始まりの唄

始まりの唄

みんなが、先生に手を振って、ご主人様に手を引かれ、チャオ幼稚園の門を出ていきます。
それを、そのチャオは、絵を描きながら教室の出窓から見つめていました。
そのらくがき帳には、女の人の絵が描いてあって、上のほうに、「ごしゅじんさま」と、幼い字で小さく書いてあります。
みんなはご主人様の手を握って、お日さまが落ちる山のほうへ帰っていきます。
でも、そのチャオが握っているのは、ご主人さまの素敵な服をえがいた、一本の赤いクレヨンだけでした。

─終わりの唄は悲しいけれど 終わりの唄は 始まりの唄─

ご主人様がいつも歌うように言っていた詩が、ふいに頭の中に浮かび上がってきました。
よくあることです。
ご主人様はいつも、病室のベットの上で、陽光をあびながら、やさしくそのチャオをだいて、よく、その詩を言っては、その意味を少しずつ教えてくれました。
とても優しいご主人様でした。
まいにちそのチャオと遊んでくれて、おいしいご飯もいつも手作り。
お散歩のときも、お昼寝のときも、いつもいっしょ。
まるで、天使の女王様のようでした。

でも、ご主人様は、最後のフレーズの意味を教えてくれる前に、病気で亡くなってしまいました。

そのときは、そのチャオはのどが枯れても泣き続けて、結局声が出なくなってお医者さんに見てもらったほど、ひどく泣き続けました。
それで、このチャオは、しばらく幼稚園に預けられることになったのです。
ひとりぼっちになったそのチャオは、それから元気がなくなったように思えます。
だれがどう元気づけようとしても、ひねくれて、ふてくされて、また自分からひとりぼっちになろうとします。
かなしいおかおを、だれにもみられたくないのかな?はずかしいのかな?
幼稚園のチャオ達は、チャオなりにそう考えて、チャオなりに気を使うようになりました。
幼稚園の先生達も、里親をさがすために、ポスターを配ったり、一軒一軒近所の家をまわってお願いをしてくれました。
でも、せっかく里親が見つかっても、そのチャオはみんな嫌がって、教室に戻ってふてくされて絵をかき出してしまうのです。
今、絵をかいているのも、同じ理由でした。
そして、いつもきまってクレヨンをにぎって、やさしかったご主人様の絵を、あの詩を口ずさみながら描いています。
でも、さいごの、どうしても意味が分からないくだりにくると、そこで窓から空を見上げて、クレヨンを動かす手を止め、詩を口ずさむのもやめてしまいます。

─悲しい光も祝福の光も みな同じの 旅立ちの光─
良く晴れた日。
今日も、そのチャオは、せっかく引き取ってくれるといって幼稚園にたずねてきた人々をことわって、ひとりぼっちでお絵かき。
そこへ、幼稚園の先生が、ガラガラと音を立てて教室の戸をあけ、教室に入ってきました。
たまには、公園へ遊びに行こうよ。帰りに、おいしいご飯を食べていこうか。おもちゃも買ってあげるね。
そういって幼稚園の先生は優しく微笑みます。
でも、そのチャオは、顔をしかめて先生を見つめ、またらくがき帳に目を戻して、もくもくとお絵かき。
今日は、ピンクのワンピースを着たご主人様を描いています。
先生は、じゃあ、気が向いたらいつでも言ってね、と言い残し、教室を去っていってしまいました。
でも、そのチャオは、そんなことは気にもとめず、ひたすらお絵かき。
こんなにたくさんのご主人様は描いているのに、ご主人様と自分がいっしょのところ描いた絵は、一度も、だれも見ていません。

─それはいつでもあの空で 旅立ちのときをそっと見守る─
お空に星が輝き始めたころ、そのチャオは、先生といっしょに先生の家に帰って、ご飯を食べました。
そのチャオは、うえの手すりに届きもしないのに、バルコニーの柵によりかかって、星をぼぅっと見上げています。
悲しそうでも、嬉しそうでもない表情。まったく無表情で、何を考えているのか分かりません。
このチャオがうれしい表情を浮かべるのは、ご主人様の前でだけ。
本当にうれしそうな表情を浮かべるのは、ご主人様と一緒のときだけ─
でも、ご主人様がいなくなってから、だれもその表情を見たことはありません。

つづく。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第116号
ページ番号
1 / 5
この作品について
タイトル
始まりの唄
作者
ぺっく・ぴーす
初回掲載
週刊チャオ第116号
最終掲載
週刊チャオ第134号
連載期間
約4ヵ月21日