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 休み時間、文人は自分の席に座ってのんびりしていた。なるほど、こうするのも悪くない。前は歩いていた方が落ち着いたものだが、今ではそれほど差を感じない。
「なあ文人、今日は散歩しないのか?」
「骨折しちゃってね。歩けないんだ」
「すぐにわかる嘘をつくな」
「ははは」
「しかし散歩をしないとは珍しい。どうしたんだ」
「うーん、なんて言えばいいんだろう」
 正直に話すのも照れくさい。だからといって簡潔に、もう歩かなくてもいいんだ、とか言ったらそれはそれで気味が悪そうだった。
 そこに美紀がやって来た。
「ずばり振られたからだね」
「そうなのか?」
「チガウヨ」
 不自然な声になってしまった。文人は自分の演技力のなさを呪うことにした。
「誰にだ?誰に告白したんだ?」
「私」
「はい?まじ?」
「まじ」
「まじ?」
 まさかの本人登場に信じられず、今度は文人が聞かれる。仕方なく頷いた。
「それでいろいろ悟ってこうなったわけだね」
「違う。いろいろ悟って告白したら振られたんだ。だから振られてなくても告白してなくても散歩はしてない」
「で、それはいつのことなんだ?」
 当然だが、興味は散歩よりも恋愛の方が優先された。散歩魔の彼がそのような行動をしていたという衝撃も大きい。
「明日だね」
「なんで未来だ。昨日だよ昨日」
「昨日の今日で……。お前等、大物だ」
「大物?うーん、福耳じゃないと思うんだけどなあ」
「どうして耳限定なんだ」
「……そんなに息ぴったりなのにどうしてなんだ」
 文人の友人はそう呟いた。
 やがて、チャイムが鳴って楽しい会話は終わってしまう。授業が始まり静かになって文人は思う。もう自分は散歩をしなくてもいいのだ、と。そして、今度どこかへ行く時は前よりも幸福な時間と記憶を得られる気がした。
 それがどのような時間、記憶なのか。それを表現するには言葉は不便だと文人は思った。

このページについて
掲載日
2010年7月16日
ページ番号
9 / 9
この作品について
タイトル
きっと楽しい。
作者
スマッシュ
初回掲載
2010年7月16日