2章 プロローグ
…誰もが一度は「死」について考えたことがあるだろう。
初めて死の事を考え出す時期はまだ言葉足らずな子供時代に考えることが多い。
自分が死ねば、その後どうなるのか?
この世界から拒絶され、地獄や天国といった所にでも行くのだろうか?
私も当時そのことを考えたし、今でもそういったことを思い考えさせられる時がある。
この世の全ての生き物、いや万物は誕生した瞬間と同時に滅びる瞬間が未来に現れるのである。
「死」あってこその「生」。
互いになくしては存在しない どちらかが欠ければ全てが無に帰してしまう。
ただ、例外も存在するようだ。
生き物の中でも特に・・・原始的な生物は死というものがない。
その概念がない。
寿命が近づいていると察知すると、その生物達は新たに細胞を生み出し命を得る。
子を産み、種を繁栄させることを必要としない生き物らしからぬ生き物。
この特徴もまた、今日知られている生物とは異色の存在なのである。
…話が逸れたようだが、その異色な生物を手に入れる機会ができたのだ。
現在もまだ調査中であり、まだ100%断言はできないが、この生き物にも「死」という概念がない。
それどころかこれは生き物の可能性を更に伸ばすことができる新たな大発見となるかもしれないのだ。
…この恩恵は人間にもあてはまる。
そう考えただけで、私の好奇心は止まらない。
君とはこうして、文書での対話位でしか接する機会がないのが惜しい。
きっと君も気に入ってくれるだろう。
さて、私はまだ研究を続けなければならない。
君とまた再会するときに少しでも多くの疑問に答えられるよう精一杯この実験で成果を得るつもりだ。
Loren Biz
見渡せばどこもかしこも木々が生い茂るなか、ちょうど上空から見て緑と緑を二つに分ける黄土色の線がある。
その黄土色の線を走る米粒よりもはるかに小さい物・・・・
それは果てしない空の上から見たトラックだ。
周りにはその車以外、何も走ってはいない。
動くものといえば風なんかで舞い上がる塵や木の葉程度。
変わり映えのしない景色におもわず運転手は退屈になる。
周囲に注意する必要もなく、ただ前を眺めながらアクセルを握るだけの運転。
その時だ。
「…あれ?」
急に車体が変に揺れたと思うと、まっすぐに走行ができなくなった。
不安定な走り方で思わず酔いそうになるが、あわてて彼はブレーキをかける。
一度車から降りて当たり前かのようにタイヤを確認する。
そこにはタイヤに穴が開いていた。
ただ、別段不思議なことではない。
整備されてないこの道路を走っていればパンクもしょっちゅうな事。
男はトラックの荷台へと乗り込み、やがてスペアタイヤを取り出す。
手馴れた手つきで彼はタイヤを取替え、再度運転席に乗り込む。
「ん?…今、何かが………」
サイドミラーに映った一瞬の影を感じ取るも、気を取り直して彼は車を進める。
自分の気のせいだという答えを導き出して…
「…こちらユウヤ。 潜入に成功した。」
「流石だな 大将。 それにしても一体トラックのどこに身を潜めているのだか」
「車体の上だ。」
「…いったいどうやってばれずにそんなところに…」
「車の動きを一度止めてしまえば、後は簡単だ。」
「…時間が掛かるだろうし一度通信を切るぞ。」
「そうだな。しばらく空でも眺めておく。」
「…優雅なことだな。」
無線通信が切れたことを確認し、ユウヤは改めて周囲を見回してみる。
生い茂る両側の熱帯雨林と、果てしなく続く道が広がっているだけ。
施設のような建物の影は見当たらない。
ユウヤはとりあえずトラックの上に寝転がって上を見上げた。
果てしなく広がる青…。
ユウヤの視界には広がっている。
任務へのあせる気持ちを途方もなく広い青空が吸い込んでいるようだった。
しばらく青を眺めたユウヤはそっと目を閉じた。
あの日…
数日前の事を思い返す余裕をようやく手に入れたからだ。
Some Days Earlier
・
・
・
・
・
カーテンを閉めきり電灯も付いてないリビングで俺達は時間を費やしていた。
ソファに寝転び、ひたすらノートPCのキーボードをカタカタと打ちながら。
俺に話を続けている所だった。
「お前のせいでもう俺はナース達との夢の時間も打ち切りになったんだからな?」
「どんな夢にも終わりは来る。 早く目覚めたほうが気は楽だ。」
「…余計な仕事を増やされて気が楽になるほど俺はMじゃねぇけどな。」
「……悪かった。」
俺の謝罪の言葉にようやく相手は身体を起こした。
既に着崩れてしわだらけの白衣を手で簡単に伸ばしながら無精ひげを少し蓄え、サングラスをかけた男。
彼は端末と書類を一枚テーブルに叩きつけてはき捨てた。
「…ったくあほらしいったらありゃしねぇよ。」
しかしそう言う彼 【レイヴァン】の表情はどこか明るかった。
「とにかく連れ去られた二人の居場所は何とかこっちで解決できた。」
「どうやって?」
彼は手を伸ばし先ほどたたきつけた端末を手に取る。
これ見よがしにと端末をアピールして見せてこういった。
「…発信機だよ。」
「みこしてたのか?」
「保険だよ ほ け ん。」
端末には二人の所在地を伝える受信機…ただ端末自体には座標を示すような印は見当たらない。
当然そのことを黙っている理由はなかった。
「何の反応もなしか?」
「…発信機のバッテリーがもう切れたからな。 それは仕方ねぇ。」
「…これだけじゃ保険になってないぞ?」
「それをちゃんとプリントアウトしてあるのがこれだよ」
若干のしわが浮かび上がっているプリント。
これに二人がどこにいるのかという情報が記されているのだろう。
とはいえ乗り気はしない。
もともとはといえば今回の一連の出来事も俺のミスから生まれたもの。
罪悪感と自分の不甲斐なさがこのプリントを見ると伝わってきそうだ。
ユウヤは苦々しい表情で受け取った。
「今、お前が見てもらっているプリントには二人の現在位置と今回の任務の概要を簡単にまとめておいた。」
「…」
「俺達は何としてでも二人を救出し、CHAOが存在したという証拠も抹消しなければならない。」
「手柄を横取りされるのを防ぐために?」
「違うな。」
「答えは何だよ?」
「…あんなものが実在すると他にリークされてしまえばそれこそCHAOの確保に世界中が動き出す恐れがある。」
「ずいぶんと…スケールのでかい話だな。」
「CHAOじゃなくてもネッシーだとか宇宙人だとか雪男でも、もはやその名前自体がブランド名になりつつあるからな。
それだけ世界に知られている存在を使えばアホにだって金が手に入ってくる 名声が転がり込んでくる。
そして…大げさでも何でも…CHAOを手に入れようという各勢力の行動が確実に生じてくる。」
ユウヤの表情はプリントを受け取ったときから変わることはなかった。
あまりに深刻で状況を聞かされれば聞かされるほどプレッシャーに変わってくるのは明白だ。
「ならなおの事…黙って待っているわけにいかないな。」
先ほどとは違う、覚悟を決めた表情。
立ち上がり、明確な意思を感じさせる姿はたのもしいの一言。
そして彼は、最後の質問をする。
「どこへ潜入すればいい? …場所はどこだ?」
その言葉にもう一人の男はいつもの調子でこう答えた。
「こ こ だ よ。」
予め用意しておいた地図帳を開きある地点をリズミカルに指で叩きながら。
その様子にユウヤはこう言葉を漏らすしかなかった。
「・・・骨が折れそうだ。」
「頼むぜ? 大将♪」
・
・
・
・
・
突如、無線連絡が入ってきてユウヤは目を開けた。
あれから約一時間程経過…
周囲は密林、おそらくあそこが俺の潜入地点。
緑色の中でひときわ目立つ灰色の建物がそうだろう。
一つ任務をクリアしたユウヤに無線の向こうからは新たな指示が届く
「発信機からの通信が途絶えたのはちょうどそこだ。
まずはこの近辺に二人が捕らえられているであろう施設を探して潜入してくれ。」
「了解。」
「頼むぜ 大将。」
「これより任務を開始する!」