第1話 繁殖
ハートの実は安い。
オスの犬一匹を去勢するお金で、ハートの実が十個は買えてしまう。
私は、白いコートを買うために取っておいたお金でハートの実を二つ買った。
私のチャオと瑠加のチャオを繁殖させるためだ。
手口はシンプル。
瑠加がトイレに行っている間に、ハートの実を食べさせる。それだけ。
お互いチャオを飼っていることがわかってから、私と彼は時々チャオガーデンで一緒にチャオを遊ばせていた。
その日も瑠加はボールを投げたり転がしたりして、駆け回った。
彼のチャオはニュートラルハシリチャオで、走るのが好きみたいだ。
私のヒーローチャオも、彼のチャオに比べると遅いけれど、笑いながら頑張って走っていた。
私だけ大人しくしているのは寂しくて嫌だったから、私も動きやすい格好をして来ていた。
そして、体育の授業じゃ絶対にしないくらいに思い切り私は走った。
走り疲れて私もチャオも座り込むと、瑠加がとうとうトイレに行った。
すぐに私はハートの実をチャオたちに食べさせた。
私は瑠加が好きだった。
私の理想の将来というのは、夫と一緒にチャオを愛でて生きていくというものだった。
子供が産まれたらチャオを友達として一緒に遊ばせたり、白髪が増えてきた頃にチャオを撫でながら旅をしたり、ということを思い描くのである。
チャオがとても好きな瑠加も、私と似たことを思っていそうに見えた。
だけどハートの実をチャオに食べさせたのは、彼に私を意識させるためでも、ましてや告白のためにしたわけでもなかった。
好きな人のチャオと、私のチャオを繁殖させてみたかったのだ。
チャオが繁殖する時にたくさん咲かせる花も見てみたかった。
そういうことが、ハートの実を食べさせるだけでできるのだから、やりたくてたまらなくなる。
私は、チャオを繁殖させたらタマゴが産まれるということを少しも考えず、ただやってみたいと思っていた。
瑠加は、思ったより早く戻ってきた。
だけど二匹とも実を食べ終わっていて、既に周りに花を咲かせ始めていた。
「これって」
「なんか、始まっちゃった」と私は答えた。
瑠加は狼狽するだろうか。ハートの実を食べさせたことに感づいて怒るだろうか。
そんなことを今更になって思ったけれど、瑠加は冷静な様子で、私の隣であぐらをかいた。
二匹のチャオは見つめ合っているだけだ。
それでもチャオの周りでは、ポップコーンが弾けるみたいに次々と花が咲いて、それが二匹の気分を代弁しているみたいに見える。
そう思うと、二匹のチャオもうっとりと相手のことを見ているような気がしてくる。
やがて二匹のチャオは体を寄せ合い、頬をすり合わせた。
そして両手を繋いで、輪を描くみたいに動いた。
交尾にしては稚気が溢れる動きで、密着もしていなくて、ダンスって呼びたくなるのはよくわかる。
それなのに二匹の間から、急速に膨らむ風船のようにタマゴが産まれた。
そのタマゴに押し退けられるように二匹は離れて、繁殖は終わった。
「産まれた」
私は意外なことが起きたように言っていた。
瑠加のチャオは、ジャンプしながら万歳をして喜んでいた。私のチャオはにこにこして、産まれたタマゴを優しく撫でた。
衝動がなくなって、心が落ち着いた私はその時になって、タマゴをどうしよう、と考え始めた。
チャオガーデンで引き取ってくれた気がするけれど、お金がかかるんだったっけ。
高いんだろうな、困ったな、と思っていたら、
「このタマゴ、俺がもらっていい?」と瑠加は言った。
「相田が欲しいんなら、相田がもらってっていいけど、そうじゃないなら、くれないか」
「大丈夫なの?」
「俺の家、チャオたくさん飼ってるんだ」と瑠加は自慢した。
「だから大丈夫だよ」
「じゃあ、お願い」
そう私が言うと、任せろ、と瑠加は笑った。
そして瑠加は立ち上がってタマゴを抱えると、また私の隣に座った。
「胎教ってあるだろ。それみたいに、チャオもタマゴの頃から可愛がってやるといいんだってさ」
あぐらを組んだ脚にタマゴを乗せ、軽く揺すったり、撫でたりする。
タマゴを産んだ二匹も真似して、タマゴの下の方を撫でていた。
「相田も撫でてみろよ」
私は両手で、こするみたいにタマゴを上下に撫でた。
タマゴを中心に、私たち二人と二匹はこれまでにないくらい近付いていた。
「なんか、暖を取ってるみたい」と私は言った。