戦闘 B

彼女が最近、妙に突っ張っているように感じる。
俺がグーを出すからチョキを出すなんて、どういう反応の仕方なんだ?
ひょっとして、脳○レのやり過ぎで、負ける手ばかり出すのが得意になってしまったのだろうか。

きっかけは些細だった。
ここでの仕事は、深夜まで続く。だから俺は、夜食を用意した。
彼女はその夜食に文句をつけた。
毎日カレーではいやだというのだ。

鳥取県は、一人当たりのカレールー消費量が全国一。

そんなことはどうでもいい。
正直言うと、毎日カレーの生活が崩されたって、俺は構わない。
毎日うどんに変更してやるだけだ。
でも、今傍らの彼女を見てみると・・・やけに真剣にじゃんけんに臨もうとしている。
なぜだ!そこまでカレーが大事なのか!?

・・・ハッ

俺は、以前した彼女との会話を思い出した。
いつも通りカレーの皿の縁で卵を割る俺を見て、彼女が発した言葉だ。
「普通そこは福神漬けだろ」

俺の提供するカレーには、確かにいつも生卵を入れていた。
彼女が言いたかったのは、この生卵入りの状態が嫌だということだったのか!
すると彼女は、この勝負に勝って、それを福神漬けに変更する気なのだろう。
そんなこと、絶対に許せない!

俺は、まろやかなカレーのなめらかさをじゃまする、ぽりぽりした福神漬けの食感を思い出す。

それと同時に、負けるわけにはいかないという闘志が、心の矢に火をつけた。

俺は愛用のノートパソコン、黒蕎麦を取り出した。
secretという名前のフォルダには、じゃんけん必勝法を記したメモが含まれている。
それを読む。

・最初はグーの時にパーが強い

もっとも使えそうな手である。が、それだけにハイリスクだ。
第一ルール違反である。であるからにして、これを出してしまっては、
レッドカード即退場相手不戦勝という結果になる恐れがある。
そんなリスク負うことは、避けたい。

彼女の心理も一因だ。
彼女は俺がひねくれ者だと思っている節があるようだ。
俺がグー以外を出すことは、すなわち自滅を意味する。
相手はルールという土俵の上に立っている。俺はその下。これでは勝ち目がない。
とりあえず、最初はグーで確定だ。

俺は続きの手も考える。
メモを一通り読んでみたが・・・俺は黒蕎麦を閉じてしまった。
気付いたからだ。
セオリー通りの手を使っていては、相手に露骨にヒントを与えるようなものだと。
相手が同様のセオリーを知っていれば、それだけで、俺の敗北は確定してしまう。

所詮じゃんけんなんて、3つあるうちのどれか一つの手をランダムに選ぶだけのゲーム。
でも、俺の乱数回路は完璧ではないかも知れない。
気が付くと、一定のパターンにはまってしまっていることがあるだろう。
だから、俺は外部の乱数的要因を利用しつつ、問題を解くべきだ。
残念ながら黒蕎麦は閉じてしまった。後先考えず。
ならば、何を利用するか・・・

それを考え始めた俺の目に飛び込んできたのは、彼女のポヨだった。
チャオのポヨのパターンは5種類。ハート、ビックリ、ハテナ、グルグル、ノーマル。
これを利用することは出来ないだろうか?

例えば、ノーマルをグーとする。ビックリをチョキとする。
ハート、ハテナ、グルグルは、出現の度合いが低いので、ひとまとまりにしてパーと置く。
俺は暫く、彼女のポヨを観察し、記録する。
渦○渦!○!○?○
・・・これで決まりだ。


そして、勝負の始まりとなった。

しかし、データが9つとは、キリが良くない。10ならいいのに。
せっかくなので、もう一つデータをもらっておくとする。

「どっちの手を出すんだったっけ?」
「チョキだよ」

くぐもった返事が返ってきた。
口調は冷静だが、ポヨは紛れもなく、ビックリマークをさしている。

これで、10のデータが揃った。
だが、俺の動機は止まらない。
たぶん、10回手を出す前に、勝負は付くだろう。
しかし、俺は何か、重要な所を見落としている気がする。

じゃんけんなんて、ただの運試しだ。気にすることはない。
と、自分に言い聞かせるも、脳裏にはやはり、福神漬けの件がよぎる。

「最初はグー」

2つの声重なるとき、俺は自身の、重大なミスに気付いた。
チャオのポヨにおいて、同じマークが連続して出るというのはまずあり得ない。
だから、先程の手の予想でも、その点においてムラが存在する。
ピンチ!
もしそこに感づかれたら・・・

俺は、長期戦に持ち込むのは不利と考えた。
そのとき、俺はあのセオリー中の一つを思い出す。

・思いっきり力んでじゃんけんすると、相手も力んでグーを出す確率が高くなる

これだ。俺の手は、最初はパーと決めてあったはず。
きっと勝つ。
勝利の扉を開けるための、最後の鍵は、気合いである。
俺は、心の底から声を振り絞る。

「じゃんけんぽん!」

今、俺の手の、5本に開かれた指が、まるで神様の後光のように見える。
彼女の出した手は、グーだった。

俺は思わず、その手を天高く振り上げていた。
福神漬けに、勝った・・・


・・・あれ?

ひょっとして、相手がチャオだったということは、パーを出すだけで確実に勝てたのではないだろうか?
まあ、いい。結果オーライだ。
終わりよければ、全てよしなのだ。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第281号
ページ番号
2 / 2
この作品について
タイトル
戦闘
作者
チャピル
初回掲載
週刊チャオ第281号