最終話・犠牲
廃墟。
そこはかつて、大川賢という名の男が独裁を振るった場所である。
しかし、その面影はもうない。
そしてそこにいるのは、異世界からやってきた、同じ名前の少年。
彼は、向こうの世界で2年くらい前に崩壊した「ツインタワー」とやらの跡地も、こんなんだったんだろうな、と思いながら眺めていた。
「俺は・・・百万匹の・・・無実のチャオを・・・殺したっ・・・!!」
その「ツインタワー」崩壊の時の犠牲者は約2900人という事を思い出して、彼はさらに悔しがった。
だが、悔やんでも悔やみきれなかった。
「壊れた虹の向こう」最終話 『犠牲』
「くっそぉっ!!」
その瓦礫に向かい拳を突きつけた。
「俺のせいで・・・っ!!」
その時、肩に誰かの手がかかる。
「あなたのせいではありませんわ。」
振り返ると、奈々。ノラとララも一緒だ。
「そう、誰のせいでもありませんわ。
強いていうなら・・・、悲しい運命がそうさせたのでしょう。」
「運命なんて、いや、運命なんか、あるもんかっ!」
必死で反論する。
「そうさ、どうせマスコミはこの事実が知れ渡ったら俺を犯罪者にする!」
「・・・いいえ、一つだけ、その屈辱から逃れる方法がありますわよ。」
と、彼女は、ある方向を指差した。
その方向にあったのは・・・
「あれは、あの時の!?」
そう、ステーションスクエアに来た時と、全く同じ光である。
「帰れる・・・!?」
彼は正直ホッとした。
これで犯罪者の汚名を着せられることもなく、戦争についてどうこう考える必要も無く、『魂の抜けた』ただの人間に戻れるのだから。
「それじゃあ、またな。
・・・といっても、行き先は異世界だ。また会える可能性なんてほぼ0に近いだろうけどね。」
「そうですわね。また会えたら、奇跡か、運命かどちらかですわ。
・・・あ、その前に。」
と、彼女は何かを思い出したように言うと、いきなり彼に近寄り、頬にキスをした。
「・・・・!!??」
あっけにとられる賢一。
「あら、びっくりしちゃいました?
こっちの世界じゃ、ちょっとした社交辞令ですのよ。」
「そ、そうなのか。んじゃ、今度こそ、永遠のさようなら、だな。」
「そうですわね。お元気で。」
「ララ、賢一の世界に行ってみたいらら!」
そこでララがせがむ。
「ダメですわよ。向こうの世界にはチャオはいないっていう話ですし。
それに、二度と帰れなくなるかも知れませんわよ?」
「帰れないの、恐いらら・・・」
奈々がララをなだめた時には、もう光も、賢一もいなかった。
「これで、終わったのですね・・・」
街を行く。
時間は、向こうの世界に迷い込んでから、止まっていたようだ。
服装が向こうの世界に入った時と多少違うが、そんなのは周りの人は気にもとめないだろう。
仮に一人ぐらい気になったとしても、超常現象の話のネタにされるだけだ。
彼は、「大川賢」に戻った。
今考えると、戻れたのは奇跡のような気がする。
ズボンのポケットに手を入れた。
何かが引っ掛かる。
(これは・・・あ、向こうの世界のデジタル時計か。入れっぱなしだったっけ。
でも、こっちの世界じゃ不必要だな。)
と、時計を見ずに近くのゴミ箱に捨てた。
向こうの世界にいた時、彼は気づかなかった。
その時計に、「2053」の表示がある事を―――――
それに気づいたのは50年後、ニステルの収容所、自爆寸前のその瞬間だった。
壊れた虹の向こう・完