5話
反対方向、と言っても兵士の部屋があるエリアを通れば気にするほどの距離ではなかった。
事実、食堂に着くまでに十分もかかっていない。
「あんまりたくさん食べない方がいいよ。時間かけると人来ちゃうから」
彼女はそう俺に忠告して食堂に入る。
だが、中には既に人が一人いて、うどんを食べていた。その人もGUNの兵士の制服を着ていた。
「…人、いるじゃん」
「あ、あれぇ~?」
「お前らも、サボりか?」
うどんを食べていた人が言う。
彼女は素早く俺の後ろに隠れるように移動していた。
「…も、ってことはあなたもサボりですか」
「まあ、そんなところだ。びくびくすんな」
「はあぁぁ、良かったあぁぁ。また怒られるかと思ったあぁ」
と彼女はため息をはきながら胸をなで下ろす。
オーバーリアクションなのではないかと思うのだが、怒られるということはよほど怖い事なのだろう。
「しかし、なんでまた訓練をサボっているんだ。訓練も仕事のうちだぞ」
「チャオガーデンにいました」彼女が言う。さきほどの警戒心というかおびえというか、そのような類の物は既に無いようであった。
「あなたが言えることじゃないと思います。俺は寝坊です」
「ま、どうせ今日は色んな所から兵が来てるから長くなるだろうしな。休んで正解だ」
俺達は食券を買いながら話をする。えーと、何を食べようか。カレーライスでも食べるか。
「色んな所から…って何かあったんです?」
「なんだ、知らないのか?各地で謎の集団に襲撃されていることは知っているよな?」
「ええ。昨日俺のいた所も襲撃されましたし」
「ほぉ。ならお前も同じだな」
「ってことは、生き残った人が…?」
「ああ。大体五人に一人くらいの割合で生き残ってるようだ。例外を除いて、だがな」
大体想像がつく。いや、想像する前に俺の脳裏にあの映像が蘇った。
「その例外の場合、生存者はさらに少なくなる。そのケースは今までに五回あって――」
「食事中にそんな物騒な話しないでくださいよー」と、彼女が苦笑いしながら言う。
「ん。ああ、そうか。すまんな」
俺に気を遣ってくれたのだろうか。確かに、俺はあのことを思い出したくなかったし、あまり思い出さないようにしている。
それから戦闘とかと関係ない話をしながらのんきにカレーライスを食べていたら、どこからか話し声が聞こえてきた。
「え、もう訓練終わっちゃったの!?」
「む、勘が外れたか」
彼女は慌てる。一方男の方はいたって落ち着いている。
そもそもずっと前にうどんを食べ終わっていたのに食堂から出ようとしなかったのであるから、見つかることをさほど気にしていなかったのだろう。
「訓練お疲れさん」
男は訓練を終えてやってきた人達に言う。そんな事を言っているもんだから、彼女は完全に凍り付いてしまっている。
「あんたらは…?」
「ああ、俺達は見ての通り、サボりだ」
「あわ…あわわわ…」
彼女は助けてと言いたげな顔で見てくる。ごめん、どうにもできそうにない。
「なにが見ての通りサボりだ、だ」
女性の声。声の主は腕を組んで俺たちの前に来る。
「げ…」
ここで初めて男は動揺したようであった。あの女性はよほどの人物なのであろうか。
その女性はセミロングで、身長は他の男性よりも少し低いくらいと女性にしては高めだった。
「大尉が訓練をサボるとは聞き捨てならんな」
女性が言う。俺は驚いて男の方を見る。この人は大尉だったのか。
続いて彼女の方を見る。彼女は世界がもうすぐ終わるとでも言われたかのように暗い顔をしている。
「あの人、誰?」と俺はそんな彼女に耳打ちする。
「…中将さん」
中将。随分偉い。というか上から数えたほうがかなり早いくらいの偉さじゃないか。
「そこの二人も話を聞けぃ」
「あ、すみません」
「まあまあ、勘弁してやれよ。特にこいつは昨日こっちに着いたばかりなんだぜ?」
大尉が中将にそう言うと、中将は「勘弁とかお前が言える立場じゃないだろう」とあっさり返す。
「まあ、災難だったな。だが、サボりはサボりだ。今度からはしっかり訓練に出るように」
中将はそう言うと、やれやれとため息をつく。
「ところで、中将なんて偉い方がどうしてここに…」
俺はなんとなく聞いた。
すると、中将は「どうしてって飯を食べるために決まっているだろ。私だって人間だ」と、返してきた。
ああ、そうか。そうだよな。聞いた自分が馬鹿に思えてきた。
あれ、でも……。
「あの、すごい列できてますけど…」
「へ?」
中将が俺達を叱っている間に食堂には食べ物が来るのを待つ列と食券を買うために待つ列の二つができていた。しかも両方とも長い。
「あ…」
中将が俺達を涙目で睨んでくる。いや、睨まれても困るんですけど…。
「ああもうお前らなんか大嫌いだ!」
そう言って中将は列に並びに行った。たぶん中将がご飯にありつけるのは当分先のことだろう。
「さーて、チャオガーデン行こっか!」
峠を越えたためか、彼女はすっかり明るさを取り戻していた。
「あれ、午後は訓練ないの?」
「あるよ?」
「…そっちを優先しよう」