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 ある夏の日のこと。
 一人の少年が、チャオを育てていた。
 両手にGCのコントローラーを握り締めて、テレビ画面内のソニックをちょこまかと動かして、せっせとチャオに木の実をあげている。
 木の実をあげているのは、少年が特に愛着を感じている、ルビーチャオ。
「あ、転生した」
 木の実を食べ終わったルビーチャオが、淡くピンクに色付いた薄い繭に包まれる。転生の合図だ。
 少年はしばらくの間、何もせずに画面を見ていた。
 そのうち、向こうが透けて見えるほど薄かった繭の濃度がゆっくり上がっていき、そして完全に中を見ることが不可能になる。
 やがて、今度は繭が薄くなっていく。少年にとっては、何度も見た光景だった。
 この後、繭が完全に消え、輪廻転生したチャオが卵の姿で佇んでいる……はずだった。
「あ、あれ」
 中に、卵が無いのである。
 少年は訝しがった。確かに、繭の色はピンク色だったはずだ。
 ピンクの繭に包まれれば転生し、灰色の繭に包まれれば死ぬ。少年にとって、常識であった。

 ぴんぽーん。

 呼び鈴が鳴らされた。一体誰だろうかと、少年は立ち上がり正体不明の訪問者の元へ向かう。
 そして、ドアを開けた。がちゃり。
「……どちら様でしょうか」
 ドアを開けた先には、少年にとって見知らぬ女性が立っていた。見知らぬどころか、奇妙奇天烈な格好をしていた。
 鮮やかな真紅のロングヘア。そして、美しく、凛々しく整った顔立ち。そこまではいいのだが、その身に纏う服装は、いわゆるひとつのメイド服。
 エンターテイメントの世界ならば、特に最近はお目にかかる機会が望まなくとも訪れるご時勢だが、実物を目の当たりにする機会が訪れるとは、少年は想定していなかった。別にここ、メイド喫茶じゃないし。
 当然、少年は女性の正体を尋ねた。
 女性は答えた。
「私は、貴方に育てられていたルビーチャオです。愛情を持って接してくれたご主人様にご奉仕するべく、やってきました」
「うっそーん」


 もしもチャオがメイドに転生したら


「では、早速ご奉仕開始です。まずは、台所に乱雑する即席食品の空容器から容易に推測できる、食生活の乱れの改善をお手伝いしましょう」
「いや、僕さっきお昼食べたからいいよ。とりあえず、座って」
 急展開が生み出した動揺を抑える間もなく実行したが故に、突っ込みどころを間違える少年。
 とりあえず、少年は自称元ルビーチャオのメイドさんを居間に座らせる。
「もう一度訊くけど、貴女は誰なんですか」
「先程も申し上げましたように、私は貴方が愛情を込めて育てていたルビーチャオが転生した姿です。貴方が注いでくれた無償の愛情に対する尋常ならざる感謝の気持ちをご奉仕という形で伝えるべく馳せ参じたのです。メイドで」
「いやいやいや! なにその現代の萌えブームにアンチテーゼを以ってして一石を投じてやろうという意志の微塵も感じられない安直な設定! もっと頑張ろうよ! 新ジャンルを確立してやるぐらいの気概を見せようよ!」
「別にそこまで頑張る必要は無いでしょう。どうせ一発ネタの読みきりですし」
「いや、そこはぶっちゃけるなよ!」
「さて困りましたね。ご奉仕するには時間が足りません。なんせこのお話、六キロバイトちょいですし」
「だからぶっちゃけるなよ!」
「なので、急いでご奉仕させていただきます。私とご主人様は、今『ひょんなことから冴えない主人公のもとに美少女ヒロインがやってきてなんやかんやで一緒に住むことになる』というシチュエーションにあります」
「僕のこと冴えないって決め付けたよね? 決め付けたよね?」
「そこで、現在のシチュエーションにおいて考えられる必須イベントを可及的速やかに回収してしまいましょう。いわゆる『お約束』というやつです」」
「なにその流れ作業的に処理してしまおうという事務的な態度!」
「まず『高い所にあるものを取ろうとしてバランスを崩すヒロインを主人公が抱きとめる際に胸を触ってしまって刺される』。次に、『ヒロインがいることに気づかず主人公が脱衣所に入ってしまい裸を見てしまって刺される』。最後に、『ヒロインの純粋無垢な涙が奇跡を起こし、主人公を元に戻す』。これぐらいでしょうか」
「何でヒロインの反撃が殺す気満点なの! 最後の項目、僕に何が起きたの! ってか、全部ご奉仕と関係ないし!」
「同時に三つも突っ込みを入れるとは、さすがですご主人様」
「いやぁ、照れるなぁ。じゃなくて!」
「ノリ突っ込みも完璧ですご主人様」


このページについて
掲載号
週刊チャオ第330号
ページ番号
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この作品について
タイトル
もしもチャオがメイドに転生したら
作者
宏(hiro改,ヒロアキ)
初回掲載
週刊チャオ第330号