第2章:果てのない世界の果てまで

もう今日何度目かも分からない衝撃と震動、そして轟音。
しかし、今回は今までのそれとは明らかに違っていた。
艦長室に警報音が鳴り響き、部屋が赤色灯で赤く染まる。
カンナは個人端末を手に取り、ブリッジへ声をかけた。


        【第2章 果てのない世界の果てまで】


【カンナ】「どうしたの?」
【女生徒】『カストルがおかしいみたい!』
個人端末から女生徒の緊迫した声が響く。ただならぬ様子を察したカンナが間を置かずに返す。
【カンナ】「分かった、すぐ行くわ!」
カンナはそれだけ告げて通信を切ると、オリトの手を取ると、
【カンナ】「ブリッジに行くわよ!」
とオリトを引っ張ろうとする。が、オリトは驚きの表情を見せてこう訊き返した。
【オリト】「え、俺もですか?」
今日入学してきたばかりのただのチャオである自分が、この緊急事態にブリッジに立ち入っていいものかどうか。それに対しカンナはこう答えた。
【カンナ】「まぁ理由はいろいろあるんだけど…同じ船に乗った者は運命共同体。これは遥か昔、まだあたしら人類が宇宙に出る前、海で船を使ってた時代から変わらない鉄則よ」
そう言うと、再びオリトの手を取り、ブリッジへ向かい走り出した。

オリトを引っ張るようにして廊下を走りながら、カンナがもう1つの理由を説明する。
【カンナ】「オリト君だって、士官学校に入学した軍志望なんでしょ?…だったら、よく見ておく必要があるわ。緊急事態は軍にはつきものよ、戦闘なんて常に緊急事態みたいなもんだしね」

そして、ブリッジへ。カードキーを差し込み扉を開ける。
【カンナ】「お待たせ!状況説明お願い!」
その声に男子生徒が応える。
【男生徒】「カストルが突然暴走しやがった!止めようにも止まんねぇ!」
【カンナ】「緊急停止は!?」
【女生徒A】「やってますけどダメです、システムが言うことを聞きません!」
【女生徒B】「エンジンの暴走がシステム全体に影響を与えてるみたい!」
【カンナ】「なるほどね…クーリア、このままだとどうなると思う?」
と、隣に座っていた女生徒に声をかける。クーリアと呼ばれた生徒が答えた。
【クーリア】「恐らく、カストルがオーバーヒートするなり壊れるなりして止まるまでこのまま超光速で進み続けるんじゃないかと…」
【カンナ】「なんというか…表現は古いけど、まるで暴走特急ね…」

そんな会話を隣で聞いていたオリトが思わず口を出す。
【オリト】「なんというか、話を聞いてるとかなりヤバそうなんですけど…艦長さん、ずいぶん暢気な気がするんですけど、大丈夫なんですか!?」
すると、それを聞いた隣のクーリアが椅子を回してオリトの方を向き、顔を近づけてその目をじっと見つめた。言葉が出ずに、有体に言えばクーリアにビビるオリト。彼女がかけている眼鏡の奥の瞳がピタリと止まり、じっとオリトの方に向いている。やがてそれが数秒続いた後、彼女は距離を取った。
【クーリア】「彼が先生の仰ってたチャオですか…」
【カンナ】「ええ、オリト君よ。とりあえず、クーリアは初対面の人…っと、今回は人じゃなくてチャオだけど、に会ったら顔を近付けちゃう癖、気をつけた方がいいわよ」
【クーリア】「自覚はしているのですが、やめろと言われてやめられれば癖とは言わないのでは…っと、失礼しました。私はクーリア=アレクサンドラ=オルセン、クーリアで構いません。クロスバードの副艦長兼参謀、という名の雑用係です」
【オリト】「ど、どうも…オリトです」
自己紹介するクーリアだが、未だに軽い恐怖感が抜けないオリト。自分の名前を答えて挨拶に対して返すのが精一杯だった。だが、クーリアは気にせずに話を続ける。
【クーリア】「で、先程の質問ですが…そうですね、正直に言って超光速のまま永遠に彷徨う可能性も否定できません。超光速航行のエネルギー源は宇宙空間に遍く存在するエネルギー粒子なので、尽きるということがないですし…もしそうなったらここがそのまま私達のお墓ということになりますね」
【オリト】「やっぱりヤバいんじゃないですか!」
【クーリア】「まぁ、そうなんですけどね…私がこの状況で言うのもなんですけど、世の中、意外と何とかなるもんなんですよ」
【オリト】「そんなもんですか…」
そう返しつつオリトはクーリアの返答に、何となくであるが納得した。そうやって説明しているクーリアも、慌ててる素振りはあまりない。そしてオリトは、そのメンタリティが彼らをエリートたらしめているのだろうと思った。

【カンナ】「とはいえ、さすがにこのままじゃまずいわね…何か打てる手は…」
【クーリア】「そういえばジャレオ、ポルックスは?」
そう呼ぶと、端末とにらめっこしていたメカニックの男生徒、ジャレオ=バステルーニが答える。
【ジャレオ】「試しにポルックスの出力を落としてみましたが、変化はないですね…」
クロスバードは、カストルとポルックスという2つのエンジンを積んでいる。クロスバード自体は元々30年ほど前に作られた戦艦だが、10年前に旧型になった際に士官学校に練習艦として回され、その際に校舎に変形するように大改造した…という経緯がある。
その際にエンジンも2台積むように改造しており、どちらもその時に取り付けられたものであるが、そのどちらも使えなくなった戦艦のエンジンを再利用したいわゆるお古であり、かなり旧型のエンジンである。…要するに、基本的にお古の戦艦、という訳だ。

ジャレオの報告を聞いたカンナは、ふーむ、というような表情を浮かべた後、少し考える。
時間にして十秒ほどだろうか。しばしの沈黙の後、チャオであれば頭上のポヨがビックリマークになりそうな表情を見せ、こうジャレオに伝えた。
【カンナ】「…ということは、ポルックスの出力自体は調整できるのね?
      それなら、逆にポルックスの出力を上げてみてくれるかしら?」
それを聞いたジャレオは、カンナとは逆にチャオであればポヨがハテナマークになりそうな不思議そうな顔をしながらこう返す。
【ジャレオ】「え、上げるんですか?…この状態であんまり出力を上げたらカストルにもエネルギーが流れ込んで…あっ!」
そこで、ジャレオも、そしてオリトもカンナの意図するところを察した。そう、
【オリト】「わざとカストルをオーバーヒートさせて止めさせる!?」
【カンナ】「そういうこと!」

しかしそこで、ジャレオの隣に座っていた女生徒、オペレーターのレイラ=アルトゥロスがこう疑問を呈す。
【レイラ】「でも、カストルの制御が利かなくなってる現状でそんなことしたら…最悪、艦ごと爆発しかねませんよ!?」
【クーリア】「確かに…とはいえ、今のところそれ以外に手は思いつかないですし…」
【カンナ】「このまま超光速で彷徨い続けるか、一か八かで賭けに出るか…」

…この状況でどちらを選択するかと言われれば、後者しかあり得なかった。
【カンナ】「ジャレオ、お願い!」
【ジャレオ】「分かりました!」
その指示でジャレオが手元の端末を操作しポルックスの出力を上げる中、彼女はレイラにも声をかける。
【カンナ】「レイラ、不安も分かるけど…それでも、このまま超光速で彷徨う訳にはいかないよの、あたしらは」
【レイラ】「ええ、分かってます、分かってます…」
レイラは自らの不安を抱え込むように、やや小さく、繰り返した。その様子をみたカンナはさらに言葉を続ける。
【カンナ】「…そうね、もし生きて帰れたら、ケーキでもおごってあげるわ」
【レイラ】「いやいや、そんな…」
レイラは一瞬強く拒否するが、少しの間を置いて、
【レイラ】「…いいんですか?」
と尋ねる。さっきまでは消えていた瞳の光が戻り、その表情はニヤリと笑っている。いつものレイラである。
これにはさすがのカンナも一瞬引いてしまい、
【カンナ】「あ、あんまり高くないのでよろしく…」
…と苦笑いしながら返すのが一杯一杯だった。

そんなやり取りが終わった直後、ジャレオが叫ぶ。
【ジャレオ】「カストルからのエネルギー、許容範囲を突破します!」
その叫びと同時に、ブリッジの照明が緊急事態を示す赤いものに切り替わる。
【カンナ】「来たわね!…さぁ生きるか死ぬか、どっちかしら?」
エリート揃いであるX組のメンバーの間でも緊張が走る。いち見学者であるオリトなら、なおさらだ。

しばらくの間、ブリッジに警報音が鳴り響く。
そして数分の沈黙の後、ジャレオが口を開いた。
【ジャレオ】「カストル、出力下がっていきます!…うまくいきそうです!」
それに合わせ、ブリッジいたほぼ全員がはーっ、と大きく溜息をついた。
【カンナ】「さすがにどうなるかと思ったけど…とりあえず、後でレイラにケーキおごんなきゃね…」

やがて警報音が鳴り止み、ブリッジの照明が普通のものに戻む。
【ジャレオ】「カストルの出力、順調に低下!」
【レイラ】「超光速航行、解除されます!」
すると、超光速航行に突入した際と同じような独特のキュウウン、という音が響き渡り、やがて軽い衝撃とドン、という音が響いた。

【カンナ】「ふーっ、無事生還っと。…とはいえ、問題はここからね…」
実は超光速航行の最中に、自分達がどこにいるのか正確に把握する術はない。突入時の方角や速度から推定するだけである。そしてカストルの暴走中、超光速航行は制御できていない。つまり、超光速航行から抜け出した今、クロスバードはどこにいるのか全く分かっていないのである。当然、その把握が最優先課題となる。
【カンナ】「フランツ、現在位置の把握お願い!」
そうお願いしたのは、クロスバードの航宙士である男生徒、フランツ=アンブロット。
【フランツ】「やってますが…いやでも、これは…」
【カンナ】「…どうしたの?」
答えをためらうフランツに対し、カンナが疑問を投げかける。フランツは少し黙った後、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
【フランツ】「…みなさん、落ち着いて聞いてください。現在位置、ポラリス腕のF-6エリア。つまり…惑星同盟の勢力圏の正反対、銀河連合と宇宙共和国の境界宙域です…!」

その言葉に、クロスバードのメンバーに衝撃が走る。先ほどのカストルの暴走でもあまり動じなかったカンナですら、困った表情を見せた。
オリトも銀河地理に詳しい訳ではないが、何となく状況は把握している。同盟の勢力圏から遠く離れ、敵同士が戦ってる宙域へと飛び込んでしまったのだ。
【クーリア】「まさか暴走中に一気に銀河を横断してしまうとは…」
【フランツ】「カストルの暴走具合から現在位置を推定できれば良かったのですが…すみません、暴走自体に気を取られてしまって」
【カンナ】「どっちにしろ結果は同じなんだから、気にしないで」
そして、カンナは少し手元の個人端末を見ると、こう続けた。
【カンナ】「…とりあえず、銀河の外まで行かなかっただけ良しとしましょう。状況も落ち着いたし、銀河標準時も19時を回ったので、今後の相談も含めてみんなで夕食にします。それまでしばらく現状把握と休憩をして、20時30分に食堂に集合!いいわね?」
それを聞いたクロスバードのメンバー全員が「了解!」と答え、ある者は引き続き座席で状況の把握、ある者はブリッジを出て損傷等の確認へと向かうなど、それぞれがやるべき行動を取りはじめた。

その中でオリトは、ただその場に立ち尽くしていたが、少ししてその状況を見たミレーナ先生が声をかけた。
【ミレーナ】「…とまぁ、不測の事態にはこのように対処します。といっても、あたしはなーんにもしてないけどね」
【オリト】「あ、先生」
【ミレーナ】「オリト君、暇そうだしちょっと手伝ってもらっていいかな?」
【オリト】「え?あの、僕にできることであれば構いませんけど…」
【ミレーナ】「あぁ、それは大丈夫。チャオでもできる、だけどとっても大事なお仕事!ついてきて!」
と、ミレーナ先生に連れられるようにブリッジを出た。行き先は…

【オリト】「あの、これって…」
【ミレーナ】「そう、キッチン!今からみんなの夕食を作るわよ!」
…そう、その手伝いをオリトに頼んだのである。オリトがそれを疑問に思いこう尋ねる。
【オリト】「でも何で皆さんの料理を先生が?」
【ミレーナ】「まぁ、単純に言えば他にやる人がいないってことね。X組のメンバーはみんなあぁいう状況では才能を発揮するけど、こういう仕事のプロはいないのよ。女性陣もみんな料理あんま得意じゃないみたいだしねー」
【オリト】「な、なるほど…」
【ミレーナ】「ま、あたしも得意って程じゃないんだけど、本業ではダメ教師だから、こういう仕事ぐらいはね。という訳で、いくわよー!」
【オリト】「あ、はい!」
…そしてそれから約1時間、彼はミレーナ先生の手伝いに忙殺されることになる。

このページについて
掲載日
2021年1月9日
ページ番号
3 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日