未成年

「からんからん」と音がする。

俺が入る。17歳の俺がある喫茶店に入る。

そうして、そこにいる女性が「いらっしゃいませ」と言った。
身長は150cmくらい。とても、年上の女性だとは最初は思えなかった。
カノジョが1人でここをやっているわけじゃない。
年上の女性がここを仕切っていて、カノジョはお手伝いさんと言うことだ。

「いらっしゃいませ。」

彼女はそうやって軽い応対をした。
顔は見知っている。あまり来ないが、話は合う。
会話のペースが同じなのか。単に波長が似ているのだろうか。

自称変人なんて言う俺だから、俺に波長が合う人間なんてそう居ない。
大抵、俺と会話の合う奴は、俺のぺースに合わせてくれる優しいヤツか、
相手と俺が話が全く噛み合っていないか…。
今、目の前にいる人も、もしかするとそうもしれない。
…俺が自意識過剰で「波長が合う」なんて言っているだけかもしれない。

未成年ってそう。俺だけじゃない。
「髪の長い奴が好き」って男が言うとする。
すると髪の長い女の子は「あんな奴に好かれるなんて…」と勝手に思う。
別に、全然知らない人間なのに。勿論、男女逆も大あり。

だから、俺は目の前の人に勘違いしている可能性も…。
と思ったら彼女はそんな思考を遮って俺の目の前にコーヒーを置いてくれた。
いつもコーヒーを頼むことを覚えて、俺が入ると、すぐに用意してくれる。
こんなガキな俺にとって、それは至極丁寧“すぎる”と思えるサービスだった。
気が利くなんて、そんな上から目線は、できない。

「…良く来るね。」「えぇ、まぁ。」
「ケーキ、新作できたけど、食べてみますか?」
「…安ければ。」
「280円です。」「じゃ、いただきます。」

彼女は丁寧語とため口を交えて、にこりと笑うと、また元の場所に戻る。
ここは制服など無いから、彼女もごくごくラフな格好をしていた。
セミロングの髪の毛。胸元をあまり強調しない服、あとジーンズ。
抑えているというのが分かる。
俺は仕事だからナァとすぐに納得したが、やっぱりそのたび、イヤになった。

…もっと、プライベート的にいてもいいのに…なんて。

「どうぞ。」

と、また俺の思考を遮って、目の前に甘そうなケーキが来た。
280円にしては結構大きめのサイズ。
俺は内心ラッキーなんて思っていると、まるで見透かしたかのように、
「大きいでしょ」と言って彼女は笑った。話によると、手作りらしい。

「全部自分で…?」「一応そう言う勉強していたから。」
「…専門学校?」「まぁね、…今年、大学受験だっけ?」
「そうです。大阪の方にでも行こうかと…。」
「そうなんだ…私は、あまり大学についてはよく知らないから…。」
「俺も専門学校は知らないです…言ってみたいとは思いますけど…。」
「きついですよ~。実習と講義でもう、くたくたになるから…。」
「あぁ、なるほど…。」

俺はため口と丁寧語が相変わらず交わる彼女と軽い会話をしていた。
今日は今のところ、俺ともう1人の客しか居なかった。
もう1人はおばちゃんだったが、そっちは店主との愚痴話で盛り上がっている。
「なんちゃらがなんちゃらでもうやだ!」的な、応酬。

俺は暫く客が増えて欲しくはなかった。(彼女にとっては不謹慎だけれど)
彼女は俺の話に乗っている。この機会だから、色々聞いてしまいたい気分になっている。
誰にも邪魔されたくはない。
例えこれがビジネスとか接客とか、そう言う類でも。

「専門学校って、どれくらい行ってました?」
「う~ん…2年くらいかな。」
「えっと、いつ頃…ぁ。」

言葉が思わず出たときに、俺は口をつぐんだ。
間接的に今の年齢を聞いているようなもんだ。
しかし、相手は気付いてか気付かないでかすんなりと、
「10年前くらいかな。」と自嘲するかのように笑って言った。
そして、失礼ながらにも、俺は即座に計算式を立てて、年齢をたたき出す。

「20…7、ですか。(あえて一年くらい若くしておく。)」
「そうだね。私今27だから。」
「…若い!(これは本音だった。)」「そうよー、後3年で三十路。」
「…もっと若いかと思っていました。えー、嘘ー…。」

俺の顔の表情に嘘がないのが分かったのか、彼女はまた微笑む。
思わず胸の方向に目が向く。きゃしゃだなぁなんて一瞬思う。
で、分かりやすいくらいに思い切りそれから目をそらす。
“…誰かともうヤってのかな?”なんて恥ずかしい妄想を頭で思い浮かべた。
そして、あわててかき消す。自分1人で苦笑いをする。

ふと顔をあげると、そんな努力虚しく、彼女は裏方の仕事に向かっていた。
俺は1人になり、誰か話す相手も居ないので、
ケータイをぱかっと開けて、自分のお気に入りの漫画を見る。
ケータイ漫画って言うヤツ…だ。

また、彼女が裏方から戻ってきた。

俺は少し彼女の方に目を向ける。でも、すぐに漫画の方に目を向けた。
その原因は変なプライドだった。
何か、漫画を見ている俺にあえて話しかけることを期待してた。
“それじゃダメだ。もっと質問していろんな事知れよ!”
と、心の中の悪魔か天使は叫ぶ。俺は黙殺して、そのまま下を向く。

漫画の内容は当然頭に入ってこない。
“彼氏は居るんだろうか、いや、よしんば結婚して子供もいたりとか…”
ケータイの絵だけが流れる。
なんか、中学生が、好きな子の前で、あえて注意を向けるために、
嘘寝を繰り広げるみたいに、俺も同じ事をしていた。
“バーカバーカ”なんて、心中では叫んでいた。

“まだ何も知らないくせに、メルアドも聞けないくせに。”
“何やって居るんだよ。俺って。”
何度も、俺を責めてみた。でもやっぱり、俺は動けなかった。
俺が何もいわなけりゃ、相手は何も話しかけてこない。
…話しかけりゃ、笑って応えてくれるだろう。
それが、本当の笑いか、“心の裏を隠した”笑いなのかは別として。

フィルターがかけられていることは薄々気付いていた。
一線を引かれた1人の未成年は、そこから先へと近づけはしない。
先にいる彼女は黙って、俺の方を見つめると、雑踏へと消えていく…。
そこに男が居るのか、誰が居るのか、何も言わずに、言わせずに。



何もかも嘘だった今まで
優しい言葉も濡れた目も
苦いコーヒーを飲み干した後で
それから何をすればいい

知りながらどうしても 認めたくはなかった
彼女と誰かの絆を

線を引かれた ここからキミ入れないと 笑われて
風が吹いた 埃で前は何も見えない
心は青く染まっていく

死ぬまで賑わう週末の交差点
僕はひとりはねられる

縛られるほどの想い出もないままに
逃げていく昨日に 唾を吐く

線を引かれた ここからキミ入れないと 笑われて
背中向けた 彼女はゆっくり消えるよ
手を伸ばしても 今は届かない

線を引かれた ここからキミ入れないと 笑われて
満たないことは 歯痒いこと 完全になりたい
見下ろされた 塀の上から まだ早いと怒鳴られて
夜はやって来て 引き返す場所も見えない
青い身体はまだ燃えている



「いらっしゃいませー。」

彼女の声がふと聞こえて、俺ははっと現実に戻る。
年上の声とは思えない、幼げな声。変に年上と年下が混じって、俺の心を掻きむしる。
空気に乱され、何かに乱され、俺はそれでも黙って下を向く。
しかし、結局ケータイを“ぱちん”と閉めると、
俺は「ごちそうさま」と言って、席を立つ。…また、胸に目がいく。
“いい加減相手も気付いているだろう”…そう考えると、恥ずかしくなって、
あわてて300円を出すと、さっさと店を去っていった。

…外に出ると、案外寒かった。公園を通って、夕方の空の下を歩く。
…年下じゃ、どうも好きにはなれない。
こんな顔しておいて、限定なんてバカらしいけど、年上がイイや。
あんな風に、可愛らしくて、でも、大人な、あんな変な人が。

でも、もう何も言えない。何も始まらない。
あと、一ヶ月で、俺は県外の大学に行く。

…もう、ここには来ない。

寒い風が、俺の髪の毛を巻き上げた。

Fin

この作品について
タイトル
未成年
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
2009年2月1日