『ジェイドのおじいさん』
彼女は守るために存在している
守るべき時、月の光はいつでも彼女を照らしていた
そして、彼女はこう呼ばれた……
『月光のメイド』
第十一話「ジェイドのおじいさん」
季節は春。5月である。
ここはチャオの森。
人に捨てられたりしてくる、チャオの国でもあった。
そのチャオの森は、チャオが作った街、平原、火山など人間にとっても広い森であった。
そのチャオの森の『チャオティックルーイン』という街の北の森の奥に、一つの大きな屋敷があった。
人間が住めるような広さの屋敷で、庭も相当広い。
その屋敷には、屋敷の持ち主であり、お嬢様であるHFF型の『フィル』
チャオでありながらメイド服をきているメイドのNNN型の『メルト』
屋敷の住民ではないが、遊びに来るツッコミをすることが多いHSS型の『ジェイド』
屋敷の庭の管理をしているHNN型の『ピューマ』
屋敷の地下にある図書室で幻闘術というものを研究しているDSS型の『ジェネリクト』
屋敷の住民ではないが、遊びに来る瓢箪を持ち、いつも酔っ払っているNPP型の『ヴァン』
そんなチャオがいる屋敷の話である。
【1】
???「ふぅ……ここかのぅ?」
とある一人のチャオが、屋敷の門前に存在していた。
そのチャオは屋敷を見上げ、ふぅ……と溜息をつく。
周りの木々が揺れ、ざわざわと振るえている音が辺りを包む。
???「しばらくの間来ないと思っておったら……一体何があったんじゃ」
そして、そのチャオは鉄格子でできた門の向こうに一人のチャオを見つける。
如雨露を持って、楽しそうに水を撒いている。姿はHNN型をしているチャオであった。
門前にいたチャオは鉄格子の門に手をかけ、そのチャオに話しかける。
???「きょ~うもいい~天気~♪」
???「ちょっとそこのお嬢さん」
???「ひゃう!?」
いきなり話しかけてビックリしたのだろうか。そのチャオのぽよが! になって、飛び上がった。
そして大きく身体を震わせ、いきおいよくグルンと身体を回転させてこっちを振り向く。
???「えっとととととどなたでしょうかかかかかか!?」
???「これこれ、まず落ち着きなさい。」
???「あ……はい。」
そのチャオは深呼吸して、気を落ち着かせていた。
なんとも可愛らしいチャオである。
屋敷の門番の前にいる男は、如雨露を持った子に問いかける。
???「お嬢さん。あんたの名前は?」
ピューマ「ピューマといいますぅ……」
???「大丈夫。おじさんは悪い人じゃないよ」
そう言って、近寄ってくる悪いおじさんは沢山いるんだけどねぇ。
言った本人がそう思っていた。なんという無責任なことだろうか。
???「ところでここにワシの——」
フィル「こらぁぁぁぁ!!」
遠くに見える屋敷の扉が、いきおいよく開かれた。
そこからジェイドと屋敷のお嬢様であるフィルが飛び出ている。
何をやらかしたのだろうか……ジェイドはとても焦った表情をし、まるで脱兎のごとく逃げ回っていた。
ジェイド「あぁ、悪かった!! まさかお前のデザートだとは思わなかったんだ!!」
フィル「うるさい黙れ!!」
どうやら、ジェイドがフィルのデザートを誤って食べてしまったようだ。
兎のごとく逃げるジェイドに向かって、フィルが大きく空を飛ぶ。
いきなり消えたかと思うと、ジェイドの上空に現れ、頭に鉄拳を喰らわせた。
別に痛くはないが、そのままの勢いで転がるような形でこけてしまった。こっちの方のダメージが痛そうである。
ジェイド「うがぁ……」
フィル「謝れ」
ジェイド「本当に申し訳ありませんでした……」
フィル「うむ。まぁ、今回はわざとじゃないみたいだし、気もすんだから特別に許してあげるわ」
好き勝手言っているフィルであるが、今回はジェイドの方が明らかに悪いため、反論できないのであった。
普段ならこれで済むような出来事なのだが……とある訪問者によって、いつもとは違う出来事になった。
???「こらあああああああ!!」
いきなり怒声が、屋敷の外に響き渡った。
その怒声の主は門前にいる一人のチャオの声であった。
そのチャオはいきなり鉄格子の門を、何度も殴り——ぶち壊した。
ピューマ「ひぃぃぃ!」
鉄格子でできた門は、芝生に思い切り倒れた。
ピューマはそれに驚き、屋敷の中に逃げてしまった。
門を壊した主は、凄い勢いでフィルの方に走ってくる。
???「うちの孫になにしとんじゃああああああ!!」
フィル「ちょ……メルト!!」
フィルが、この屋敷のメイドであるメルトの名を呼んだ。
急に辺りが夜になり——月が浮かびだした。
そしてフィルの目の前にメルトが空から勢いよく落ちてきた。
どうやら屋敷の屋上にいたみたいだが……随分早い動きである。
メルト「お嬢様、ご命令を。」
フィル「とりあえず、あいつを一度止めなさい。」
メルト「かしこまりました。」
門番を壊したチャオは、メルトに向かって勢いよく拳を突き出してきた。
それをメルトは受け止めようとしたが……
メルト「……ぐッ!」
思ったよりも強力な突きだったのか、拳を受け止めようとしたが、見事に失敗して吹き飛んでしまった。
あのメルトがこんな失敗するのは、とても珍しく思えた。
メルトは空中で、身体を一回転させて綺麗に着地した。メイド服が激しく揺れている。
???「仕返しじゃああああああああああ!!」
ジェイド「ちょ!? まさか……」
ジェイドは何かに気付いたようだが、次の光景に目を奪われて言葉がでなくなった。
メルトにもう一度攻撃しようとした、門を壊したチャオの正拳。
しかし、メルトはそれを受け止めきれないと悟ったのか、拳を右に裁き、その受け流した勢いで、門を壊したチャオに向かって足払いをした。
勢いよく倒れていったチャオに向かって、メルトはナイフを目の前に突き出して脅した。
???「うぐっ」
メルト「お嬢様。ご命令を……」
ジェイド「メルトさん! ちょっと待ってくれ!」
ジェイドは、門を壊したチャオを庇うかのように、メルトの前に両手を広げて立ちふさがった。
ジェイド「これ……俺のじいちゃんなんだよ」
フィル「なんですって?」
そう、この門を破壊した元気なチャオは、ジェイドのお祖父さんなのであった。
【2】
フィル「で? なんの用できたの、あのおじいさんは?」
フィルが、俺……ジェイドに向かってそう問いかけてきた。
ここは屋敷の中。一階の食堂である。
あの後、俺とじいちゃんだけで話を聞いていた。
その時のことを、フィルに隠さずに話した。
どうやらじいちゃんは、最近自分のとこに遊びにこないことを寂しがり、わざわざ俺のいる場所……この屋敷に訪れてきたということらしい。
確かにここ最近、俺はこの屋敷にしか遊びに来ていなかった。
前は結構じいちゃんのとこに遊びにいくことも多々あったが……今は0と言ってもいいほどない。
フィル「ふぅん……それにしても、メルトが本気出しても拳を受け止められないなんて、おもいもしなかったわ」
メルト「申し訳ありません」
メルトさんは特殊なチャオである。
メルトさんが本気で戦闘を行う時……さっきのように、辺り一面がどんな時でも瞬時に夜になる。
そして、とても綺麗な月がメルトを照らし出す。
これがこの屋敷のメイドのメルトさんなのであった。
何故こうなるかは、今でも原因は分かっていない。
戦闘能力が普段と変わることもない、夜になっているのはメルトの周りのみという、変な能力なのである。
そんなメルトさんは、この屋敷では一番強いといってもいいほどに強い。
沢山の道具を武器として扱い、チャオとしての運動能力も飛びぬけている。
格闘術についても知っているのか、素手での戦闘についても強い。
これが完璧なチャオなんだなぁ……と、俺は深々と思っているのであった。
フィル「別に気にしなくていいのよ、あのじいさんが只者じゃないことは分かったわ。」
ジェイド「あぁ。俺のじいちゃん、空手マニアだから妙に力あるんだよ」
フィル「空手マニア?」
ジェイド「そう。空手を極め、今では拳で岩石割るんだぞ……」
フィル「岩石を割る……」
ジェイド「まぁ、独学だから。空手の師範じゃないんだけどな」
フィル「ふぅん……まぁ、うちのヴァンよりはないと思うわね」
フィルは淡々とそう言い放った。
ヴァンさんとは、この屋敷にいる酒を飲んでいるチャオ。
男口調になったり、女口調になったりするチャオである。
確かに、あの人はやばい。
何故なら……あの人は地面をぶん殴って、地割れを起こす事ができるほどの魔神のような力を持っているからだ。
洒落にならん力だから、脅威を覚える……あれで殴られた日には、下手すると一生起きることができないかもな。
フィル「でも……あんたが今回悪いわよ」
ジェイド「なにがだよ?」
いきなり俺を睨みつけてきた。
なんなんだろうか……?
フィル「実のお祖父さんである人を寂しがらすなんて、あんたがまだまだ配慮が足りない証拠。少しは反省しなさい」
そう言うと、フィルは椅子から立ち上がり、部屋から出て行った。
ジェイド「おいフィ……行ってしまったか。 何なんだ一体」
メルト「——お嬢様は」
さっきから部屋の隅にいたメルトさんが、急に口を開きだした。
メルト「昔、とても寂しい思いをしていました」
ジェイド「え……?」
メルト「だから、このようなことを急に言い出したのかもしれません。お嬢様をあまり悪く思わないでください」
メルトさんがそうお願いしてきた。
俺はこの屋敷に来て、随分と時が過ぎた。
だから、フィルが悪いやつじゃないことはよく分かっている。
——あいつが寂しいことがあったのなら、本当に寂しかったんだろうな。
何があったのかは知りたかったが、俺は聞かないことにした。
ジェイド「分かってますよメルトさん。あいつのことは正しいですから」
そう、メルトさんに答えてあげた。
【3】
屋敷の屋上。
既に辺りは真っ暗になっており、屋敷の屋上にある電灯が光り輝いていた。
だが、フィルはその電灯を消した。——空は星が瞬いている。
フィルは、そこにただ一人座り込んでいた。
さっき自分で言ったことを、思い出していた。
フィル「なにいってるのかしら私……」
そう静かに呟いていた。
その時。後ろから扉の開く音が響いた。
メルト「お嬢様」
メルトが屋上にやってきたのである。
フィルは目をそむけるようにして、俯いていた。
フィル「何のよう?」
メルト「そろそろお休みになられる時間ですが」
フィル「あら、そういえばそうね」
フィルは淡々と言葉を紡ぎだしていた。
しばし間、沈黙が訪れ——メルトの口が開く。
メルト「お嬢様」
フィル「……何?」
メルト「お嬢様には私がついています。沢山の人がついています。皆、お嬢様のことが大好きです。——もう、寂しくなんかありませんよ?」
フィル「……メルト」
メルト「だから元気出してください。お嬢様の笑顔が、私は一番好きなのですから……」
フィルは、空を見上げる。
きらきら輝く星をみつめながら、笑う。
——そうね。私はもう、沢山の仲間がいるじゃない。
フィル「メルト。ありがとう」
フィルが微笑みながら、メルトに答えた。
メルト「どういたしまして」
メルトもまたそれに答える。
この屋敷の人達は、深い友情を持っている。
フィルは、もう寂しくなんかなかったのであった。
第十一話「ジェイドのおじいさん」 終わり