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"にじいろの階段"に終わりは見えない。向こうとはどこなのか。あるいは向こうとはないのか。三つの影が"にじいろの階段"を這う。ダッシュは"商人"の語ったことを思い起こす。チャオであること。自身はチャオではないという事実。しかし二つを隔てる生存本能が自身にはない。限りなく薄い。とどのつまり自身はチャオであってチャオではない。ノット・イコールではなくニアリー・イコール。矛盾をはらむことは理解していた。チャオではない行動をしながらチャオらしく。自身の行動には何らかの意味が発生する。チャオではない自身が。チャオである自身の役割。知識をめぐらせる。
"にじいろの階段"に終わりは見えない。あるいは現状。迷走する。錯綜する。ダッシュの内面の反映。いかなる結論にいたるまで続く永遠。ダッシュはたどりつけない。オバとヘンペルズ=レイヴンが遠く見える。ダッシュはたどりつけない。知識が混乱する。統制するアンノウンが自身にはない。方向性を維持するだけの意志が足りない。知能の不足。ダッシュは切に思ったのである。終点へ向かうことのない階段。円環。続きはない。途切れることはない。いずれかの選択。答えの算出。必要の必要。
そのすべてをもたらす何か。
知識。ダッシュは知識する。チャオではないものたちはチャオを食らう。生存本能。世界の理。見えぬ原因によって自身らが間接的に彼らを殺している。自身らが存在しなければチャオは確かに存在できる。願われた我々。我々とは。チャオではない。
差異。
言葉を有する。知能を有する。感情を有する。生存本能を有する。我々の存在とは有することであった。
比較。
言葉は無し。知能は無し。感情は無し。生存本能は無し。チャオとは無いこと。持たざるもの。無とは彼らの象徴。願われなければ生まれない。彼らには個がない。そして自身らにはあった。しかし結果。個が個を殺し個ではないものを殺す。失うの螺旋。原因。見える原因。
ダッシュは結論を見出す。
我々。
チャオではないものたち。
それが原因。
世界の崩壊。チャオの消滅。ありとあらゆるすべて。
チャオではないものたちは有するを奪う。自身が有するために。願われることによって発生する。発生するがゆえの不具合。余分。余波。生存本能。無から有するは生み出せない。では有するから有するを。そうして自身らは完成する。
新のチャオとして。
チャオになるべく。
願いとは。
意味とは。
真実とは。
我々の内側にしか存在していない。
外側にはありえない。
自身らはチャオではなかった。だがそうではない自身。限りなくチャオに近しい自身。役割の達成。役を満たす。自身の意味。
本物のチャオは持たない。だからこそ弱かった。
有するがゆえの強さと傲慢。生存本能とは本物のチャオを目指すイコール有するから有するを奪うことでの存在の達成。
個は強い。
個ではないものたちが弱いからだ。
"にじいろの階段"に終わりが見えた。階段は色を形を変え踊り場と化す。フールの姿。"案山子"の統率者。"案山子"も有する。"案山子"がフールを取り囲む。ひとつの"案山子"へ融合する。存在の達成。しかし偽。偽の達成に意味はない。オバが二つの短剣を持つ。ヘンペルズ=レイヴンが手招きをする。
「わたしが引き受けよう」
「おまえ勝てないだろ」
「大丈夫だよ。行こう」
ダッシュが話に割り込む。ダッシュは正確に知識していた。ヘンペルズ=レイヴンの能力。世界はチャオが存在しなければ維持されない。逆もまたしかりである。オバはダッシュはフールの横を通って新たな階段へたどりつく。オバは疑問を抱いた。ダッシュは疑問を抱かなかった。彼はもはや個ではない。脳すらない。
階段をのぼるダッシュとオバにフールの叫び声が届いた。同時にダッシュは確信を得る。感覚の確信。チャオではないものたちとチャオが明確に分かたれた。終わりへ向かう。二つの戦いの影はすでに見えない。"にじいろの階段"と踊り場の間にある絶対の壁。世界の断絶。我々と彼らの関係が切れたのだ。ダッシュは惜しむ。
チャオは群れる。あるいは誰かによって群れさせられる。しかしチャオではないものたちは群れることができない。生存本能に原因がある。生存本能のない自身は群れることができる。ヘンペルズ=レイヴンは生存本能を抑え込んでいた。オバも同じく。だとすると群れることができた。しなかった。せずに分かたれた。我々でカテゴライズされるものたちであるのに。
階段は終わった。間。滅んだ世界の末路。空間から光が消え音だけの世界となる。闇。オバの"かぶりもの"が割れる。ダッシュは理解する。ここでは自身以外の干渉を受けられない。自身そのものをはかられる。そしてダッシュは正確に知識している。レイゾーは死に。ほーねっとは死に。ヘンペルズ=レイヴンは死に。フールは死に。有するを奪うものは死に消えた。すべてを内包する死。死にカテゴライズされたものたち。
オバが二つの短剣をダッシュに向ける。生存本能がゆえの結末。だからこその"真実の間"。真実が問われる。
我々は今、真実に内包されている。
真実によるカテゴライズ。
ダッシュは二つの短剣を現出させた。オバは驚かない。彼は生存本能のみをプログラムされた機械。無駄は分かっていた。ダッシュは短剣を投げる。オバに刺さる。オバは倒れた。死。
そう、確かに我々は死ぬべきだった。
有するを奪う我々がいる限りチャオは生きられない。しかしチャオがいなければ世界は存続できない。単純な結果。我々が死ねば円満であった。ダッシュは真実をなかったことにする。場所は"真実の間"。そしてすべてのチャオではないものたちは真実によって内包されていた。チャオではないものたち。有するを絶つ。
チャオではないものたちの消滅。オバは消える。短剣が落ちる。ダッシュは消えない。ダッシュは有するを奪わない。有するを写し取る。無害。ところがダッシュは短剣を拾った。
自身はチャオではないもの。生存本能はない。
そうだとして、やはり消えるべきだ。
ダッシュは有するを奪ってはいない。しかしダッシュは有するを奪っていた。生命。自身のものとすることではない。別の意味の奪う。ダッシュは短剣を自身に当てる。突き刺す。
ダッシュは自分になった。