~まどかまゆかの危機~ 一章
『どこだ。』
携帯電話、ブルーグレーの色を褪せることなく振りまくそれから、声がした。
いや、実はさっきからしている。ただ、話している内容が変わっていないだけだ。
場所を尋ねて来るで、何の事情も説明しやがらない。
いつもの事だから、あまり気にはしてないが、こちらの事情が違っていた。
「いや、まあ、だから。」
『どこにいるんだって訊いてるんだよ!』
まさかややこしい事になってるとは言えまい。
さっきまで俺に満面の笑みを浮かべていた奴は、今のところ店で落ち着いている。
俺はというと、店の前にいるという次第である。
事の成り行きを話そう。
あれは確か、今朝、朝食を済ませた後に、テレビをつけようとした、その瞬間だった。
目覚まし時計が鳴ってから10分、いつも通りの起床時間。
俺は目が覚めた。眠たい頭を無理矢理振り払って、頭脳レベルを日常モードにアップ。
とりあえずはこれで行こうと甘く見つつ、パンをトーストにかけた。
その内に歯をさらっと磨いて、リビングに戻った。
焦げ目の入ったパンを、そのまま頬張る。これも普段と変わりは無い。
食べ終われば、テレビを付けて、だらだらと過ごす―
―冬休みである我々学生と言う身分は便利なもので、長期休暇に入るとその行動は本人の責任によって取られるのである。
だが、そのテレビを付ける、瞬間に問題があった。
ピラリラー―
「何やってんの?行くわよ。」
いつの間にか店を出ていた奴が俺に不審げな顔つきで言った。
事の元凶はこいつ。巻き込まれたのは俺。
今朝の電話の正体は落ち着きの無い女であり、苗字を円【まどか】と、名前をまゆかと言う。
まどかまゆか。何と言い難いフルネームだろうか。
「ほら、次は婦人服でしょ。」
再び満面の笑みを取り戻した円が、偉そうに言った。
実はこいつ、俺の隣近所でも、幼稚園のころからの幼馴染でも何でもない。
なのに、なぜか親だけは仲良しで、俺がお使いのお供を頼まれた次第なのだ。
溜息をわざと大きく付いてやると、さばさばと歩き出したそいつを追ってやる。
全く。これで小遣いがいつもと変わらなかったらストライキだ。俺にはその権利がある。
『現在位置―都市デパート内部、3階です。』
普通、婦人服は2階じゃないか?
すると、俺の浅はかな知識を両断すべく、円は答えた。
「いいのよ。婦人服があれば。どうせあたしのじゃ無いし。」
それで良いのか。
「臨時ニュースです。さきほど、アクロス・ストリートにて、ひったくりがありました。」
街頭テレビが大っぴらに申し付けた。アクロス・ストリートといえば、近場だ。
ひったくりで街頭ニュースに出すなよ…俺はつまらん御託を思う。
10年前までは、街中平和で、こんなではなかった。
ただ単に「先進国」ぐらいの認識で、これほど技術は発展していなかった。
今年で16になったばかりの俺には、それが悪いのか、良いのか、分からない。
が、一つだけいえる。
この国は、戦争で狂った。
「あ、あったわ!こっちこっち!」
こいつは、今も昔も狂いっぱなしだが。
歴史で習った。この国は10年前、技術革新があったと。
習うまでも無く、10年前といえば俺は生きている。もちろん、今のように街頭ニュースでやっていたのを、覚えている。
Guardian Units of Nations。通称をGUNという。
技術革新を進め、導いたのはその集団だ。(これは歴史で習った。)
詳しく何があったかは分からないが…。
この国は戦争を起こすほど妙な国ではなかった。
それが覆されるほどの…何かがあったのだろう。
…って、何で俺はこんな事を考えてるんだ?
「ほらー!遅ーい!」
婦人服を買い終えたらしい円は、狂っていると言わんばかりの叫びで俺を呼んだ。
はっきり言って、俺はこいつの恋人でも何でもない。
というか、単なるクラスメイトだという認識しかしていない。
断じてそうなのである。
家まで荷物運びを手伝い、やっとの事で俺は臨時小間使いから解放された。
小遣いは2000円だった。まあ妥当だろう。俺の貴重な午前中を壊滅させたのだから。
俺はそれをポケットにしまうと、家に誰もいないのを確認して、眼鏡をかける。
昼間が近付くに連れ、日は高く昇るからだ。
「後部硝子体剥離」―俺の携わる目の病気である。
眼鏡をかけないと、とにかく眩しすぎる。サングラスほどではないが、一応カラーだ。
昼食を摂りにいくべく、俺は街に出た。
携帯が鳴った。
『聞こえるか?今、どこだ?』
「あー、さっきから何なんだ。」
先程の「どこだ」の主と同様、そいつは俺の親友だった。
別に大した用でもあるまい。いつもそうだからな。
しかし、この時はどうにも、様子がおかしかった。
『円はどうした?一緒じゃないのか?』
「さっき分かれた。何だ、お前あいつに気があんのか。親友のよしみだ、紹介して―」
『今すぐ円を連れて俺の家まで来い!!』
突然の大声に驚きつつも、俺は冷静に状況を分析する。
いつもと様子が違う。俺の違和感は間違いなくサイレンを響かせている。