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見上げた空は、どこまでも蒼かった。
そんな空の下にはチャオが1人。チャオレースでは常に1位、或いは2位を取るほどの元気が有り余っているはずの彼の顔には、しかしいまは覇気が感じられない。
彼がチャオレースで1位に確率と2位になる確率は、大体半分半分。彼にはライバルがいるのだ。好敵手であり、親友であるチャオ。
あいつと、喧嘩をした。
理由なんか覚えていない。きっと、下らないことなんだろう。思い出す気にもなれない。
とにかく、喧嘩をした。
いつものことだ。最初は、そう心の底で思っていた。多分、あいつもそうだったと思う。どこから、「いつもの」喧嘩と変わってきたのかはわからない。適当に言いたいことを言い合って、疲れて飽きたら、互いに笑い合って、手を合わせて終わり。そうなるはずだった。

言ってしまった。

あいつは、チーターばっか抱っこしているチーターマニアで、特に尻尾が気に入っていた。
彼は、ウサギばっか抱っこいているウサギマニアで、特に耳が気に入っていた。
そしてあいつは、彼の耳を馬鹿にしてしまった。あとは売り言葉に買い言葉である。
――うるさい、お前の尻尾の方が変だ。なんかある度に振っちゃって。可愛いとでも思ってるのか。
止まらなかった。止められなかった。

そのままどちらも何も言えないまま――日が翳り、もうすぐ夕方になろうかという頃、彼は、あいつから背を向け、走った。
足音が聞こえたから、あいつも同じことをしたんだろう。
そして、夜が来て、朝が来て、彼は空を見上げている。


寝て起きたら、少し落ち着いた。昨日のことを考えたけど、なんであんなことになっちゃったのかは、やっぱりわからない。言い過ぎちゃったかな。どうしよう。謝りに行こうかな…。
いいやだめだ。あいつだって、僕の耳を女みたいだなんて言った。あいつの方が先に言ったんだ。あいつから謝ってくるのが筋ってもんだ。うん。
ごめん、言い過ぎたよ。あいつがそう言ったら、少し考える振りをして、許してやろう。僕もごめん、ほんとはそのチーターの尻尾、かっこいいと思ってるんだ。
などと考えながら、気晴らしにチャオスタジアムへ行った。

あいつがいた。
スタジアムの入り口、どのレースをしようかな。そんな顔を、あいつはしていた。ように思う。そしてすぐ、こちらに気付き、
目が合った。
咄嗟にそっぽを向いた。なんとなく、気まずかった。そりゃ昨日の今日だ。当たり前である。
横目で様子を窺う。あいつも似たような感じで、こちらの様子を窺っている。
どうしよう。思った。なんとなく、なんとなくだけれど、あいつも、僕と同じ気持ちなんじゃないだろうか。仲直りしたいけれど、謝りたいけれど、切り出せない。僕から、謝る?
逡巡。いや、でも、僕は、僕が謝るのは――
足音が聞こえた。見ると、あいつが走っていた。追いかけられなかった。


夜が来て、朝が来て、喧嘩をしてから2回目の朝が来た。
今日は、1日中スタジアムで走っていた。
あいつは見かけなかった。他のチャオにも聞いたけど、スタジアムには来てなかったみたいだ。あいつがスタジアムに来ないなんて珍しい。避けられているのかな…?
…でも、スタジアムは広い。彼に会わないように来ることくらい、難しくないはずだ。


そして、3日目の朝。
もう、下らない意地を張るのはやめよう。昨日1日走って決めた。またあいつとレースがしたい。そう、思う。後とか先とかは関係無いのだ。あいつが迷っているなら、僕が。

あいつを探した。――が、見つからない。
スタジアムも隅から隅まで探したが、どこにもいない。
他のガーデンにいる?…いや、それなら出入り口近くを寝床にしているチャオに聞けばわかるはずだ。
ガーデンの中を走り回った。あいつの名前を叫びながら。いくらなんだって、あいつが寝床にもスタジアムにも居ないなんて――。いろいろな考えが頭を巡り、最悪の結果が浮かぶぎりぎりのところで、
――おい。おーい。
止まった。
そのチャオは、彼とはあまり面識がないチャオだけれど、ガーデンは広いようで狭い。互いの名前くらいは知っていて、そのチャオはあいつのことも、名前と顔が一致するくらいは知っていた。
――向こうで見かけたよ。繭に入ってたから、見つからないのも無理はないかもね。彼の寝床からは随分離れているし。
繭!
繭。それはつまり、天寿を全うしたチャオが入るモノ。世の中にまだ残したものがある時は再び卵になることもあるらしいけれど、とにかく、基本的には繭に入るということは、
――これで彼も、立派な大…お、おい?待
走った。
浮かびかけた最悪の結果が――それとはちょっと違う形で、しかし確かに――実現しようとしている。
まだだ、まだ…まだ、言わなければいけないことがある。
1度繭に入ると、外のことは聞こえないらしいけれど、本当なのかどうかはわからない。だって繭に入ったらもう、消えてなくなっちゃうか、卵になって記憶が無くなってしまうのだもの。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第2号
ページ番号
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この作品について
タイトル
チャオノ日常。
作者
ひろりん
初回掲載
週刊チャオ第2号