、とろとろ歩き出した。

さて、どうすればこの状況を打破できるかな。
ずいぶん遠くの記憶のように感じられるが、昨日聞いた言葉を掘り返してみる。

『自然を守る』

何をすればいいんだろう。どうも漠然としている。
やろうとすればなんだって出来る。が、すぐに何をやればいいのか思いつかないのは僕の自然に対する関心の希薄さゆえだろうか。
コレからもこの星にお世話になっていく若者たる僕達がこの星のことを全然考えていないときたら、精霊であるチャオ達が文句の一つもつけたくなるのは当然であろう。
しかしもう少し他に方法があるんじゃないのかと憤慨する僕の耳に、その声は確かに聞こえた。

この状況を打破するきっかけとなる声が。


「募金お願いしまーす」

人通りの多い駅前に、そのソプラノはよく響いていた。
帰宅途中の僕の目に、小学校低学年の少年少女が首から箱をぶら下げて行交う人々に募金をお願いしている光景が映った。
普段だったらスタスタと通り過ぎていたかもしれないしそうでないかもしれないが、とにかく今回に限っては僕は立ち止まった。


少年少女が寄付を募っている理由が、森林保護のためだったからだ。


必然か偶然かはわからない。
が、今僕は自然のために何かしら貢献しなくてはならない立場であり、そして普段学校に財布など持参していかない僕は、今制服のポケットに――

――珍しく、財布を忍ばせているのであった。

僕は募金箱を持った少年少女たちのもとへ歩いていく。
そして財布から、1円玉100枚分の価値がある硬貨を1枚取り出し、募金箱の中へ放り込んだ。
グリンは何も言わず、頭上でその様子を見守っていた――と思ったのだが。

いつのまにか、グリンはいなくなっていた。


その翌日。起床した時、お腹にグリンは乗っていなかった。
当然だが、僕は100円募金しただけで「自分は自然を守るコトに貢献した」などとは微塵も思っていない。
僕を含めた大勢の人が力を合わせれば、一人一人の力は小さくともそれは大きな力になる。
が、僕の自然保護のための貢献度はたった100円玉一枚分であることには変わらず、とてもではないが胸を張って呪いを解けとは言いづらい。

それでも、グリンはいなくなった。

一昨日、そして昨日と二日連続で僕に牙を剥いた階段も今日は無事に降りることが出来たし、登校途中もなんら変わったことは起きず、僕は見事遅刻せずに朝のHRを迎えることが出来た。
きっと、呪いは解けたのだろう。

話している時は腹を立ててばかりいたが、いなくなってしまうとなんだか寂しい――

――などという感情は全く湧かず、僕は今心からせいせいしている。
ようやっと呪いは解けた。ようやっとと言っても呪われていた期間はわずか二日だったが、その二日を僕は非常に長く感じたのである。
また普通の生活に戻れるコトの喜びをかみしめながら、僕は今、授業の合間の休み時間を利用して学校の図書室で本を読んでいる。

「よっ」

背後から肩を叩きながら、木戸が声をかけてきた。
僕は、少々凄みを聞かせて返事をしてみた。

「昨日は、どうも」

木戸は焦ったように、刈り上げられた後ろ髪を掻きながら苦笑いを浮かべる。

「あー、昨日は悪かったって。な、ごめん」
「冗談だよ」

そう言って僕は、再び本の黙読作業に戻る。

「なに読んでんだ」

僕は本を持ち上げ、表紙を木戸に見せる。タイトルは――

「…『自然のために出来ること』?そんなの読んでんだ」
「うん、ちょっとね」


僕はまた、呪いなんてかけられていない普通の生活に戻ることになるだろう。
以前と変わらない、普通の生活。
ただ、呪いをかけられる前とかけられた後で、僕に生じた変化を強いて挙げるとすれば――。

この星の持つ、美しい自然の今後に対する関心が、ほんの少し高くなったコトぐらいだろうか。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第219号
ページ番号
16 / 16
この作品について
タイトル
~呪いをかけチャオ~
作者
宏(hiro改,ヒロアキ)
初回掲載
週刊チャオ第218号
最終掲載
週刊チャオ第219号
連載期間
約8日