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 言葉って不便だなー。
 そんなことを考えながら大森文人はてくてく歩いていた。散歩だ。彼の散歩はもはや癖であり、暇さえあれば足を動かしていた。学校の休み時間も散歩し、休日も散歩する。ひたすら散歩をすることは、文人の友人の多くが彼が将来大物になるとなんとなく予想する理由となるいわゆる常人とは違った行動であり、同時に彼の友人にとって彼と会話するためには散歩する前に引き留めなくてはならないという悩みの種になっていた。
 文人が言葉は不便だと感じたのはそんな休日の散歩中のひらめきであって、大した考えもなく思ったことだ。視界に入った澄んだ川を見ながら思ったことであるが、このことも関係ないと思われる。当然、その思いつきが彼にとっての真理であるかどうかはわからない。文人はそこまで深いことを考える人間ではないし、その頭は数秒後には毎週読んでいる大好きな漫画が次週どういう展開になるか予想することに使われ、数分後にはチャオを連れて歩いている女性の後ろ姿を分析することに力を注いでいた。
 どうやらクラスメイトの七海美紀であるようだった。文人は声をかけることにした。もし全く知らない人だったら超恥ずかしいのではあるが、そのリスクを考慮した上で声をかけることに決定していた。
「ななみみさーん?」
 びくっと体を飛び上がらせ、そして少女は振り向いた。驚いたようで目が大きく開いていた。それらの反応からすると間違いなく美紀本人であるようだったし、振り向いた顔はまさしく文人の知っている美紀だった。
「うぁ、驚いたよ、もう」
「おはよう」
「おはよー」
「チャオの散歩?」
 チャオはどうやらコドモチャオのようだった。色などの変化も見られないことから、おそらく生まれたばかりなのだろう。
「うん、チャオの散歩。君はどうやら君の散歩をしているようだね」
「まさにその通り。チャオの散歩ついでに文人の散歩もいかが?」
「わお。じゃあ私、飼い主様なんだね」
 美紀は振られたジョークには全力で突撃するタイプだ。
「いかにも」
「じゃあ、伏せ」
「犬じゃないから」
「じゃあひれ伏せ」
「もう飼い主とかそういうのじゃなくなってるような、それ」
「まあいいや。それじゃあ散歩しましょう」
「ういっす」
 無理にネタを掘り下げないので空気が残念なことになることもない。
 のほほんとした感じで二人は並んで歩き出す。コドモチャオの後ろをまったり歩く。
「コドモチャオだ」
「うん。先週生まれたばっか」
「チャオは他に飼ってるの?」
「残念ながら先日大往生してしまったのだ」
 チャオの寿命は大体6年である。少なくとも美紀は大体5~6年前からチャオを飼っていることになるのだろう。
「このチャオは何チャオになるんだろう」
「ダークチャオだろうね」
「ああ、やっぱり」
「君のせいで」
 数秒沈黙。
「あなたのダーク度は僕の予想以上だったようだ」
 おそらくは、やっぱりってどういうことかな文人君、とドスの利いた声で世界を恐怖の炎に包むくらいだろうと予想していた文人だった。
「して、君はよくここら辺に散歩に来るのかい?」
「ここの川が見たくなった時はよく」
「ああ、そんな感じでルート決めてるんだ」
 その時の気分によりけりなので、散歩中にルート変更が行われることも度々あるのだった。
「じゃあ山の中を歩きたくなったら山まで行ったりするんだ」
「そういう場合は途中まで電車などで移動して、時間の許す限り山の中を満喫」
「うわ、まじで行くのか」
 ジョークに全力なのが美紀であれば、散歩に全力なのが文人だった。それはもはや散歩などではなく、旅だとか観光だったりするのではないかと美紀は思った。
「しかし、随分特殊な趣味だよね、散歩って」
「そうかな。そうでもない気がするけど」
「学生してるんだからもっと若者らしい青春っぽいことしないとだめだよ」
「えっちなこととか?」
「うん。えっちなこととかね」
 肯定されるとは思っていなかった。どう反応すればいいのだろう。文人は迷った。だがその心配はいらないものだった。今会話している相手は美紀だからだ。返事がなければ返しやすいように話を広げる思いやりのある少女なのだ。
「えっち、っていうチョイスがいいね。エロいことだとちょっと大人びてる気がする。えっちって方が響きが幼い気がして青春っぽい」
「甘酸っぱいよね」
 などと返すものの、面食らっている文人であった。まさか自分の失言を掘り下げられるとは思わなかった。
「そしてこのトークはシュガー控えめで酸っぱいよね」
「わかってるなら拾わないでください」
「女の子相手にセクハラした報いだ」
 反射的に、男相手ならセクハラしてもいいのかと返そうと思った文人だったが、言わなかった。言ったら間違いなく泥沼であるし、相手が女性であるからこそのセクハラだと思っているからだ。
「で、何の話だったっけ」
「趣味の話」
「ああ、そうだった。うん、君の趣味は相当レアです。もっと普通の趣味も習得なさいな」
「習得かー、難しそう」
「修行するしかないね」
 きっとギアナ高地とかに行くしかないんだろうな、と文人は思った。あるいは滝とか。過酷な修行風景を夢想して趣味とは奥が深いものだと感じるのであった。
「えっちなことをするには」
「……」
 文人はとても悲しくなった。
「まあ、えっちな修行はともかくとして。一人で散歩って寂しくない?」
「うーん、どうだろう。少なくとも散歩しないで一人でいるよりかはましかも」
「あーそうか。あ、ここ私の家」
「ほむ。散歩完了というわけだ」
「いえす。まあ、一人で寂しくならないように散歩以外の趣味を見つけなさいな」
「ういー」
 しかし、そんなことを言う彼女も彼女だ。もしかしたら自分に言い聞かせるためにやたらとその話の引っ張ったのかもしれない。そう文人は思った。

このページについて
掲載日
2010年7月16日
ページ番号
1 / 9
この作品について
タイトル
きっと楽しい。
作者
スマッシュ
初回掲載
2010年7月16日