第一章～あるチャオと真珠と～２

この真珠はいったい何であろうか・・・その前にこれは真珠か？
海に浮かぶはずもないのだが浮いてしまっているものはしょうがない。
とりあえず捨てるのも何なので持っていよう。
俺はその真珠擬きを懐にしまう。

暫く立ち泳ぎを続けていたら首から下と顔の温度差が激しくなってきた。
水面からの照り返しと直射日光で顔が火照ってきている。
一方の体は朝の海の温度で冷え切っている。
俺は一旦海に潜り顔を冷やす。
断崖の水面下には曇りのない視界と入り組んだ珊瑚礁が広がっていた。
まだ朝だからだろうか。
珊瑚礁の陰に身を潜めた魚たちがちらちらと見える。
まだ魚の数は少なめだな・・・

そろそろ息がきつくなったので顔を上げる、すると同時に崖の上から声がした。

「おーい、アズっちー、学校いこーよー。」

なんだ、イフじゃねえか。
今俺の名前に不快な敬称をつけて呼んだチャオがイフ、昔からの親友である。

もう少し泳いでいたかったが、学校に行く時間になったので陸に上がろう。

「学校」・・・俺たちはこう呼んでいるが正式名は Chao Champion School　略してＣ２Ｓ（シーツーエス）と呼ぶものもいる。
俺たちが通っているのはクリーク分校。
世界各地に広がる分校の一つだ。
毎日午前中はこの学校で勉強して過ごす。

崖の入り組んだ場所から砂浜まで泳ぎ、陸に上がる。
いつの間にかイフが砂浜まで来ていた。

「いこっか、遅れるよ？」

「ああ、そうだな。」

砂浜から森を抜け、草原を渡り学校に着いた。
途中にイフが何度も道草を食うので予想より大幅に遅れた。

藁や繊維質の植物で編まれた建物、というよりは小屋、の方が正確な表現だろう。
その原始的な校舎に入り、これまた原始的な机といすに着いた。
まだ校舎内には誰もいない。
周りをぐるりと見回したところで後ろから声がした。

「おはよう、アズ君、イフ君。」

振り返ると牛乳瓶の底のような厚いレンズの眼鏡をかけたチャオが現れた。

「おはようございます。ティツ先生。」

俺とイフは声をそろえた。
この人はティツ先生。俺たちにいろんなことを教えてくれたこのクリーク分校唯一の教師。

本当にこの先生にはたくさんものを教わった。
困ったことや分からないことは必ず俺に理解するまで教えてくれたのだ。
何度でも、何度でも、繰り返し。
俺とイフは分からないことがあると何でも先生に聞く。

そうだ、あの真珠についても聞いてみよう。

「ティツ先生、今朝海にこれが浮かんでたんですけど。」

俺は真珠を取り出し先生に見せてみた。
するとティツ先生は分厚い眼鏡にそれを近づけ、いろんな角度から見回して、こういった。

「ほほう。これは「賢者の枕」ですな。よくみつけましたね。アズ君。」

ティツ先生は俺に真珠を返してくれた。
イフが聞き返した。

「賢者の枕？それって何ですか？」

「まれに二枚貝の中に出来る鉱石のことですよ。
　それを枕に入れて眠ると賢くなれるという言い伝えがあります。
　大事に持っておきなさい。」

「へえ。」

思わず短い感嘆符が口から漏れた。
頭では納得したものの、俺にはこの真珠がまだ不思議でならなかった。