十二月二十三日 零時零分

「次はー、セントラルシティ、セントラルシティチャオー。お出口はこの際どっちでも構わないチャオー!」
 ロストのエセ車内放送を聞いた頃には、この風のようなスピードにようやく慣れた所だった。
 正直、ミスティもよく落ちなかったと思う。初めて乗ったようには思えない――とまでは流石にいかないが、彼女も慣れてきているのがわかる。僕が乗っても振り落とされないようにするのが精一杯かもしれない。
 ステーションスクエアとは違った、ビルの多い街並みが見える。夜の都会の灯りの眩しさに心奪われそうになるが、今は感心している場合ではない。街の方から聞こえる騒音が、僕達に緊張感を運ぶ。
「何が起こってるの!?」
「知らないチャオ! ボク、通信機能もないし世間情報を確認できる機能も搭載されてないチャオ!」
 ロストの名の通り影が薄いらしい。きっと搭載予定ではあったのだろうが、忘れられてしまっていたようだ。
「ただ、この騒音は聞いた事あるチャオ! きっと今、セントラルシティでは戦闘が起きているチャオ!」
「戦闘!?」
 記念すべき聖誕祭を迎えた日に、戦闘?
 どうやらティカルさんの言っていた「抑えるべき混沌」というものはその事だったようだ。しかし。
「どうやって止めろって言うんだ?」
 僕達はただの人間とチャオとオモチャオだ。ロストならなんとかしてくれるかもしれないが、僕達がこの場に立ち会う理由が思いつかない。悪いが犬死する気はさらさら無い。
「ロスト君! セントラルラボの位置は!?」
 何を思ったか、ミスティはそんな事を聞き始める。ロストはまた空を見上げ、GPSで情報を探る。
「えーっと……この横のハイウェイ沿いを行けばすぐチャオ!」
「わかった! お出口はそっちね!」
「へ? ちょっと!?」
 聞く耳持たず。ミスティは進路を横にずらし、路線から勢いよく飛び上がった。空を飛ぶかのように高度を上げ、ハイウェイの道路へと着地した。この子こんなにカッコいい子だったかしら。
 幸い、ハイウェイを走る車の数は思った以上に少なく、目的のセントラルラボという建物にも近付いてきた。あともう少しだ。
 そう思った矢先、不運が僕達の後ろから追ってきた。
「こ、後方に所属不明のトラックチャオ!」
「え!?」
 後ろを振り返ると、見るからに物騒なトラックが二台、いや三台。僕達の後を追いかけてきている。
 しかもよく見ると、トラックの運転手が人間ではなかった。あれは……チャオ!?
「どういうことなの!?」
「『BATTLE A-LIFE』!」
 その言葉に、僕は驚きを隠す事が出来なかった。あれが、僕と同じ人工生命体チャオなのか。
 助手席側の窓が開き、それらしきチャオが顔を出す。銃も出す。……銃? まさか?
 けたたましい発砲音。それは間違いなく、僕達に向けられたものだった。
「うわわわっ!」
 ミスティはそれを危なっかしく避ける。僕も思わず振り落とされそうになり、冷や汗が止まらない。
「何で私達を狙ってくるのっ!?」
「わからないけど、なんだか目をつけられまくってるチャオ~!」
 どこからやってきたのか、トラックの台数はどんどんと増していき、道路の横一帯を埋め尽くし始めた。これはもう、スピードを緩めるわけにはいかなくなってしまった。
「みーちゃん! ハイウェイの出口も封鎖されてるチャオ! なんか知らないけど完全に先読みされてるチャオよ!」
「私達が何したって言うのよ!?」
 少なくとも、これから何かはしにいくわけであるが。それにしたってこんな武装集団に囲まれるような覚えはない。
 やがてミスティは決心したように声をあげた。
「飛ぶわよ!」
「飛ぶってどこへ?」
「ビルのうえええええっ!」
 バネに飛ばされたかのように、高く飛び上がった。僕の意識も飛んでいきそうになったが、なんとか堪えた。
 視線が定まらない内に、いつの間にかどこかのビルの上に着地していた。ミスティなんて恐ろしい子だったんだ。しかしそれでは終わらず、更に別のビルへとジャンプ、そして着地。ノリノリで離陸と着陸を繰り返す相棒を見て、僕はとんでもない奴と旅をしていたんだなと思った。
「前方、セントラルラボチャオ!」
 そんな事をしている内に、この街の中でも一際大きな建物の目の前まで来ていた。
「どうするの?」
「突入するの!」
 ミスティは、躊躇い無く、飛んだ。
「下方、車両多数! 気をつけるチャオ!」
 何度目かの空中飛行の中、僕の旅はどこから狂ってしまったのかと振り返っていた。


 ――ミスティの息を切らしたような呼吸が聞こえる。
 吹っ飛んでしまっていた意識を取り戻した僕は、自分がエレベータの中にいる事を確認した。いつの間にかラボの中に入っていたらしい。
「ミスティ、大丈夫?」
「う、うん……ちょっと頑張り過ぎただけ」
 まだ呼吸の整っていない声で答えた。
 エレベータはどんどんと上の階層まであがっていく。このまま最上階にまで昇っていくようだ。
「最上階、生命反応はたった一つチャオ。まるでラスボス気取りチャオね」
 僕達の事を待っているのだろうか。そのラスボスの前に行く事に躊躇いを感じさせまいと、エレベータは止まる事なく上がっていく。
 まだ呼吸も整いきっていないままミスティは立ち上がる。僕もリュックの中から降り、自分の足で立つ。この感触が実に久しいという錯覚を覚えた。

 ――チン

 ゆっくりと、ゆっくりと、エレベータの扉が開く。
 僕達はゆっくりとした足取りで歩き出し、何かに向き合うが為に進む。右を見ても、左を見ても、暗くて何も見えやしないが、前には暗がりに映る誰かの後姿が見える。
 その後姿を見つけるや否や、ミスティは突然その後姿へと走り出した。
「お父さん!」
 ――お父さん?
「お父さんなの!?」
 その後姿がゆっくりと僕達の方へと向き直る。
 目と耳を疑った。ちょうど一年は見ていなかった久しい顔。間違いない。一年前に僕を見送ったあの研究者だった。
「お父さんの仕事場には勝手に来ちゃいけないって、言ってあった筈だよ」
「でもっ……!」
「言い訳は聞かない」
 この一年の間に何があったのか。研究者の顔付きに、昔の面影はどこにもない、どこか疲れきったような顔だった。ミスティの目にも、僕と同じように映っているに違いない。
「ちょうど一年。お帰りと言っておこうか、フウライボウ君」
「その台詞は、別の人から頂く」
 キッパリと歓迎を断った。そんな僕の事を気にも留めず、ポケットからリモコンらしきものを取り出して、スイッチを押した。するとどこからかモニターが現れ、何枚かの画像が映し出された。僕はその画像の一枚に目が行く。
 ……カオス?
「プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニック」
 聞いた事のある名前が、彼の口から紡ぎ出された。一時、強い復讐心に囚われてこの星の破壊を目論んだ、世紀の天才科学者。かのエッグマンの祖父にあたる人物だと聞く。
「彼の手によって研究されてきた数々の研究から、永くチャオという存在を見守り続けてきたカオスを模した人工カオスが生まれた。私達の進めてきた計画は、彼の計画を応用したものだ」
 ジェラルドの計画を?
「カオスは元々チャオであるという事から、チャオにもカオスと同様の力を得る可能性が秘められていた。それを利用し、チャオに人間を遥かに上回る適応能力を与える。感情の抑制を施し、秘められた運動能力を引き出し……」
 重い、重い口を、壊れ物を扱うかのようにゆっくりと動かしている。
「AIによる操作を行う」
 ……ロストから聞いた話は、本当だったようだ。チャオを身近に潜む戦闘兵器へと変え、自由に操る。僕もその戦闘兵器にされる為に作られたのかと思うと、ぞっとする。
「しかしこの計画は、カオスの出没によって人員が分断され、今ではこの計画に参加しているのは私一人となってしまった」
「た、たった一人チャオか!?」
「なんで!? どうしてお父さんがこんな事を続けるの!?」
 二人が詰め寄って、答えを求める。だが、その口は依然として軽くはならない。またゆっくりとその口が開かれる。
「私が、この計画の責任者だからな」
「お父さんが? 嘘でしょ!?」
 娘のそのすがるような言葉に、父は残酷なまでに首を横に振って答えた。
「例え同僚達が私の事を軽蔑し、私の元から離れていこうと、私にはこの計画を止める事ができない理由があった」
 そこまで話して、彼の目から涙が零れ始めた。その場に崩れ、自分の娘を強く抱きしめる。
「お前が人質にされていたらからだ……!」
 ……ミスティが、人質に?
「え……何かの、冗談でしょ? だって……」
 そうだ。そんな事有り得ない。
 もし本当にミスティが人質にされていたのなら、彼女が僕達と、エンジェルアイランドで再会するなんて事は有り得ないからだ。絶対途中で殺されている。僕達が命の危機に晒されたのは、ついさっきの時だけだ。
 そんな時だった。
「せ、生命反応、この部屋に向かって接近してるチャオ! これは……カオス!?」
 瞬間的に、後ろを振り返った。
 カオスが、その場に立っていた。
「い、いつの間に?」
 少なくとも、のんびりとエレベータで上がってきたわけではあるまい。
「……まさか、カオスが?」
 ミスティの何かに思い当たったかのような声に、僕とロストは彼女に視線が行った。
「ねぇカオス。あなたが守ってくれたんでしょ? 私がこの子と会う時まで。だからあなた、あの時に私を襲わなかったんでしょ?」
 カオスを見る。カオスの瞳はじっと二人の親子を見つめている。
 ……ゆっくりと、頷いた。
「カオスが……?」
 ミスティの父が、信じられないような目でカオスを見た。
 カオスは、僕達の横を通り過ぎてゆっくりと親子の元へと近寄る。
「な、何故だ……? 私は、お前の敵だ。過去にお前達の一族を滅ぼそうとした者達と同じなのだぞ?」

 ――チ ガ ウ

「何……?」

 ――オ ナ ジ ジャ ナ イ

 あの時聞いた言葉が、僕達の脳裏へこだまする。彼の瞳は揺らぐ事無く、親子二人を見据えている。
「ん……? 生命反応多数。エレベータ経由で上がってくるチャオ。……げげっ!?」
 ロストが急に慌て出した。
「さっきの武装したチャオ達が、こっちまで上がってきてるチャオよ!」
 その声と共に、エレベータが到着した音が響く。その場にいた全員に緊張感が走った。エレベータの扉が開き、中から多くの武装したチャオ達が部屋になだれこんできた。
「全員、動くな!」
 総勢、七名。僕達に銃器を向けている。
「博士、娘は人質という条件を破ったな。貴様にはそれ相応の処罰が用意されている。出頭してもらおうか」
 ……これが、僕と同じチャオだと言うのか。戦闘兵器として作られたチャオの本来の姿なのか。
「断る。私はもう、お前達に屈するつもりはない!」
「博士、忘れたか! 貴様はもう、AIのコントロールを握っていない! 総員、構え!」
 合図と共に、七名全員が一斉射撃の体勢をとる。まずい、このままでは殺されてしまう。
 そう思った途端、カオスが突然地面を手につく。すると僕達の目の前に分厚い水の壁が現れ、部屋を二分した。
「な、何!? くそ、撃て!」
 けたたましい発砲音が響いた。しかし弾丸は水の壁の中でその速度を失い、ピタリと止まってしまう。僕達を助けてくれている。
「……ふん」
 突然、博士は鼻で笑って立ち上がった。
「甘い連中だよ。私がAIのコントロールを手放すわけがないだろうが」
 博士は踵を返し、何か大きな機械の前に立ち、それを凄いスピードで操作し始めた。
「フウライボウ君」
 博士は、突然僕の名前を呼んだ。
「この奥の部屋に行くといい。その奥の装置を使えば、君の感情のリミッターと、AIコントロールの受信機能を取り外す事ができる」
 それはつまり、普通のチャオになれるという事だった。願ってもない装置を作ってくれたものだ。
「ありがとうございます」
「うむ。ちゃんと礼儀を覚える事ができたようだね」
 この一年の成長を、博士はまるで親のように褒めてくれた。少し照れ臭い。
「ミーア」
 その呼びかけに、ミスティが反応した。本名がミーアだという事を、一年越しにようやく知る事ができた。
「お前を守る為に、私はマーカスを騙し続けてしまった。この一件が済んだらしばらく連絡が取れなくなるだろうから、代わりに謝っておいてくれないか」
「うん、わかった」
 二つ返事で、彼女は父の頼みを了承した。
「さぁ、行け。カオスが止めてくれている内に……っ!?」

 水色の刃が、博士の肩を貫いた。

「!?」
 何事かと振り返ると、その刃はカオスの作り出した水の壁ごと博士の肩を貫いていた。
 その壁の向こう、先頭に立つチャオの腕。それが刃の正体だった。
「くっ……人工カオスのデータ、確かに移植されていたようだな……」
「お父さん!」
 ミスティが悲痛な叫びをあげる。だが、博士はそれを突き飛ばした。
「行け!」
 僕達は互いに顔を見合わせる。
「行こう!」
「……う、うん」
 僕の感情が眠り続けている部屋へ。僕達は足を踏み入れた。


「これが……」
 博士が作ったという装置を前にして、僕達は驚きを隠せなかった。その装置は、僕達チャオがオトナになる際に包まれる、あの青い繭そのものだった。
「これに、入るのかな?」
『そうだ』
 突然、部屋に博士の声が響いた。アナウンス放送か?
『君は、その装置の中に、入るだけでいい。操作はこちらで行う』
「お父さん、大丈夫?」
『心配するな。さぁ』
 僕は誰を見るでもなく頷き、その繭の中に入った。扉がついているわけでもないが、その繭は僕の侵入を拒む事無く、僕が触れると取り込むかのように中へ迎え入れてくれた。
 周囲が青色がかった光景に変わる。青色のサングラスをかけたらこんな風になるのだろうかと、部屋のあちこちを見回す。
『フウライボウ君』
 博士の真剣な声が僕に呼びかけた。
『君には、耐えられないくらい苦しいものが、こみ上げてくるかもしれない。だが、耐えてくれ。それは本来、君が持って、生きていくべきだったものだ』
 その言葉の意味はよくわからなかったが、今さら引き返す道理もない。僕は黙ってそれに頷いた。
『……では、始めよう』
 その合図と共に装置が作動し始め、僕の視界は真っ白に染まった。


 どこを見渡しても、真っ白な光景しか見当たらない。そんな不思議な空間の中、僕は一人だけポツリと取り残されているような気分になっていた。
 突然、走馬灯のように僕の過去が蘇り始める。

 生まれた時に僕の事を呼んでくれた誰かの声。

 初めて食べた木の実の味。

 僕にボールをぶつけてきた、同い年のチャオ。

 みんなが僕を応援する中、必死に走ったレース。

 絵本をパラパラと捲るように、僕の過去が未来へと走り続ける。その旅に僕の胸に刺激が走り、言い様の無い感情がこみ上げてくる。
 なんだろう このキモチ。

 荷物だけ渡して、僕を外の世界へと放り出した博士。

 何も言わずに僕の旅に付き合ってくれた相棒。

 僕の事を撫でてくれたり、抱っこしてくれたりしたミスティ。

 自由に未来へ歩む方法を教えてくれたパイロットさん。

 出会い頭に僕の存在を否定したカオス。

 そんな僕の事を信じてくれたティカル。

 そして僕の正体を明かし、ミスティと引き合わせてくれたロスト。

 今まで触れ合ってきた人達との思い出が、僕の胸の奥に秘めた感情を呼び起こす。
 涙が溢れてくる。次から次へと。止まる事なく溢れてくる。
 言い表せない喜び。堪える事のできない怒り。耐えられない哀しみ。満足しきれない楽しみ。
 限度を超えた喜怒哀楽が、僕のちっぽけな世界を押し広げようと駆け巡る。
 止まらない。涙が止まらない。こみ上げてくる感情が、止まらない――

 僕は、大声で泣き叫んだ。


 嬉しいとき、悲しいとき。感情が高ぶると、私達は涙を流す。
 フウライボウはこれまで封じられていた感情を取り戻し、今まで抑え込まれていた感情の高ぶりに堪えきれずに泣いた。
 泣き疲れてしまったフウライボウは、今は眠っている。そんなフウライボウを、私は優しく抱きかかえる。
 これでこの子も、みんなと同じように過ごす事ができる。そう思うと、私も嬉しくてたまらなかった。
『よし……これで、AIのコントロールを、操作でき……』
「お父さん、大丈夫?」
 苦しそうなお父さんの声が、私の心配する声に答える。
『なぁに、腕一本が動き辛いだけだ。問題ない。これで……』

 突然、建物全体に爆音が響き、サイレンが鳴り始めた。

「お父さん!? どうしたの!?」
『くそぉ、連中め! このラボから、AIを操作したら、この建物を爆破するよう、細工をしたな!』
 突然この部屋の扉が開き、ロスト君が慌てて入ってきた。
「た、たたた大変チャオ! 建物下層から火災が起きてるチャオ! 出られなくなったチャオ!」
「うそぉ!?」
 これで全部終わろうって言う時に。このままだと、私達はみんな死んでしまう!
『しかし、これでAIは、全てオフになった! ひとまず、ここにいてもしょうがないから、屋上へ……!』
 そこでアナウンス放送はぷっつり切れた。
「みーちゃん、急ぐチャオ!」
「うん!」


「火災領域、更に増加中! このままだと、建物全体が火の海チャオ!」
 セントラルラボ屋上。ロスト君のセンサーが本当に機能しているのか疑いたくなるくらい、状況は絶望的だった。
 今から救援を呼んでも間に合いそうにない。カオスもいつの間にか消えてしまい、私達を助ける人はどこにもいなかった。
 屋上から建物を見下ろすと、目に見えて炎が大きくなっていくのがわかる。消防隊が必死に消火活動を行っているが、この規模の建物相手では私達は無事には済まないかもしれない。
「性質の悪い……! 爆弾を各階層に、建物を壊さない程度に仕掛けたに、違いない。私達を、嬲り殺しに、するつもりだ……!」
「お父さん、大丈夫?」
 お父さんの方の傷口は、布を使って応急的に止血をしていた。だが、このまま放って置けばお父さんも危険だ。エクストリームギアを使えば、私やフウライボウ、そしてロストはここから避難する事ができる。でも、お父さんを置いていく事なんてできない。
 ……打つ手が、ない。もう、駄目なのかもしれない。
「……あれ?」
 そんな時、ロストが何かに気付いたかのように空を見上げた。それと同時にけたたましい音が聞こえてくる。
 私達も空を見上げる。とても大きなそれは、こちらへゆっくりと近付いてくる。そして、その音の正体がわかった。
 ……ヘリ?
「ヘリが一機、ここに降りてくるチャオ! 搭乗員一名!」
「一名だと? 一個人が、私達の救出に?」
 信じられない、そして願っても無い奇跡だった。そのヘリは、私達のいる建物の屋上へと降りてくる。
 今まで身近に体感した事のない、ヘリの起こす強烈な風。それはゆっくりと屋上へと着陸し、私達を待つかのようにその場で待機し続ける。
「行こう」
 私は抱きかかえていたフウライボウをリュックの中に入れ、お父さんに肩を貸して歩き出した。強烈な風に吹き飛ばされそうになりながらもなんとか堪え、ヘリの扉をガラッと開けた。
 搭乗員は、見た事もない人だった。
「早く乗るといい」
 その人は、本当に私達を助けに来てくれたようだった。
「あなたは、誰なんですか!?」
「冒険好きのただのパイロットさ」
 笑って、そう答えた。

 ヘリはゆっくりと空へ上がる。
 窓から見える、燃え盛るセントラルラボ。
 力を求め続けた一族の成れの果ては、ティカルさんやカオスの見た光景は、きっとこうだったのだろう。
 人間とチャオが共に歩むと決めた日にできた、大きな傷跡。それは記憶から消えようとも、歴史から消えることはないだろうと。
 なんとなく、そんなことを考えた。

このページについて
掲載日
2009年12月24日
ページ番号
9 / 10
この作品について
タイトル
A-LIFE
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2009年12月24日