「SPACE COLONY ARK」
誘導は成功した。
移動中は非常に大人しかった。
本当に死ぬことを望んでいるのだろう。
どうして俺が選ばれたのかはまだよくわからないが、聞く気もしなかった。
施設内でも彼女は非常に安全だった。
彼女からカオスエメラルドを預かった。
突如変身され、カオスエメラルドの力で攻撃されたらひとたまりもないからだ。
どうにかカオスエメラルドを手放させることが必要だった。
それはすんなりといった。
疑われることなく手に入れることができた。
まだ優希さんやオルガと合流していなかったのが大きかったのだろう。
その後、それを優希さんに渡した。
優希さんがカオスエメラルドを設置しに行く役割になっていたからだ。
当然脱出用カプセルの操作もすることになった。
もしかしたら彼女は1人で脱出してしまうかもしれないと先田さんは危惧していた。
彼女は本当にそういうことをするだろうか?
わからない。
ともかく俺は白いカオスドライブを渡された。
宇宙へ行く前であれば、それで瞬間移動して脱出できる、とのことだ。
キャプチャする機会がなかったので、俺はまだそのカオスドライブを隠し持っている。
緊急脱出用の物ではあるが、いざとなったら攻撃用にもなる。
大きなプラス要素だ、これは。
そして。
優希さんがカオスエメラルドの設置のために1人リフトに乗った時に勘付かれた。
元々彼女は施設内に入ってオルガと優希さんと合流した段階で警戒を強めていたようだった。
疑っていたわけだ。
思えばカオスエメラルドを持ったのが、そして単独行動をしたのが優希さんであったのがよくなったのだろう。
彼女が優希さんのことを疑わないはずがないのだから。
いや、しかし。
それがオルガでも同じような結果になったのかもしれない。
俺が1人でリフトに乗るわけにもいかないだろう。
そう考えると、誘導の方法が悪かったと考えなければならない。
どうであれ、もう遅い。
既に俺たちは手遅れという地点を通り過ぎているのだ。
優希さんの乗ったリフトに飛び乗り、ピアノと自称したライトカオスの姿を見せた彼女を追いかけて俺とオルガも追った。
作戦は失敗した。
チャオスを相手にする場合、俺たちは変身した方が無難だ。
事実オルガは既にニュートラルヒコウの体になっている。
リフトの上。
彼女が躊躇なくそうすることができるのは、いくらでも変身できるから、という理由が大きい。
彼女には変身における時間制限が無い。
そして俺たちと違いカオスエメラルドも必要としない。
以前、大ダメージによって変身が解除されたことはあったが。
用意された水色のカオスドライブは6個。
30分は戦闘できる。
やることを整理。
まずリフトの移動中どうにかやり過ごす。
突き落とせば下は深い。
できることならそうするのが好ましい。
よって、カオスドライブのいくつかはここで使うのがいいと思われる。
オルガがピアノへ飛び蹴りを放つ。
臆すことなくその足を掴み、ピアノはゴミを廃棄するかのようにオルガを放る。
「橋本君」
気にも留めず俺を見る。
「嘘ついたんだね」
無表情。
それどころか声にも感情は宿っていない。
彼女にとって俺は敵。
そう判断するに値する情報を得たのだ。
こうなればピアノに感情はいらない。
望まないものは処理される。
否、処理であればまだいい。
彼女の攻撃には悪意というスパイスが過剰に込められるのは前の戦闘でわかっていることだ。
それは味わう者を楽しませるものではない。
味わわせる者が楽しむためのものだ。
長い苦しみが頭をよぎる。
「ふんっ」
ピアノの背後から蹴り。
戻ってきたオルガの回し蹴りだ。
下への勢いが付加されていなかったことが幸いし、ただ飛ぶのみで帰還できたのだ。
ピアノはそれを片手で受ける。
視線はこちらに固定されたままだ。
オルガはすぐに離れ、上を飛んでこちらに戻る。
オルガだけでは圧倒的に不利だ。
せめてどちらかが変身して加勢したい。
優希さんを見る。
目線は交わらない。
ピアノを見つめ、顎に手を当て、考え込んでいる。
リフトの移動を終えたら次は何があるだろうか。
まず動力源を破壊されないようにされなければならない。
そして脱出できるように隔離もしなくてはならない。
つまり動力源から遠ざけ、さらに動力源に近づけないようにする必要がある。
困難。
カオスエメラルドを持っている優希さんにここは持ちこたえてもらいたいところだ。
アイサインを送るがこちらを見ていないので効果がない。
ピアノもオルガも動かない。
拮抗状態というわけではない。
オルガは踏み込むわけにはいかない。
不利だから。
一方有利なピアノは余裕ゆえに棒立ちしている。
おそらくどのような方法で苦しめてやろうか考えているのだろう。
あるいは、先ほど見せたように相手の攻撃を捌き反撃することでねじ伏せようとしているのかもしれない。
どうであれ、動かないのであればオルガもまた動かないのが無難と言えた。
「橋本」
声がかかる。
優希さんが俺を見ずに俺に話しかけていた。
「無線」
優希さんは水色のカオスドライブをキャプチャし、そして消えた。
「え?」
瞬間の出来事だった。
とりあえずあらかじめ持たされた無線からイヤホンを耳に。
声が聞こえた。
「こちら優希、こちら優希。応答しなさい」
「……こちら橋本」
小声で応答する。
「あいつをうまく隔離しなさい。5分で」
「え?」
「リフトが止まったら報告すること。そこから5分。わかった?」
「はい」
2対1で安全に事を運ぼうとするのであれば俺が変身する必要がある。
水色のカオスドライブを取り出そうとした時、リフトの速度が上がった。
まわりの照明も強くなる。
言葉の理解が訪れた。
カオスエメラルドを設置されたのだ。
そしてその結果としての加速。
時間が経てば隔壁によって閉じ込めようと働く。
「なるほどね」
ピアノが呟いた。
俺たちにはっきりと聞こえる声量で。
「宇宙に行ってしまえば私という脅威が取り除ける、というわけね」
「……」
見抜かれた。
しかし、今更隠すことでもないとも思う。
逃げられないように気をつける必要はあるが。
どうして宇宙に行くなんてことがわかったのだろうか。
「どうしてこの施設が宇宙に行けると知ってる?」
「この施設はスペースコロニー・アークの模倣品だから」
「……は?」
与えられた結論に俺の思考は到達できない。
そこまでの道が見当たらない。
明確な情報不足だ。
「過去に起きたことをそのまま模倣して行えば、結果は過去に起きたそれと同じようなものになる。どういう理屈でその結果がもたらされるのか、なんてことは考える必要がない」
過去を模倣して行えば、結果は過去と同じになる。
確かにそういうことはあり得る。
どこかへ行く時、以前そこへ行くために通った道筋をそのまま行けばしっかり目的地に辿りつくように。
だが……。
「だけど、真似をしたからってさほど効果があるようには思えないんだが」
「スペースコロニー・アークもマスターエメラルドの神殿を引用しているんだよ。神殿を引用することで、それの効果もそのまま持ってきてる。予想以上の成果が出る可能性は既に示唆されてるんだよ」
オルガがそこで割り込む。
「そもそも、どうしてスペースコロニー・アークを真似しているって知ってる?だってあれは……」
「オルガ、あいつは知ってるんだ。たぶん本当に、知ってるんだ」
オルガの疑問を俺が遮る。
彼女の言いたいことはよくわかる。
青いハリネズミが音速で走って大事件を解決するようなことが過去にあっただなんて信じ難い話だ。
そのハリネズミが関係したものもまた、やはり俺たちには信じ難い。
だが、彼女は。
「私は、スペースコロニー・アークで迷子になったから。その時のことはよく覚えている」
「迷子って……何それ」
迷子という単語が悪い冗談のように聞こえさせる。
チャオがスペースコロニーで迷子になるなんてことがあるだろうか。
それでも俺はなんとなくそれが真実だったのではないかと思っていた。
理由はない。
直感的にそう思っていた。
「でもね、スペースコロニー・アークは実在して、そしてそれを模倣する選択肢が後藤にとって絶対の正解だってことは事実なんだよ」
「どうしてスペースコロニー・アークの模倣なんだ?」
問題はそこだと俺は感じた。
俺の欲しい情報は本当に迷子だったかどうかではないのだから。
「あれは究極生命体を生み出した場所だから。真似をすれば同じようなとんでもないものを生み出せる」
「究極生命体?それがケイオスなのか?」
「ううん、ケイオス程度じゃあ究極生命体なんて言えないよ。ただの通過点だね。ARKが、後藤が目指しているのは不死身の人間だよ」
「不死身……!?」
そのワードには思い当たる節があった。
美咲がピアノと名乗り、不死身と判明する以前からその言葉は聞いていた。
「君たちが不死身のケイオスに進化すれば、それを材料に不死身の人間が作れるって考えなんだよ」
「じゃあ、君がこっちにいたのは」
「もしかしたら私が材料になるかもしれないってことなんだろうね。オルガちゃんも、今そういう感じだよね」
「まあ、そうだけど」
淡々とした答え。
少し前からオルガの口数は少ない。
彼女は今何を考えているのだろう。
「まあ、どうであれスペースコロニー・アークを真似すればきっと辿りつけると思ったんだろうね。それは合っていると思うし、実際今のところうまくいっている」
もしスペースコロニー・アークで作り出された究極生命体とやらが不死身だったりするのであれば、模倣する対象としては疑いようもなく正解だろう。
「でも、模倣するのはデメリットもある。お手本はもしかしたら遠回りしているかもしれない。けれどお手本が正しいかどうか判断できないとしたら、素直に遠回りでも真似しなくちゃいけない。動力源を神殿へとするためにわざわざ新しい施設を作るように、ね。このリフトいつもと違う方向に行ってるよね」
この先が動力源なことがばれている。
どうにかしてうまく誘導するか、あるいは力ずくでどこかに押し込むしかない。
そして、模倣について。
真似たところで効果が得られるとは限らないことも考えればデメリットだらけだ。
過去と同じことをしているんだから成功するという曖昧な安心感が確実に得られるだけなのだ。
「さて、スペースコロニー・アークはとんでもない化け物を封印してたけど、ここは私をしっかり封印できるのかな?」
挑発的に言った。
リフトが止まった瞬間から始まった。
戦いであり、闘争であり、戦争だ。
ピアノが動力源を目指して駆け出すことを阻止しなくてはならなかったが、これに成功した。
動力源がどこにありどのルートを行けばいいのかはわかっていないだろうが、しかし走られる前に足止めできなければ大問題だった。
あとはうまく遠ざけて、逃げられないようにすればいい。
ピアノが俺の正面へまっすぐ走ってくる。
どう突破する気だろう。
横へ抜けるのか、飛び越えるのか。
トラのパーツをつけた右手を引く。
眼前までそのまま走ってくる。
タックルか?
俺は右腕を突き出す。
腕はピアノの腹部を貫通した。
「っ!」
だがピアノは止まることなくそのまま体を前進させる。
ここで彼女が俺と同じように攻撃してきたら。
俺は死ぬ。
そして死なない彼女は死なない。
まずい。
右腕を抜こうとするが、抜けなかった。
焦燥感に煽られ左手を突き出す。
それがピアノの顔面にぶつかり、ひるませたのと同時にずるりと突き刺さった胴体が少し遠のいた。
「でぇい!」
オルガが俺の後ろからどこぞの変身ヒーローのような飛び蹴りをピアノの顔にぶつけた。
俺の腕から離れ、床へその体を沈める。
「橋本!」
顔に乗ったままのオルガが叫んだ。
反射的にやることを把握して、俺はピアノの足を掴んだ。
オルガが離れる。
それを見てから俺は足を持ち上げ、自分の体を思い切りひねりらせて投げ飛ばした。
投げるべき方向に投げることができた。
常に2対1の状況を保つこと。
これが必須だった。
1対1では捨て身の行動を取られた時の対処に困るからだ。
互いにフォローできる位置をキープし、思うように事を進めることに成功した。
隔壁はしっかりと閉じられた。
脅威を閉じ込めることに成功した。
ただしその脅威と一緒に俺たちも封印された。
「……あちゃー」
ピアノが漏らした声は後悔の色がない、諦めが全ての明るく無気力な声だった。
そして室内は明るさを失った。
完全に暗闇に包まれたわけではないが、一瞬前と比べれると明確な差があった。
「一体何だ?」
「お疲れ様。あなたたちのおかげで美咲を隔離することに成功したわ。私はもう脱出したわ。カオスエメラルド3つと共に」
「何を言ってる?宇宙へは?」
「宇宙まで隔離するよりも、カオスエメラルドを失わずにいることが重要だと判断したわ」
「……俺たちの脱出は?」
返答はなかった。
やられた。
暗くなったのは強力な動力が失われたせいか。
「やっぱり困ったことになったみたいだね」
淡々と言われた。
嬉しそうだったり楽しそうだったりするような嫌味な感じは全くない。
彼女の言う通り、実際に困ったことになったようだ。
しかし問題はないのだ。
俺は白いカオスドライブをキャプチャする。
「それは」
ピアノの驚く声。
「……じゃあな」
ピアノへ言う。
こういう時声をかけるのは、される側にとってどうなんだろう。
何も言わず無慈悲に去った方がいいのだろうか。
「気をつけなよ」
返答があった。
ピアノは止まったままだ。
危険ではないようだ。
俺は少し様子を見た。
それを理解したか、ピアノは続ける。
「気をつけていれば、気をつけてもだめなこと以外はどうにかなるから」
「ああ、なんとなく理解したよ」
長く話すのはよくないだろう。
情が移る前に。
情を移そうとされる前に。
そんな雰囲気になってしまう前に。
俺はオルガの傍に歩いていく。
そしてオルガだけを巻き込み、脱出した。