十二月二十五日
チャオの社会進出は、予定通りに聖誕祭の日に行われた。
その代表者として大統領との握手を交わしたチャオは、
「あのセントラルラボで起きた出来事、そしてその因縁は、これからも私達の未来に立ち塞がる障害として現れるでしょう。しかし私達は、あなたがた人間達と協力し合い、その障害を共に乗り越える事をここに誓います」
と、全世界に言い放った。
こうして、人間とチャオは手を取り合い、共に歩み始めたのだった。
「ねえねえ、あそこのケーキ食べようよ!」
ミスティに抱きかかえられたまま街を散歩していた僕達は、見るからにおいしそうなチョコレートケーキが展示された店の前で止まった。
「えー、私はこっちのケーキが食べたいなー」
ミスティはその横のチーズケーキを指差して言った。
「じゃあ、半分こして食べようよ!」
「えー、それってすっごくお金が勿体無い……」
「いいじゃん、食べよう! ね?」
僕の訴えに負けたのか、ミスティは諦めたような顔で店員さんを捕まえ、「すいません、チョコレートケーキとチーズケーキお願いします……」と渋々注文した。やった、勝った。凄く嬉しい。
あれから二日が経った。
昨日、博士の入院している病院へお見舞いに行った時、博士は「貧血になってしまった」と不満そうな顔で僕達を迎えてくれた。出血はそれほどでもなかったらしいが、元々計画に没頭していたせいでかなり栄養が不足していたようだ。
例の計画の件について事情聴取を終えた後だったらしく、随分タイミングの悪い時に来てしまったと思った。それでも博士は僕達の訪問を嬉しそうに待っていたと言ってくれた。
どうやら計画の発端は、GUNや政府に潜伏していた誰かから広まり始め、これまでの計画の成果は全てその人物の手によって持ち去られた。あの時博士がコントロールしたAIも全ての戦闘兵器用チャオに適用されたわけではなく、未だにその野望は根絶されていないようだ。
だが、人間とチャオの共存社会は不完全ながらもついに実現された。どれくらい時間がかかるかわからないが、きっと社会は良い方向へ進んでくれる。僕達はそう信じて、未来へ歩もうと思う。
「ところでさー」
「なにー?」
チーズケーキを頬張りながら、僕はおもむろにチョコレートケーキを頬張るミスティに話を振った。
「例の奴、どこまで書けたのー?」
「あー、あれー?」
お互いに頬張っていたケーキを飲み込んだ。
「まだ私とフウライボウが出会った頃までしか書けてない」
「ふーん」
あれからミスティは、僕の旅の軌跡を小説にするという試みに挑戦していた。僕としては別に面白くないよと言っておいたのだが、彼女曰く絶対に面白い、売りにでも出したらベストセラー間違いなしと言って聞かない。
僕がミスティと別れた後の事も書くつもりらしく、その際には僕も協力する事になっている。森や山で一人寂しく釣りしてる事を書いたって何が面白いのかわかったもんじゃないが、別に協力を惜しむ理由もないので素直に手伝ってあげる事にした。
今は休憩がてら、クリスマスのデート中、とでも言ったところか。
「それで、これからどうするの?」
ミスティがおもむろにそんな事を聞いてくる。
「これから、って?」
「だって風来坊なんでしょ? また旅に出るの?」
「出ないよ」
僕の即答と共にミスティがむせた。
「な、なんで?」
「だって、僕がいなかったらどうやって小説書くの?」
最もな答えを聞いて、ミスティは見事にKOされた。
「じゃ、じゃあその後は?」
「うーん」
それについては、あまり考えた事はなかった。
思えば今回の旅も、結局はステーションスクエアからミスティックルーインの辺りまでしかほっつき歩いておらず、案外範囲が狭かった。つまり旅をしてきたというよりも正しく放浪だった。あのロストの言葉通り、放浪人と大差なかったわけだ。
とは言え、一個人で旅をするにしても限度というものがある。無闇に旅をしようと思ったって、また同じような事になってしまうのは目に見えている。
そこまで考えて、一つの結論に至った。
「今度は、一緒に旅をしてみない?」
「私と?」
「うん」
僕だけでは、無理かもしれない。
それでもミスティと一緒なら、もっと広い世界を見に行けるかもしれない。
何か困難があろうとも、二人でならば乗り越えられるかもしれない。僕達は聖誕祭のあの日、それを確かめ合う事ができた。
「それじゃあ、その時になったら考えようね」
「うん!」
喜びの感情は、ポヨのハートマークによって表れた。
僕は人工生命体のチャオ。みんなが認めてくれた、立派なチャオだ。