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近くのハンバーガーショップに入り、一番派手に宣伝されていたセットを注文する。
とりあえず、日付が変わるまでは待とう。
窓際の席に座り、市役所のほうをずっと眺めることにした。
時間がゆっくり進んでいく。それとともに、人の数は増えていく。
町を照らすのは市役所前の小さな外灯と、店から漏れる光だけなのだが、それでも道行く人々は楽しげだ。

ふと、八時を過ぎたころ、楽しげな人々の中に、背中を丸めた女の人が目に入った。
その姿が、市役所の門に消えていく!
あわててハンバーガーを口に押し込み、余分にお金を払ったことにもかまわず店を出る。
俺は門の影からそっと、女の人の姿をのぞく。

女の人が取り出した布の塊が、かすかに動いているのが見えた。
幼い日の自分だ。眠っている。間違いない、あの人が俺の母親だ。
何か行動を起こしてしまいそうな自分をぐっと抑え、女の人の行動を見るに留める。
女の人は、何事もなかったかのように門から出てきた。
幼い自分が少し気になったが、俺はあとをつける。女の人が早足になっていく。

数十メートル進んだときだった。
女の人は突然わっと走り出し、路地へと駆け込んでった!
予想外の行動に動転したが、すぐにあとを追って路地へ入った。

誰もいなかった。





本当に見失ってしまったようだ。
続く路地、似た路地、色々探し回ったが、ついにあきらめた。
しかたがない。その背だけでも、母親の姿を見られたことを感謝しよう。

一瞬、あれはまったく別の親子で、俺はすでにご主人につれて帰られてしまったのかと思ったが、
まさかそれはないだろう。一日に同じ場所で二人の捨て子なんて。
とぼとぼと役所に戻って、布の塊を一枚めくり、子の寝顔を拝んだ。
間違いない。昔写真で見た自分自身に、信じられないほどそっくりだ。

次にやってくるはずである御主人の来るのを待ってみるか。
今度は近くの書店で雑誌の立ち読みのふりをしながら、役所を見張ることにした。
相変わらず人が多い。
ひょっとすると、母がこの日に自分を捨てたのは、誰かに拾われやすいようにと考えたからかもしれない。

御主人はなかなかやってこなかった。
聖誕祭聖誕祭としつこく言ってたので、まさか間違えたということはないだろうが、
しかし、時計の針が徐々に「12」に近づいていくにつれ、だんだんと不安が募っていった。
市役所に集中しているうちに、いつの間にか日付が変わってしまったらしい。書店を閉め出された。

そのうちに、人の数もどんどん減っていった。
二人・・・一人・・・ついに、俺だけに・・・

明かりの消えた書店の、薄暗い店内をのぞいて時刻を確認した。2時になりかけていた。

すぐ目の前の市役所で、俺は布に包まれすやすや眠っている。
聖誕祭に誰にも拾われなかった俺は、一体どうなってしまうのだろう。
さっきの書店で確認した。この年は二十四日も休日だ。市役所職員への希望は消えた。

さらに待つ。
しかし、待っても待っても待っても、誰も来ない。まさかそんな・・・

今唯一の街頭の明かりでさえ、数分後には立ち去っていってしまうような気がする。

あたりに人気はない。夜の風は寒い。
あれだけ俺に似ていた子供、いや、俺自身が、このままでは凍え死んでしまう。
御主人は何をやっているんだ、なんて、つい御主人を攻めてしまった。でもいないことこそ自然か。もう三時になりかけだ。
善意は義務ではない、と誰かが言った。仕方がない。仕方がない。捨てられたんだから。

でも、つらい。

耐え切れなくなった俺は、市役所の中へ歩いていった。
まっすぐに、布の塊を胸に抱え込んだ。
暖かいぬくもりが手にしみこんでくる。

そのときふと、御主人の顔を思い出した。
書店のショーウィンドウを見つめてしまった。
ガラスは外灯の光を反射し、鏡面のようになっている。

・・・そうだったのか

そこには、「御主人」の顔が写っていた。
俺は、笑っていた。


御主人の元で20年暮らした。その間の御主人の、ありとあらゆる行動が目に浮かんでくる。
その全てに、今なら理由をつけることができる。俺自身の、未来の行動なんだ。
大丈夫、記憶の通りに動けばいい。未来が証明している。

俺は俺をもう一度抱えなおした。
そして胸を張った。

土地を買おう。無駄に広い洋館を建てられるぐらいに。
この町がいずれ大都会になることを、知っているのは俺だけだ。








































Long time passed.
And the day finally came.






・・・・・











二十年の月日が経ち、待ちわびた言葉が聞ける。
「実は壊れたオモチャオを拾ってきてて」
そうか。

俺はコーヒーを飲み干すと、彼の部屋に向かった。

こんなに笑えたのは、あの日以来かもしれない。
久しぶり。俺の言葉は、きっと驚かれるだろう。

でも、伝えておく必要がある。これを、渡しておく必要がある。
俺は、手の中のチップを握り締めた。
二十年に及ぶ、人生最大の秘密だ。

決して嫌だとは言わせない。
冬の間の暖かさを保障するとでも言えば、きっと気合でやってくれるんじゃないだろうか?


fin

このページについて
掲載号
週刊チャオ第249号&チャオ生誕8周年記念号
ページ番号
3 / 3
この作品について
タイトル
依頼
作者
チャピル
初回掲載
週刊チャオ第249号&チャオ生誕8周年記念号