1話

カナダ ブリティッシュコロンビア州。
街からほどよく離れた距離に連なる山々 ロッキー山脈。
その山道の麓を走るものが上からは確認できた。

走るものはバイク。
跨っている人間は男、服装は周りの景色に似合わぬ黒一色。
コートはただ風に靡いて力なくパタパタと揺れている。
腰に備えた獲物は拳銃こそが彼唯一の装備。
武力によって鎮圧させる事が任務であり、彼の装備はあまりにも貧弱な物であった。
しかし彼にとってはこれで充分、それどころかこれ以上の複数装備は足手まといだと考えていた。
武器にせよ、人手にせよ、男はいつも孤独であった。
孤独が好きか嫌いという問題ではなく、気づけばそういう環境であった。

―バイクは小刻みに身を震わせながら彼を目的地へと誘う。

腰に備えられた彼の獲物―【コルト アナコンダ】
 銀色の銃身、4インチモデル、Mk-Vシリーズの大型リボルバー。
・・・もうかれこれ10年の付き合いになるのだろうか。
男とそれは互いに今までの生涯の中で最も共にする機会が多かった。
生死を共に分かち合い、共に戦った友である。
ホルスターに今も寝ている【それ】は今も目覚めの時を待っている。

―命を込められる、その瞬間を。待ちきれずには震えている。


それから間もなく男は傾斜を駆け上がっていた。
緑豊かで緩やかな上り坂、速度を上げて駆け抜けるには丁度いい。
ヘルメット内に篭った熱を逃がすように。
うやむやも全て置き去りにするように。
・・・男の全身に力が入る、正面から叩きつける圧力も比例して強くなる。
過ぎ去っていく緑を目にしながら、男の意識は数日前に戻っていた。










「仕事だ、ユウヤ。」
不器用且英語鈍りで、男の名前が挙げられた。
仕事・・・といっても会議でもなければ取引でもない。
ユウヤはCIA所属のエージェント、諜報任務を主とするのであった。
だが、主であって、全ての仕事が諜報任務という訳ではない。
時には政府(ホワイトハウス)に対立するテロ組織や国家等を標的とした破壊工作が仕事として回ってくることもある。
破壊だけではなく、人を殺める仕事を行った事があったのもまた事実。
血が流れ、悲鳴がこだまし、狂気が渦巻く。
そんな状況の中心地に身を投じていた事も少なくなかった。

「2年程前に、中東で起きたあの事件は知っているだろう?」

「・・・」

「中東で最大規模の大きさを誇っている製油所【FLOOD】がテロリストによって占拠されたあの事件だ。」

「それとこれといったい何の関係が? テロリストは全員身柄を拘束したか死んだはずだ。」

「・・・確かにテロを起こした集団全員は処理をした。だが、奴等と協力体制をとっていた別グループが存在する様だ。」

「・・・協力?」

「そうだな、同盟といっても良い。アメリカ政府を武力で倒すという目標を掲げてな。」

「随分度胸のある連中だな・・・」
・・・その時ユウヤは鼻で笑うしかなかった。
苦々しい経験と今の状況が重なるようで。
思い返したくもないトラウマが否応なしにぶり返してくる。
無力感、空しさ、悲しみと、負の感情だけが生々しく浮き上がっていた事を覚えている。









まるで吸い込まれるかの様に、まるで誘い込まれるかの様に。
ユウヤの心はどこかへ飛んでいたが、バイクは正確に【仕事場】との距離を縮めていた。
山道から逸れた獣道を強引に掻き分けて進む黒の塊。
大小様々な草木もこの場では無力な存在に等しかった、乱雑に踏み荒らされ枯れゆく運命からは逃れられない

男が仕事の内容に確信を持てたのはしばらくしてからの事であった。

― ・・・・!獣道からいきなりアスファルトが・・・・。
車一台くらいなら悠々と通れる道幅、この山奥に整備する言い訳が他に在るのだろうか?
こんな山奥にこっそりと・・・秘密主義も良い所だ。
場違いな直線をひたすら速度をあげて駆け抜ける。
もう存在が気づかれている可能性も否定できない・・・。

直線道もやがて終わりを告げるようだ。
木々という天然素材で隠されているが、地下に侵入するトンネルを発見したのだ。
男の心音は高鳴った。

警笛の様に鳴り響く音 それは歓喜に震える音なのか、それとも絶望で軋む音なのか・・・・。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第319号
ページ番号
3 / 31
この作品について
タイトル
Lord
作者
キナコ
初回掲載
週刊チャオ第319号
最終掲載
2009年5月12日
連載期間
約1年17日