ページ1

「疑わしきは罰せず」
本来、裁判のあるべき姿である。
しかし、多発する犯罪、犯罪者の低年齢化という問題が、その基本をも危うくしていた。
無罪となった「疑わしき者」が、新たな犯罪を起こすという悪循環も、すでに現実のものとなっていた。

この局面において、司法は一つの決断を下した。
人の心を映す鏡と言われる「チャオ」を、裁判の重要な証拠の一つとしたのである。


「被告人を有罪とする証拠はない。しかし、無罪とするにもいたらない。
そこで、被告人を『チャオ裁判』にかけるという検察の申請を認めることとする」

ふっ、まぁ、そんなこったろうと思ってたぜ。

動機もある。
状況証拠も揃ってる。

だが、そこまでだ。
肝心の証拠もなければ、自白もない。

このまま最高裁までいっても有罪になることはないだろうぜ。
検察もそのことは十分分かってるってわけだ。

まぁ、奴等にしたら上出来な判断だな。
だが、そう簡単に思い通りにはいかないぜ。


「ここに生まれたばかりのチャオがいる。被告人は、このチャオと1ヶ月の間、共に生活し、心をチャオに映してもらうこととする」

通り一遍の宣言には、何の感銘も受けなかったが、生まれたばかりのチャオを見た時は、少し懐かしさを感じてしまった。

またチャオを育てることになるなんて考えもしなかった。
裏街道を生きてきた俺には、もうチャオなんて別世界の生き物になっていた。
だが、こんな俺にもチャオを育てていた頃があったんだ。


初めてチャオを育てたのは、小学生の時だったか。
思えば、ニュートラルのチャオに育ったのは、この時だけだったな。
あいつが転生したのは、俺が中学の時だった。
そして、あいつはダークチャオに進化したんだ。

今でこそ、こっちの世界で生きる素質が、あの頃からあったんだと思っているが、あの当時は結構悩んだもんだ。
思い通りにチャオを育てたくて、チャオ育成関連の本も、かなり読み漁ったもんだ。
残念ながら、何回転生してもダークチャオにしかならなかったけどな。

おかげで、周りからは、かなりいじめられたんだ。

ダーク!
ダーク!!
ダーク!!!

まるで、極悪人のような言われようだった。

それは、高校を卒業してからも続いた。
ダークチャオと一緒にいるだけで、周りはみんな犯罪者のような目で見やがった。

だったら、本当の極悪人になってやる。
そう決めてからは、俺は自由になったんだ。

何度も警察の世話にはなった。
もう表の世界には帰れないことは分かっている。
だが、俺は何も後悔していない。

ただ、この世界で生きることを決めた時に別れた、あのダークチャオがどうしているかが少し気になるくらいだ。
いじめられて落ち込んでいる俺を、おどけて元気づけようとしてくれたあいつに、俺はどれだけ救われたことか。
まぁ、結果的に、あいつを裏切ることになってしまったがな。
あいつは、今もどこかで元気に暮らしてるんだろうか・・・。


そんなことを考えながら、俺はチャオを連れて久しぶりに自分の部屋に帰ってきた。
もちろん、チャオの好物の木の実はたっぷり買ってきてある。

このまま、普通に育てたらダークチャオになるのは目に見えている。
愛らしいチャオを見ていると、可愛がらずにはいられない。
だが、今それをするわけにはいかないんだ。

「お互い、1か月の辛抱だ」

俺はそう言って、チャオの頭をなでてやった。
この先、1か月は触れることの出来ない柔らかな感触を、俺は名残りを惜しみながら味わっていた。




続く

このページについて
掲載号
週刊チャオ第53号
ページ番号
1 / 3
この作品について
タイトル
チャオ裁判 その2
作者
懐仲時計
初回掲載
週刊チャオ第53号