【1】
国立チャオ公園。数年ほど前までは別の名前で、その名前は思い出せないが少なくともチャオという文字はなかった。
この公園に訪れるのは大体チャオを連れた子供で、大人だとしてもチャオを連れている。
チャオという生物を持っていない20代後半の俺がこの公園に来るのは他人から見ればおかしいのだが、
だからといって俺に注目するような人間がいるわけでもないし、そこらへんの多くの男性がほぼ毎日行く仕事場という場所も俺にはない。
この公園は俺が小さい頃からよく来た場所なのだが、公園の中にある何かが好きなわけではない。
家から近いということもあるのだが、理由としてはそれほど重要なことではない。
俺はこの街が嫌いだった。
やたらと広くて建物が数え切れないほどあるためにどこに何があるのかわからない。
さらには同じような建物ばかりでちょっと道を間違えてもそのことに気付かずにそのまま迷子になってしまう。
そのせいで俺は小さい頃何度も迷子になったことがある。ある時は目指していた建物の位置がわからず、ある時は道を一回間違えてそのまま迷子になった。
おそらく今でも何かの病気によって病院に行かざるを得ない状況になったとしても病院まで最短距離で行ける可能性は低く、
むしろどこにあるか全くわからずに迷子になってしまう可能性の方が高いであろう。
とにかく、この街は俺にとって都合がとても悪かった。
そして、その例外なのはこの公園だけだったのだ。
ここ以外に屋外で広々としている所はこの街にはない。
だが、近年のチャオブームによりこの公園はガキの遊び場からチャオの遊び場へと変えられた。
遊具はチャオ用になったために、ただでさえ足が地面についてしまうブランコは地面スレスレの高さに座る場所があり、
そこに座るくらいならば砂場かどっかでしゃがんでいる方がまだいいというくらいになっている。
人間にとっては居心地の悪い空間へとなったのは確実である。
チャオを持っていない俺にとってただのマイナスでしかないこの変化は、
チャオがペットとして売り出されてからすぐに起き始めた。
遊び場がチャオ用に作り替えられる他にもチャオレースやチャオカラテとかいった競技が作られ、
好んで観戦していた野球やサッカーの試合が大きなドーム等であるのは一ヶ月に数回くらいになってしまった。
そして俺にとって最も大きく、生きていく上で一番厳しい変化は
ヒーローかニュートラルのチャオを持っているということをほとんどの会社が採用条件に追加したことである。
この街に住んでいる人間一人につき一匹以上チャオを持っているという情報があるそうだが、
そのせいで20代後半の俺がまともに仕事もできないでいるのだ。
「ったく、チャオのどこがいいってんだ…」
「いいところなんてたくさんあるじゃないか、乱橋(らんばし)」
俺の独り言に予想外の返事がきた。
俺は声のした方を向く。そこには小太りの男がこの公園で唯一人間用に作られた物…ベンチに腰を掛けていた。
この小太りの男とは高校からの付き合いだ。
大学も同じでそれなりに仲は良かったのだが大学を出てからこいつに会うのは今日が初めてである。
正直、この男の名前は自信を持って言えるほど完全に覚えていない。
こいつに言った初めての言葉は「よう、そこのデブ」だったし、
名前も俺から訊いたことがないし、向こうが名乗ってもまともに聞いていなかったのである。
いや、もしかしたら本当に名前がデブかもしれない。
「そんな所に立ってないでお前も座ったらどうだ。ん?」
「……残念なことに、そこはペンキ塗り立てなんだよ」
「なにぃっ!?」
俺は木の下に立っていたので冗談を言ってみる。
すると小太りの男は慌てて立ち上がり背中を見る。
俺は冗談だということを言わないで男の様子を見ていると、
やがて男は自分のチャオにも確認させ始めた。
しばらくして俺の言った事が冗談だとわかり、俺を睨みながら座った。
「この野郎、思い切り見られちまったじゃねぇか」
「よかったじゃないか。一瞬だけ有名人気分を味わえて」
「…お前、随分と変わっちまったなぁ」
男は頭をかきながら言う
。俺は再び遊具で遊んでいるチャオや人間達を眺める。
しばらく俺と男は何も喋らなかったのだが、男はため息混じりに言った。
「…いい加減忘れろよ。あんな事は」
「お前は体験したことがないからそんな軽く言えるんだ。最後の最後で裏切られて俺の人生がどれだけ狂ったと思ってやがる」