Scene:1

「あー、あー、コホン!」
「…?」
薄い意識の中で、少女の声が聞こえる。
「お、起きたかな?」
「こ、ここは…」
彼は何とか目を開けると、真っ暗な部屋に1ヵ所だけスポットライトが照らされているように明るい場所があり、その中心にある椅子に少女が座っていた。

必死で思考を巡らせて、状況を整理する。
ついさっきまで、自分が何をやっていたのか。そうだ。友人と進路について話していたら、目の前にトラックが―――まさか。
「まさか、オレ…」
彼はそこで言葉に詰まったが、目の前の少女は全てを察したようにこう返した。
「その通り、大正解!大きなトラックが突っ込んできて…そりゃもう、言語では言い表せない…強いて表現するなら『グロ注意』ってやつかしら…見る?」
「いえ、結構です…」
そんな状態になった自分の姿など、余程の物好きでもない限りは見る気はしないだろう。

さらに彼女は続けた。
「でも貴方は運がいいわ!こうして異世界への扉を開いたんですもの」
「異世界って…そんなアニメみたいな」
少年はそう返す。彼はこれまでの人生をほぼサッカーだけで生きてきた人間であり、『そういう話題』にはあまり詳しくないのだが、今時必ずクラスに数人は熱心な奴がいる時代である。そんなアニメが流行ってるらしい、という程度の話なら聞いたことがある。
「あー、そっちの世界で流行ってるらしいわねー、そういうの。大半は設定が都合よすぎたりガバガバだったりするけど、たまーに『この作者体験者じゃね?』ってのがあるわよ」
「体験者って…オレ以外にも?」
「まぁね。でも超レアよ?細かい事は機密事項だから言えないけど、宝くじの1等に当たったようなものだし…っと、それはともかく!」
そこまで喋って、少女が脇に逸れた話題を戻す。

「さてさてー、そんな訳で、『お約束』通り貴方には現在の記憶・年齢・外見などを保持したまま、異世界へ行ってもらうことになります!何か質問はありますか?」
「あ、えーっと、その異世界ってどんな世界なんですか?」
少年が慌てて質問する。これは大事な質問だ。それが事前に分かるか分からないかで、また心構えも大きく違ってくる。
「あー、異世界転移者よくある質問第1位だねー。あたしらがマニュアルで最初に覚えさせられるやつ。大っ変申し訳ないんだけど、これはこっちじゃ決められないし分からないのよねー」
「そうなんですか…」
それを聞き、少年は落胆した。さすがにそこまで都合良くはいかないようだ。
「あ、でも、異世界に行く人間のパーソナリティや生い立ちをある程度反映した世界になる、ってことは聞いたことがあるわね。だから原始時代とか、逆に人類滅びちゃった的な世界には行かないから、そこは安心して。少なくとも、普通に食べて暮らしていくのには問題ない世界になるはずよ」
「なるほど…それならそこの心配はしなくて大丈夫そうですね」
それならば、サッカーが盛んな世界にでもなるのだろうか、と彼は少し考える。いや逆に、そんな世界だとプロレベルで上手い人が多すぎて自分なんかでは逆に大変なのでは?…など、異世界に行く前から余計な心配をしてしまうが、そんな心配は異世界に着いてからにしよう、と思い直した。

「他に質問はあるかしら?」
さらに少女は尋ねるが、少年は言葉に詰まった。
「…すいません、なにせ急な話なんですぐには…」
「だよねー。まぁ後は習うより慣れろってやつで、実際に行って体当たりで覚えた方が早いと思うわ」
そう言うと、少女は手元にある端末のようなものを操作し始める。準備が終わると、こう告げて、エンターキーのような一回り大きな部分をタップした。
「…それじゃ、異世界へ行ってらっしゃい。グッドラック!!」

そして次の瞬間、少年はその場から消えた。

それを確認した少女は、軽く伸びをして、こうつぶやく。
「…さてと、今日のお仕事終わりっと!…あれ、そういえば大事なことを伝え忘れてたような…なんだっけ…?」
少し首を傾げるが、「ま、いっか!」と言い残し、そのまま彼女もその場から消えた。真っ暗な空間に椅子だけがスポットライトのような明かりに照らされて残っていたが、その明かりもしばらくしてふっと消えた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ チャオ20周年記念号
ページ番号
3 / 11
この作品について
タイトル
「Children's Requiem」
作者
ホップスター
初回掲載
2018年10月23日