四谷奈津美と始まりと終わりのプロローグ

鳳凰チャオ躍進ゼミナール

鳳凰チャオ躍進ゼミナールとは、チャオブームを世界中で起こそうと目論む組織鳳凰チャオ躍進委員会幹部養成機関である。
ここによってチャオ布教情報収集暗殺戦闘行為など各々の得意とする分野でもって未来のチャオブームの基盤を築いていくエリートチャオラーを育成するのである。



 四谷奈津美。彼女はどこにでもいるような少女だった。ただし、どこにでもいるようなと形容されるような人間にも少なからず個性というものはある。彼女が今苦笑いしているのはまさにその個性によるものだった。
「チャオって……」
 チャオは古い。彼女の友人の言葉である。確かにそれは事実だ。チャオが可愛いとちらほら言われていた時代なんていうのはもう何年も昔の話だからだ。今でも可愛い可愛いと言っている人間のなんて少ないことか。増してやチャオのグッズを自作して鞄につけて投稿する女子高生なんて今時いるだろうか?少なくとも彼女はそうだが、他の例が見られることはほぼないだろう。
「でも……」
「今時絶対これだって!」
 突きつけられたのは今流行しているキャラクターだった。確かにこのキャラクターも可愛い。奈津美はそう思っている。実際にグッズをいくつか買っていた。けれど。けれど、違う。可愛いと思うと同時にこれじゃあないという思いが確かにあった。私はチャオがいい、という思いを彼女は持っていた。しかし、それを言ったところで理解されることもない。だから彼女は言おうとしていた。そうだよね、と。そう言いかけた時だった。隣を歩いていた友人が銃を突きつけられていると気付いたのは。
「えええっ!?」
 なんという急展開。というか、この平和なお国、日本においてこんな殺伐としたシチュエーションに遭遇するなんてどこのファンタジーだこれは。なんてことをショックのあまり奈津美は考えてしまっていた。逃げることも助けることも忘れている。銃を持っているのが自分と歳がそう変わらない感じの少女で驚いたりと、そういう方向にばっか意識が向いてしまう。
「そこの君。チャオは好きか?」
 その質問は奈津美に対してされたものだった。それに気付くのが一瞬遅れて、慌てて答えてしまって気の利いた返事にはならなかった。だが。
「はい!」
 威勢のいい返事にはなっていた。それで銃を持った少女は微笑んだ。
「そうだ。たとえ人になんと言われようとそう思う気持ちが大切だ」
 少女が銃を下ろすと、奈津美の友人は逃げていった。少し涙目になっていたが、突然銃を突きつけられたらそうなるのも当然である。少女はそんな人間のことを一切気にせず話を続ける。
「チャオが好きな連中が集まるところがある。君も来ないか?」
 それはとても魅力的な誘いだった。チャオが好きな連中。それが何人いるのかはわからない。しかし、自分の仲間がいる。そう思うだけで救われる。胸が躍る。行ってみたいと思う。断る理由なんて見つからなかった。だから奈津美は、再び威勢のいい返事をしながら頷いたのだった。
「私の名前は一ノ瀬。一ノ瀬美佳だ。よろしく」
 握手を交わす。その時、チャオの形のピンバッジが目に入った。これは何か、そう聞くとそのメンバーになるともらえる物なのだと返ってきた。こんな物まで作る。さぞかし素晴らしいサークルなのだろう。そう思った。そこから集っている場所に案内してもらうことになり、奈津美は美佳に着いていった。
「ここだ」
 ビルだ。ビルにはこんな看板があった。

「鳳凰チャオ躍進ゼミナール」

 嫌な予感しかしなくなった。そういえばこの美佳とかいう少女は先ほど銃を持っていたではないか。これはもう完全にうさんくさい。帰った方が身のためだ。そういう判断を奈津美は一瞬でしてのけた。
「や、やっぱ私、帰りま」
 無視され、腕を引っ張られてビルの中に入ることになってしまった。もう泣くしかあるまい。最上階の広い部屋に連れてこられ、適当な椅子に座らされる。美佳はその隣に座った。二人の他にも人がたくさんにた。こんなにチャオラーがいるのか、と美佳は感心した。同時に被害者がこんなにいるならまあいいかな、だとか、もしかしたら信憑性のある所なのかもしれない、なんてことを考えていた。そうしているうちに、一人の男が入ってきた。すらりとした長身の男だ。
「ではこれから入会式を始めます」
 騙された。これは完全に騙された。非常に泣きたい気分に奈津美はなった。
「本当なら会長からのお言葉をもらって解散なのですが、まだ到着しておられないので、私から少しお話させていただこうかと思います」
 そうマイクを持って喋りながら男は窓を開けた。なぜわざわざ開けるのだろう。風が入ってきて少し寒い。男は名前を三郷京次と言った。このゼミナールで講師をしているのだと言う。
「チャオに与える小動物やカオスドライブですが、これは小動物であれば最低5匹、カオスドライブのみであれば最低10個与えれば、進化させたいタイプへ進化させることが可能であるということはご存知でしたか?」
 それは知らなかった。奈津美は驚いていた。ソニックアドベンチャー2バトルを買って以来、チャオの育成をずっとしていたがそのような事はゲーム内で言われなかったのだ。そこから検証した動画を見ることになり、実際にチャオはその数の小動物で進化をした。そして詳しい説明をこれからする、と言ったところで窓から何かが入ってきた。
「途中になってしまいましたが、会長どうぞ」
「うむ」
 窓から入ってきた物体がマイクを受け取る。どうやら人間のようだ。どんな人間だよと奈津美は非常につっこみたかった。だが隣の美佳は平然としていた。室内は彼女のように平然としているか、奈津美のように動揺しているかのどちらかだった。
「鳳凰チャオ躍進ゼミナールに入会した諸君。ワシは鳳凰チャオ躍進委員会会長の無限豪我じゃ。諸君は第11期生としてエリートチャオラーとなるべく教育を受け、将来鳳凰チャオ躍進委員会のメンバーとなるに相応しい実力を身につけるよう頑張ってくれたまえ」
 非常におかしい。とてもおかしい。奈津美はもしも自分がチャオだったらポヨが一生ハテナマークになりそうなほど現状の把握ができなかった。鳳凰チャオ躍進委員会とかいう変な組織のメンバーに将来させられる?そのための教育?どういうことなの……。そんな混乱を打ち破るかのように室内に銃声が響いた。
「ひっ!?」
 撃ったのは自分の真後ろにいた男だった。銃の狙ったのは会長と呼ばれた男、豪我であった。その男の銃撃に合わせて、会場に座っていた幾人かが銃を持って立ち上がっていた。しかし、銃弾の向かった先に豪我はいなかった。立ち上がった男達が慌てて豪我を探す。
「伏せてな」
「えっ?」
 美佳が平静な様子で言った。奈津美は言われた通りにした。というより、美佳が頭を押して無理やり伏せるようにした。そして横目で美佳を見ると、二つの拳銃をそれぞれの手に持って応戦していた。そして先ほど銃で狙われた男は天井から降ってきた。刀を持って。そして下にいた男をバラバラに切り裂くとまた消える。辺りを見ると、立ち上がった男達に応戦する人間がいくらかいることがわかった。他の人より一際大きい男が目に入ったが、その男も豪我のように一人殺しては姿を消す。そもそも身長が二メートル五十センチもあるような巨人なんてさっきまでいなかった気がする。他にはすばしっこく動いて相手を撃ち殺す女性(これは美佳だ)や同じように素早く動いてナイフで男の心臓を刺していく少年(消える二人に比べれば弱そうに見えるが冷静に考えると強い)などがいた。気付くと銃を持った男は全員死んでいて(会場が大変赤くなっておられた)、鳳凰チャオ躍進委員会のメンバーと思われる人間は全て生きていた。
「まあ、このように我々を快く思わない連中に命を狙われることもあるが、楽しくチャオを愛でようではないか」
 豪我は入会式をそう笑いながら締めた。ああ、とんでもないことに巻き込まれたのか、と奈津美は思った。そんじょそこいらの詐欺より質が悪い。
 四谷奈津美のエリートチャオラーへの道はまだ始まったばかりなのであった。

このページについて
作者
スマッシュ
掲載日
2010年1月10日
ページ番号
4 / 17
この作品について
タイトル
鳳凰チャオ躍進委員会
初回掲載
2010年1月10日
最終掲載
2010年3月16日
連載期間
約2ヵ月7日