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「あ、そうか。明日からオープンなんだっけ。」
裕美は独り言を漏らした。
山本裕美 34歳。平凡な二児の母で専業主婦。
大手電気メーカーに勤務の夫は 現在中国に単身赴任で不在である。
朝食の洗物をおえた裕美はダイニングの椅子にこしかけると、いつものようにテレビをつけた。
「今、明日オープンがまちどうしい、注目のSEGAチャオガーデンパークにきていまーす。
ああっ、チャオがでむかえてくれていまーす。ほんと、かわいいですねー。
では、チャオにパークの見所を案内してもらいましょう。・・・」
(チャオガーデンパークか~。子供達 つれてってあげたいけど 前売りてにはいんなかったしな−。いいよねぇ。いきたなぁ。)
裕美はなにげなくテーブルにおかれている チャオのぬいぐるみをなでた。
チャオ。
それははじめ、一部のゲーマー達に愛されていた、セガのつくりだした、ゲームのキャラクターである。
3年前のテレビアニメ化以降、その人気は年代を問わず異常な高まりを見せた。
『チャオのうた』CDは 発売二日で完売し、ミリオンセラーとなり、3ヶ月連続ランキング一位という、記録をうちたてた。
書籍では 名作絵本『チャオの森』『チャオ研究所記録集』『あなたもこれでチャオ語の達人(CD付き)』などをはじめ、コミックも多数出版され、どれも爆発的な売れ行きだ。
さまざまなチャオゲームソフト、玩具商品もヒットをとばし、一部の評論家達はこれを『チャオ現象』と呼び,株価が安定した 一番の理由にあげている。
一昨年の冬公開された,セガとディズニー共同制作CG映画『CHAO』はアカデミーアニメ部門賞を獲得し,今、チャオは、アメリカ,アジア、ヨーロッパをはじめとする 世界中に愛されるキャラクターなのだ。
トゥールルル♪
電話が鳴った。裕美は子機をとった。
「はい、ああ落合さん、いつも娘がお世話になってます。」
小学五年生になった長女くるみの親友、落合絵梨の母からだった。
「チャオガーデンパークオープン記念祭の招待状が四枚あるんだけど、うちの絵梨が くるみちゃんといきたいっていうの。ホラ、ウチ一人っ子じゃない。明日なんだけど くるみちゃんの都合どう?」
「えーっ。ホントですかー。ぜひいかせてください。
でも四枚もすごいですね。」
「ふふっ。主人の会社がスポンサーになってるの。
家族分しかもらえなくて裕美さんとカズくんにはわるいけど。」
「いえいえ。
くるみが喜びます。ほんと嬉しいワー.」
「よかった。じゃあ細かいことはまた今夜電話するわね。それじゃ。」
(ふぅー。
くるみラッキーじゃん。
でも和樹には内緒にしないとなぁ。まだ一年生だもん、泣いちゃうわね。
あらっ。もうこんな時間。スーパーいかなきゃ。
チャオソーセージと チャオふりかけきらしてたんだっけ。)
裕美は エプロンをはずすと 軽くメイクして家を出た。
玄関前のチューリップが さわやかな春の風にゆれている。
公園の新緑も青々としてきれいだ。
砂場では幼い子供達2~3人で チャオごっこをして遊んでる。
(平和だなー)
裕美は 意味もなくそう思った。
その夜。
夕食が終わった裕美は とてもイライラしていた。
ここ数日、裕美は長い夢を毎日見ていて、神経が休まっていなかった。
チャオがでてきたような気がするのだが、それ以外覚えていない。
娘のくるみは 上機嫌で明日の準備をしている。
「ねぇねぇ お母さん。」
「なに?」
裕美はちょっと無愛想に答えた。くるみのおねだり声に警戒したのだ。
「パーク限定の『オモチャオ』ほしいんだけど、ダメ?」
「あの育成型ロボットのオモチャオ!?だってアレ7万もするのよー。」
「あたしの貯金で買うから!ね、いいでしょ。いいでしょーーー。」
「だめよ。そんな高い買い物、パパに無断できめられないわ。お盆にパパが帰国するから、そのとき相談しましょ。」
「う、うん。」
くるみは すごすごとリビングにいくと、何事も無かったように無邪気に弟と チャオのぬいぐるみで遊びだした。
べつに今国際電話で相談できるのだが、電話であれこれ説明するのも面倒だし,なにより電話では 反対されそうである。
実は裕美も欲しいのだった。
しかしいくら日本の経済が安定したとはいえ、マンションのローン、教育費、老後のことを考えると 子供のオモチャに7万円だす余裕は、今の山本家にはない。それは裕美が一番良くわかっていた。
(あー、もお頭がガンガンしてきた。安定剤飲んでもう今日はねちゃお)
裕美は立ちあがると、洗面所にいってメイクを落とし、歯を磨いて 安定剤を二つぶ、水と一緒に飲んだ。
(そうだ、子供達に一声かけとかなきゃ。)
そう思いながら リビングにいって、ソファに座っている我が子二人に声をかけようとして、・・・目を見張った。
裕美の瞳にうつったのは、チャオだったのだ。
水色の子供チャオが二人、子供達の服を着て 笑いながら遊んでいのだ。
「きゃあああああ」