1 空の青さは未来を意味している
この島にはなにもない。
かつてチャオガーデンだったらしいこの無人島には十匹のカオスチャオがいる。
「空の青さは未来を意味しているのよ」
とアサは言った。
俺たちは塔のてっぺんに座っていた。
塔は三十度に傾斜していて、まるで倒れかけた状態で時を止めたみたいだった。
「そうなのか?」
と俺はアサに聞いた。
この島にある本のどれにそんなことが書いてあったのだろう。
俺はまだ読んでいない本のタイトルをいくつも思い浮かべた。
だけどアサはころっと笑って、
「今、作った」
と言った。
「きっと向こう側ではみんながみんな、あの青い空の下で幸せに生きている。そんなふうに思ったから。だけど」
アサは真上を見上げた。
「私たちの空も青いのね」
太陽の位置は昼過ぎであることを告げていた。
俺たちは昨日も寝るのが遅くなって、およそ二時間ほど前に起きたばかりだった。
ここは塔の上から全体が見渡せるちっぽけな島だ。
カオスチャオの十匹以外にチャオはいない。
十匹と、そして俺とアサが暮らしている。
ここはそれだけの島だ。
「俺たちにだって未来はあるさ。未来がなくなるその時まで」
「なにそれ」
とアサは鼻で笑う。
「まだ期待していてもいいってことだよ。向こうの空がまだ青いうちは、なにかが起きてくれるかもしれない」
「ああ」
そういうことね、とアサはうなずいた。
だけどそのなにかについて考えると、あまりにもなにも都合のいいことを思い浮かばず気分が沈んでしまうので、光って見える水面より奥に潜り込みはしない。
それが俺たちの身につけた処世術だ。
俺もアサもチャオたちも、この島にいるみんなは死ぬことがない。
だから想像もできないような都合のいいなにかを待ち続けることだってできる。
待つ気さえあればいい。
いや、そのつもりがあろうとなかろうと、どうせ死なないのだから、待っているのと同じことなのだった。
「さあ、仕事に行こうか」
「そうだね」
俺とアサは、十匹のチャオを見て回ることを仕事としていた。
死なないのだしチャオたちは放っておいてもいいのだが、毎日の退屈しのぎとして仕事を用意しておかないと辛いのだ。
「いやっふぅぅぅっ!!」
アサは塔から飛び降りた。
二十数メートル下の地面に足が着いた直後にごろごろと転がって衝撃を逃す。
失敗しても、この高さなら俺たちは大した怪我をしない。
だけど俺は人間らしく普通に歩いて傾斜を下る。
アサは走って塔を登り、また飛び降りた。
「うべええええい!!」
三回目の飛び降りをしようと戻ってきたアサを俺は捕まえる。
そして頭を軽くはたく。
「なにをあほなことしてる」
「えへへぇ」
アサは舌を出す。
テンションを上げて暴れた後にはこんなふうに漫画の真似をしておどけるのが俺たちの定番だった。
さてチャオたちだが、誰がどこにいるかは塔の上から見てわかっていた。
集会が開かれてフツウが歌っていた。
フツウというのは、ピュアのライトカオスの名前だ。
様々な色のカオスチャオがいる中で、一番普通のカオスチャオだったからだ。
フツウは歌うのが好きなようだ。
暇さえあれば歌の練習をしている。
そこに他のチャオたちが集まってくると、集会の始まりだ。
フツウが二十分ほど歌うのを、他のチャオたちが聞くのだが、その聞く姿勢が変わっている。
みんな一様に下を向き、どこか真剣な感じの顔をしているのだ。
なぜそんなふうに聞くのか。
それがチャオたちの間で生まれた遊び方なのか。
賛美歌なのかしらね、とアサは想像していた。
そう言われてみるとそんなふうに見えてくる。
チャオたちのしていることではあるが、そのチャオが全てカオスチャオであると、特別な意味があるように感じられるものだ。
俺とアサも座って、うつむく。
フツウは弾んだ声で歌っていて、宗教的な荘厳さは微塵もない。
それでも祈っておく。
祈る内容はいつも同じで、つまり叶う望みが薄すぎる願いだった。
この島に子どもが生まれてくれますように。
フツウは歌い終えると、ぺこりとお辞儀をした。
聞いていたチャオたちは拍手をし、そしてその場を離れていく。
俺たちも立ち上がり、仕事の続きをする。