第六話 ページ1
第六話 ~お熱~
十月に入り、随分と肌寒くなってきた今日この頃、みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
季節の移り目は寒暖の差が激しいですから、くれぐれも体調など崩されぬよう、お気をつけ下さい。
僕達チャオも、この時期に体調を崩す者が少なくありません。普段、服など着る必要のない僕達ですが、寒くなってくると、帽子やマフラーを装備しているチャオもよく見かけます。
まぁ、お洒落のために身に着けている、というのも多分にあるでしょうが。育て主とペアルック、なんてのもたまに見かけます。
それらは、僕達チャオと人が、お互いの文化を共有し、そしてこの世界で共存している証拠に他なりません。また、チャオと人が共有出来る文化の種類も随分多くなってきたように感じます。
そして、これからもますます増えていくでしょう。チャオと人が協力し、共存し、共有する文化を発展させていく。なんと素晴らしいことでしょう。
今後も、末永くチャオと人が友好的な関係でいられることを願わずにはいられませんね。
そういえば最近、『チャオと人の間で風邪はうつるのか』と言う話題が——。
——え?
お前は誰だ、ですって?
いつもの語り手役の、ワカバ殿はどうした、ですって?
これはこれは、申し遅れました。
僕の名前は『あずき』と申します。
ワカバ殿の幼馴染である、サナエ殿の元で暮らしております、小豆色の、ダークハシリタイプのチャオで御座います。以後お見知りおきを。
今回のお話、なんとこの僕が。語り手役という、重大な役目を仰せつかりました。
主役です。主人公です。
僕のモノローグが、このお話の構成比率において90%以上を占めること確実なのです。
そう、つまり、今の僕には強力な主人公補正が付与されているのです。
こんな機会、滅多にありません。いえ、この先もう二度と訪れない可能性が非常に高いです。
この機会を生かし、今日こそカトレアさんの心に僕のシルエットを、お饅頭に焼印を押すが如く焼き付け、洋服にアップリケを刺繍するが如く縫い付けるのです。
それでは『チャオの奴隷』第六話。どうぞ最後までお付き合い頂ければ幸いです。
…
…
休日の昼下がり。閑静な住宅街をぽてぽてと歩いていきます。
僕の首元にかかる、深緑色のマフラーが、爽やかな冷気を纏った風に吹かれて踊っています。
以前にサナエ殿が贈ってくれた物なのですが、とても気に入っています。秋から冬にかけて外出する際は、必ず身に着けていくほどに。
マフラーの戯れを微笑ましく感じながら歩いていくと、見慣れた家の前に辿り着きました。
さて、現在僕がいるこの場所。とある方の家の玄関前なのですが、誰の家の前か、わかりますか。
そうです、愛しのマイハニー、カトレアさんのお家です。
何故僕が、カトレアさんの家の前にいるのか。何も、カトレアさんが好きすぎて待ち伏せしているわけではなくてですね。
ちゃんと、お呼ばれしたが故に、この場所に立っているのです。
その、お呼ばれした理由と言うのが、『カトレアさんが、僕のことをワカバ殿をはじめご家族の方に紹介し、結婚を前提としたお付き合いに対する認可を得たいがため』と、いうものだったらよかったのですが、残念ながらそうではなくてですね。
——おっと、玄関先で突っ立っていても怪しまれるし邪魔なだけです。続きは、お家に上がらせてもらってからにしましょう。
えいっ、と、力いっぱい跳躍し、羽を羽ばたかせて得た揚力で、呼び鈴の高さまで僕の体を持ち上げます。
そして呼び鈴を押します。ぽち、っとな。
そういえば、いつもはサナエ殿がご自分の声でワカバ殿を呼んでしまいますから、呼び鈴を鳴らすのはこれが初めてになりますね。
ささやかな初体験で得たささやかな感動に酔いしれていると、目の前のドアがゆっくりと開きました。
開けてくれたのは、案の定ワカバ殿でした。僕達を出迎えてくれたのが、ワカバ殿以外だった例は一度もありません。
そして、歓迎の意向でなかった例も一度もありません。今回も、勿論そうなのですが……。
「いらっしゃい。待ってたよ、あずき君」
いつも通りの、穏やかな微笑みでそう仰ってくれたワカバ殿。
しかし、その微笑みを隠すように、ワカバ殿の顔には、白いマスクがかかっていたのです。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに、こんな状態で」
何を仰いますか。僕の急なお願いを快諾してくれたこと、心より感謝しております。
リビングに通された後、ワカバ殿はマスク装着の理由を話してくれました。まぁ、マスクを装着する理由など必然的に限られてきますが……。
どうやら、風邪を引かれてしまったそうです。
幸い、症状は軽いようです。僕との会話に、笑顔を交えている様子からもそれが伺えます。
こちらこそ、そのような時にお邪魔してしまって、申し訳ありません。
「ううん、気にしないで。今日一日、自分の家だと思ってね」
ありがとうございます。
そう仰って頂けるのは嬉しいですが、今日一日はワカバ殿の体に障らないようにしなければいけませんね。
僕はそう決意しました。手始めに、埃を上げないよう、マフラーを外す手つきに慎重さを含ませます。
そうそう。そろそろ、僕が今日ここにお呼ばれした理由をお話しておきましょうか。
先程から、『今日一日~』と言うワードがちらほら見受けられることから、すでにお察し頂けた方もいらっしゃるかもしれませんが。
今日、僕はこの家に泊めてもらう予定なのです。何も、サナエ殿に家を追い出されたというわけではなくてですね。
サナエ殿も、サナエ殿のご両親も、今日は家に帰らないのです。
ご両親は共に出張で帰らず、サナエ殿は御友人の家にお泊りするのだそうです。
世間では、今日から三連休でして、それを利用して企画されたお泊り会に、サナエ殿も参加するのだそうです。
明日には解散で、仲の良い女の子数人が集まるのだそうですが、サナエ殿のことですから、その中でも一際、笑顔を振りまく存在となるのではないでしょうか。
まぁそんなわけで、このままでは明日まで僕一人となってしまうわけで。
ならばこの僕が、みなさんが留守の間この家をお守りしましょうと提案したのですが、心優しいサナエ殿は、たとえわずか一日と言えども僕が一人ぼっちになってしまうことを良しとしませんでした。
いや、決して僕を家に一人で置いておくと危なっかしそうだなどと思われたわけではなくてですね。えぇ、違うはずです。
初めは、先述のお泊り会に『一緒に行こっか?』とサナエ殿に仰って頂いたのですが、御友人との親交を深める貴重な機会、僕がいてもお邪魔になるだけでしょう、とお断り申し上げました。
さてじゃあどうしよう、とサナエ殿は少し悩んだ結果……。
僕にとって、それはとても素晴らしい提案をしてくださったのです。
「そうだ。ワカちゃんの家に、お泊りさせてもらう、っていうのはどう?」