-序- 招かれた探偵
十二月下旬の暗い空模様、辺りは土砂降り。
次の瞬間、辺りがぴかっと光ったかと思えば、雷鳴がすさまじく轟く。
眼下に広がるウエストポリスの街は、強い風雨にさらされて、
帰宅時間と重なった、この悪天候に負けぬぞと、傘の波が流れていく。
時刻は午後五時。
そんな中、この街の路地の一角に建てられた事務所に、一人の男が駆け込んできた。
しっかりした服装なのだが、この雨でずぶ濡れである。
がらりと扉を開け、傘をたたみ、後ろ手に扉を閉め、ほっとしたように目を上げる男。
と、同時に、来訪に気がついた誰かが、事務所の奥の方から、どたどたとやってきた。
チャオであった。男はそのチャオに頭を下げる。
「すみません、見ての通りずぶ濡れで。今朝電話を入れた、出辣 楠(でらつ くす)です。
和田 須磨子様の・・・はい、お迎えに参りました。」
したたる水滴をハンカチで拭きながら。
うなずくチャオ。
「ああ、今朝の・・・はいはい・・・ちょっと待ってください・・・」
そういってチャオは、事務所の奥に目をやる。
事務所の奥からは、もう一人のチャオが出てきた。主人公、チャオチャオである。
「いやあ、どうもどうも、お招きいただいてありがとうございます。」
そのチャオはうれしそうに、出辣氏に片手をあげた。握手しようとした手が、止まる。
「あ、とんでもなくびしょ濡れですね。チャポン君も不親切だなあ、タオルぐらい出せばどうだい?」
「いわれなくてもするっての」
応対していたチャオ――チャポンは、渋々といった様子で、タオルを出辣氏に渡した。
受け取ったタオルで水滴を丁寧に拭きながらも、出辣氏は腕時計をちらちらみている。
気になったチャポンが聞くと、出辣氏は事情を話す。
「実は時間があまりないのです。この大雨で航空便も大狂いでして・・・
五時半には空港に着かねば、以降の便は欠航で、晩餐に間に合いそうにないのです・・・」
「空港までの交通手段は?」
チャポンが訊いた。
「タクシーを路地を出てすぐのストリートで、待たせています。・・・そろそろ出発しましょう。」
出辣氏にせかされる形で、チャポンらはタクシーに乗り込んで、空港へ向かった。
行き先はセントラル・シティ国際空港、その郊外に須磨子夫人の住む邸宅がある。
「もう一度、僕たちの任務を確認しておこうか。」
セントラルシティの空港から、須磨子夫人邸宅へと向かう車の中で、チャオチャオが唐突に口を開いた。
窓の外には青々広がった森が見える。天気は晴れ。
ウェストポリスの大雨も、まだこのセントラルシティにはやってきていないようだ。
チャポンはチャオチャオの台詞に、肩をすくめてみせる。
「任務って、んなおおげさな。」
この台詞には構わず、チャオチャオは今朝の電話での事項を並べ始めた。
「人気チャオ作家として名高い和田須磨子夫人と、この名々探偵チャオチャオの対談記事が、
次の「週刊チャオ」に掲載されることとなった。夫人の希望で、対談は夫人自身の邸宅で行われる。
どうやら次回作として練っているミステリーの資料として、個人的に名々探偵と話もしておきたいそうだ。
以上、任務確認終了っ」
「自分で名々探偵とつけている所が、憎悪感を沸き立たせるな。」
チャポンの感想。
この会話に、車を運転していた出辣氏が加わる。
「夫人はずいぶんと、この対談を楽しみにしておられました。
わざわざ自宅の晩餐に誘うなんて、夫人にしても久々のことですよ。」
「ですねぇ。」
深くうなずくチャポン。と、うなずいてから、ポヨを不意にはてなにした。
「ん? 今までの様子を見ていると、出辣さんって執事ですよね?料理とかは、されないんですか?」
チャポンの疑問に、答える出辣氏。
「普段の料理は、私が作っておりますが、今日は何しろチャオチャオ様方がおいでくださるのですから。
チャオチャオ様のために、特別な料理をご用意されていると聞いております。」
そういえば、と、口を挟むチャオチャオ。
「須磨子夫人の家族の方も、一緒に暮らしているんですよね?具体的には、どんな方が?」
「それは、直接会えばわかりますよ。」
出辣氏はそういって、車のスピードを落とした。
いつしか車は森の小道に入っていたが、不意に、視界が開ける。
その目の前にあったのはまさしく「邸宅」の名にふさわしい建物であった。
それは大きなレンガ造りの洋館だった。
特に横長の大きさは目立つ。軽く80メートルを超えていた。。
3階建てで、中央とんがり屋根が、いい味を醸し出している。まるで中世に戻ったかのようだ。
赤いレンガと背景の青い森、このコントラストが目にまぶしい。
「こちらでございます」
チャオチャオたちは出辣氏に、正面の大きな扉へ招かれた。
出辣氏が扉を開ける。
「おおー」
二人の口からほぼ同時に、感嘆の声が漏れた。
入ってすぐは、ホールになっていた。かつ、三階まで吹き抜けの豪華仕様である。
部屋の奥の方には、これまた豪華な作りの、螺旋階段がある。吹き抜けをぶち抜くように。
螺旋階段の途中で、2階と3階に向かえる。
一番上に進むと、外で見えたとんがり屋根の方へと向かえるようだ。
螺旋階段をよけて奥へ進むと、ホールの広々とした作りが明らかになる。