第1章 1話 マスタードわさび焼きそば
町に入る手続きをするのに、少しの間待たなくてはいけないらしい。
関所は大きく、空港を思わせる。
まるでこの町が一つの国であるかのようだ。
腹が減っていたので、レッシ・ラッシュは関所の中にある売店で食い物を買うことにした。
この町の名物らしい、マスタードわさび焼きそばを二つもらう。
マスタードもわさびも抜きにしてほしいと相棒は言っていたが、それを抜いては名物にはならないだろう。
だからそんな注文はしなかった。
両手に焼きそばを持ったレッシは、土産物屋に心を奪われているはずの相棒を探す。
やけに大量の物がある、キーホルダーのぬいぐるみや菓子のコーナーを回る。
ヒーローチャオとダークチャオのペアが飼い主の女と一緒になって、ぬいぐるみのキーホルダーのどれを買おうか話し合っていた。
シマウマをモチーフにしたマスコットキャラクターのぬいぐるみで、白い部分が別の色になっているのだった。
「白はあるのに黒はないんだね。超絶かっこいいのに」とダークチャオが言う。
「お前馬鹿だな。白い所が黒だったらシマウマになんねえじゃん」
ヒーローチャオが嘲笑う。
「えーっ、なら黒い所を白くすればいいじゃん」
「なるほど。それはそうかも」と飼い主の女は頷く。
「どっちにしろ、ここには黒なんてないけどな」とヒーローチャオは言う。
ここにはレッシの相棒はいないようだった。
レッシが売店以外の所を探そうとすると、ロビーのソファに座っているダークハシリチャオを見つけた。
ダークハシリチャオは、のろのろとレッシに手を振った。
「ここにいたのか。ほら」
焼きそばを渡すと、ダークハシリチャオは嫌な顔をした。
「抜けって言ったよな?」
「抜いたらただの焼きそばだろうが」
レッシはダークハシリチャオの隣に腰掛ける。
このチャオが、彼の相棒だ。
名前はラジカル。
「そもそも焼きそば自体が、別の国の食べ物っていうのがな。なんか気に食わない」
「いいから食えよ」
麺をすすると、ラジカルは即座に咳き込んだ。
レッシも顔をしかめた。
「辛いな」
「殺す気かよ、これ」
レッシは少しずつ食べていくが、ラジカルはしばらくの間、上にかかっているマスタードとわさびを端によける作業を懸命にした。
それをよけたところで、マスタードやわさびは麺に練り込まれていて、辛いことには変わりなかった。
それでも一応、よけた甲斐はあったようだ。
「ぎりぎり食える」とラジカルは言った。
ちびちびと食べていたのに、ラジカルが焼きそばを食べ終わってもまだ呼び出されなかった。
「なんで手続きにこんな時間がかかるんだ?」とラジカルは不機嫌そうに言った。
「薬物かなんかを持ち込もうとして、引っかかってるやつでもいたんじゃねえのか」
「なんて迷惑なやつだ」
レッシはラジカルのように苛立ってはいなかった。
今回受けた依頼の打ち合わせまでにはまだ時間が多分にあった。
徒党を組んで暴れているチャオの排除という依頼だった。
そのために町の外の人間まで雇うということは、相当な問題になっているのだろう。
数が多いか、警察などでも対処しきれないほどの力を付けてしまったチャオがいるか。
その分だけ、報酬も高かった。
そしてそういった凶暴なチャオを相手にすることこそが、レッシたちの仕事であった。
とうとう、レッシたちの名前が呼ばれる。
身分証であるパスポートを提示する。
レッシだけでなく、ラジカルもパスポートを持っていた。
「遺伝子照合をします。こちらに手を乗せてください」
はかりのような、機械と一体になった台に手を乗せる。
「今回も何か依頼があったのかい?」
初対面の係員が、親しげに話しかけてくる。
それもそのはずだ。
係員はラジカルの方に話しかけていて、子供と接するような態度をしていたのだった。
「まあな」とラジカルは対等に思っているような口振りだ。
「この町の中で最近凶暴になっているチャオの話って聞かせてもらえませんか?」
レッシがそう尋ねると、係員は首を傾げた。
「凶暴っていうのとは違うんですがね、チャオたちで徒党を組んでたむろしているっていう話はありますよ。まだ何かしたってわけじゃないですけど」
「なるほど。じゃあ何か大きなことをしでかす前に叩いちまおうってことかもな」
ラジカルがそう言う。
みだりに話すものではない、とレッシは思った。
しかし、たしなめることはせず、黙っている。
「へえ、そういうことか。じゃあ、よろしくお願いしますね」
係員はそう言ってパスポートを返す。
そしてレッシとラジカルは荷物検査を受ける。
旅には慣れていて、最小限の荷物しかない。
必要な物の多くは旅先で買って、そして移動する時には捨てるというのがレッシたちのスタイルだ。
検査が終わり、晴れて町の中に入ることを許される。
正面から真っ直ぐと町の奥の方まで伸びている道が、異様に広い。
町の端から端まで一直線に貫いているメインストリートだ。
左右には高層のマンションやビルが鍵盤のように並んでいる。
「なんかすげえ都会って感じだな」とラジカルが言った。
「おかげでどこが待ち合わせの場所か、わからないな」
こういう時はタクシーに限る、と言ってレッシはすぐ近くに駐車していたタクシーに手を挙げてアピールする。