第一章~あるチャオと真珠と~1
「ここは地球」
俺たち「チャオ」の祖先が言い伝えた数少ない情報のひとつだ。
そしてその中のもうひとつ。
「ヒト」の存在。
数多の隕石がぶつかり合って形作られたこの楽園を、俺たちの祖先、「ヒト」はこう名付けた。
燃え盛る巨大な岩の塊に、次々に隕石が集ってゆく。
やがて完全な球体となり、全体を炎と溶岩が埋め尽くす。
灼熱の大地は蒸発し雲を呼び雨を地に落とした。
永く永く大地を穿った雫は、紅く蠢く溶岩の動きをとめ、不動の岩石とした。
それにより成された「地球」の窪みに、行き場を失った濁流が押し寄せる。
さらに永い時を経て、大きな水の流れは岩を削り取り、大陸を創る。
奇跡的に「星」と成り得たこの「塊」に、「火」が「水」をあたえ、「水」が「岩」を創り、さらに集い「海」ができた。
その「海」から「生」が生まれる。
この「銀河」の中心、「太陽」からの恵みを受けたその「生」は、酸素を生み、土一色の大地に深緑をもたらした。
やがてその「生」は進化を重ね、ついに「ヒト」に辿り着いた。
しかし、幾百もの「奇跡」が織り成した「歯車」に、ほんの少しの「狂い」が出始める。
「ヒト」が作り出した「文明」は、じわり、じわりと「地球」を蝕んでいった。
気温が上がり、数々の生物が地球上から姿を消した。
「ヒト」が必死に「文明」を駆使して対抗したが、無駄な足掻きとしか言いようが無かった。
とうとう限界まで追い詰められた「ヒト」達は、「更なる進化」という選択肢を選んだ。
体内水分率85%以上。人間の肢体を僅かに残すも、関節は消え、羽根が生えた。
顔は「ヒト」の面影を残し、何よりも不思議な頭上の球体。
その個体の感情を表すその球体は「進化体」のコミュニケーション機能として大いに発達した。
幸福が続く限り不死身という生命力の強さで、あっという間に「地球」はその「進化体」で埋め尽くされた。
その「進化」のおかげで、「地球」は救われた。
それからさらに時が経ち、「進化体」は、ゆっくり、ゆっくりと知能が発達していった。
これだけが、俺たち「チャオ」に遺された歴史の全て。
しかしそんなことチャオの俺にはどうだっていい。
・・・俺には・・・この海さえあれば・・・
恐らくは古よりも碧さを取り戻した「海」に、俺は真っ直ぐ視線を向ける。
深く深く息を吸い、聳え立つ絶壁につま先を合わせる。
風が止んだ瞬間を見計らい、なるべくしなやかに、力強く岩を蹴る。
本能的に羽根が動く。流石にこの高さは怖い。
支えを失った青い体は軽く放物線を描き、澄み渡った「海」に吸い込まれていった。
それなりに激しい飛沫と共に、俺は水底へと沈む。
着水の衝撃と全身に纏わり付く細かい気泡の心地よさ。
両極端の感覚が一気に俺の身体を走りぬける。
その快感に身を震わせる。静かに目を閉じ浮力に身を任せると、やさしく水が身を持ち上げてくれる。
きらきらと揺らめく水面に顔を上げると、目の前には大きく水平線が広がっていた。
「ふう~~~っ。」
と大きく息を吐くと、首から下を覆い隠す海水が非常に心地よい。
そこで俺は、近くにぷかぷかとゆれている物に気がついた。
よく見ると二枚貝の様だ。
近くまで泳いでいって手にとって見る。
おかしい。絶対に浮いてくるはずの無いものだ。
見たことの無い模様だ。貝殻のはずなのに、海からの反射とは違う光を放っている。
白、ピンク、青の光が複雑に入り混じり、まるで真珠のような輝きだった。
「何だ?これ・・・・」
思わず閉じている貝に手を伸ばす。両手を使ってこじ開けると、中には大粒の真珠がひとつ。
「変だな・・・後で調べてみよう。」
そう思い、俺はその不思議な真珠と貝殻を持ち帰ることにした。
・・・その真珠と貝殻が、後に俺の運命を大きく変えるとも知らずに・・・