戦闘 A

「俺は、グーを出す」
高らかに宣言してくれた。
心理戦に持ち込むつもりか。

仕方がない。
「じゃあ、チョキを出してあげよう」
そういって敵の顔を見ると・・・彼は、苦笑している。

このじゃんけんで勝たなければ、私はここでの食事の自由を奪われてしまう。
今日もカレーライス、明日もカレーライス。
いくら面倒だからと言って、同じ食事ばかり出すのを、許してなるものか。

さて、この勝負に勝つために、私は真剣に、じゃんけんの手を考える。
私はこれまで、特に食事に文句をつけず、従順にしてきた。
今日は、食事に文句をつけた、初めての日なのだ。

この食事じゃいや、と私が言ったから、8月4日はカレー記念日

だから・・・だから彼は、だから彼は、おそらくいままで素直だった私の言葉を信じる。
私がチョキを出す、この言葉を確信して、グーを出すのか?

・・・いや、しかし、これぐらいの手では相手も読んでくるだろう。
これのさらに裏をかいてパーを、いや、さらに裏を掻いてグーを出す。これだ!

しかし、自分の握りしめた拳を見て、だんだん不安になってきた。
というか、こんな風にいちいち姿に表しながら手を決めていたら、彼に手を盗み見られているかも知れない。
もしそうだったら一巻の終わり、いや、それでも、彼はこれを、私の陽動作戦ととるか?

このあたりで、私の経験値の低さが泣けてくる。
いままで私は、争い事をなるべく避けるようにして生きてきた。
じゃんけんに関しても、素人レベルである。
裏を掻くことを考えれば考えるほど、頭が回らなくなってくる。
そんな私でも、今回ばかりは、戦いにもつれ込まざるをえなかった。

実は、毎日カレーの件に付属した、もう一つの問題も存在する。
なんと彼はいつも、カレーに生卵を入れて、かき混ぜながら食べるのだ。
そんなことがあっていいのだろうか!
カレーに入れてかき混ぜて食べるものといえば、福神漬けに相場が決まっている。
卵を入れて混ぜるのは、卵ご飯ではないか!

あらためて、相手の手を予測しよう。
彼はああ見えて、かなりのあまのじゃくだ。
きっとストレートな手は出して来ないだろう。
さっきの会話の中に登場しなかった手は、パーのみである。

が、まてよ?それで本当にいいのか?
相手もこの程度の予測はしているのではないか?

だから、続いて懸念するべきなのは、
彼が自身のあまのじゃくな性格を、把握しているかも知れないと言うことだ。
そうすると、彼はこの裏を掻いて、正直な手、すなわちグーを出してくるだろう。

従って、彼が出すのはグーもしくはパーと言うことになる。
このどちらなのかは、私には判断が付かない。
だから、どちらが来てもいように、私はパーを出すことに決めた。



いよいよ、対決の時が来た。

彼はにやにやしながら、
「どっちの手を出すんだったっけ?」
などと聞いてくる。

「チョキだよ」
私はぼそっと答える。

これはおそらく、彼の作戦だ。
質問を投げかけることで、私の心を揺らし、ぼろを出すのを狙っているのだ。
その手に乗って、たまるものか。
私は、あらかじめ決めておいた手を変えるつもりはない。

そして今まさに、戦いの火ぶたが、切って落とされた。

「最初はグー」

私と彼、2人の声が重なる。
彼の手が、スローモーションのように、ゆっくり下りているように見える。

この時、私の脳裏に、一抹の不安がよぎった。
最初の手は決めていたが、あいこになったときの措置を、全く考えていなかった・・・
じゃんけんなんだから、あいこになる可能性があるのは当然ではないか・・・
私は、自分の考えの浅はかさに叱咤する。

しかし、その点を深く考えている時間はない。
私は、あいこした場合は、直感に賭けることに決めた。

「じゃんけんぽん!」

2人の手が、同時に振り下ろされる。
そして胸の前に、私の心のシンボルが高らかに示される。

私の出した手は、もちろんパー。
相手の出した手も、パー。

くっ、あいこか。
私は思わず顔をゆがめる。直感か・・・
いざというときに直感に頼らざるをえない、自分の弱さを知る。

わたしはもう一度腕を振り上げる。
「あいこで・・・」
しかしそのとき、なぜか、相手の腕が、すっと引くのを感じた。

え?

「よし!俺の勝ちだー!!」

彼は万歳三唱する。
まさか、なぜ、彼の勝ちだというのだ!?

私は先程の勝負を、もう一度思い出す。
彼が出した手は、間違いなくパーだった。
私が出した手もパー・・・!!



し、しまったああああああ!!!!



私の出したパー、それは紛れもなく、グーの形をしていた。
そうだ、私は、チャオだった。
グー以外の手がだせるはずがない。

ということは、彼はそれを知っていて、わざとこのじゃんけん勝負を仕掛けたのか。
・・・すさまじい脱力感に見舞われる。

そんな・・・決して勝てるはずのない勝負だったなんて・・・

私は再び、己の未熟さに叱咤した。
そして、またあの卵入りカレーを食べなければならないことを思い出した。

・・・激しい吐き気が、私を襲った。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第281号
ページ番号
1 / 2
この作品について
タイトル
戦闘
作者
チャピル
初回掲載
週刊チャオ第281号