雪降る夜の出来事
…眠い。
目をこする。伸びをする。頬に拳を当ててぐりぐりしてみる。
ああ眠い。
現時刻は午前2時05分、眠気の絶頂、丑三つ時である。
なぜこんな時間まで起きているかというと、その理由は目の前に。
一階居間の机上のパソコン、その画面に映し出されているのはとあるチャット。
そう、僕は今、深夜まで張り切ってチャットに参加しているのであった。
皆眠いのか、チャットのペースは若干停滞ぎみ。
この間に、夜風に当たって眠気を晴らそうかと思う。
そしてよっこいしょと席を立つ。
部屋の窓を開けるとき、意外にもガタッと大きな音をさせてしまった。
二階では両親が寝ている。
もしも起こしてしまって、徹夜しているのがみつかったら…
たぶん、怒られるんだろうな…
窓を開けて初めて気がついたのだが、いつの間にか外では雪が降り始めていたようだ。
寒すぎる風とともに、部屋に雪が吹き込んできた。
まずい!
あわてて窓を閉める。
やっぱりガタッと音がしたが、気にしてはいられない。
ふぅ
チャットではなんだか新しい話題ができたらしい。
ぺちぺちぺちっと返事を打ち込み、Enter
しかし、このままいくと眠ってしまいそうだ。
そろそろあれを使うか。
あれ、とは冷蔵庫に保管してある缶コーヒーのことである。
深夜耐久用に数本まとめ買いしておいた。
えっちらおっちら取りに行き、プルトップを空け、じゅるじゅると冷えた缶コーヒーを飲む。
…意識だけは、はっきりしてきた、と思う。たぶん。
しかしパソコンの席に戻ろうとしたそのとき、僕はまたも目をこすることになるのであった。
…チャオだ。
あの水色でぷにんぽよんしていて上部に丸い球が浮いている生物…チャオだ。
まさかそんな、チャオが現実にいるはずはない。
チャオは一介のマイナーゲームキャラクターのはず。
…あ、でもそういえば、去年も一昨年も、冬にはチャオに出会ってきたような気がする…
と、同時に僕は思い出した。
毎度毎度、チャオにあったその日には、雪で滑ってこけてきたことを。
…まさか、そんなはずはあるまい。今日は一日中、家でチャットする予定なのだから、雪なんて。
そう思えど、僕の額には、冷や汗が流れていたのではないだろうか。
コーヒーを飲み干した僕は、チャオの後ろから忍び寄り、えいやっと脇を掴んで持ち上げる。
激しく暴れるチャオ。
が、冷蔵庫横のみかんの入ったダンボール箱を見つけると、きゃっきゃと騒ぎ始める。
…まいったな。
そういえばこいつは、みかんが大好きなんだった。
仕方がない。みかんを与えれば、きっと静かになるだろう。
僕はみかんのダンボール箱をひこずって、パソコンのあるほうへと持ってきた。
上部を開き、中に直接チャオを入れてやる。
途端に狂喜乱舞するチャオ。
それを見て大丈夫だろうと判断した僕は、パソコン前の席に戻ると、チャットでの会話を再開した。
どうやら今の話題は、《ツンデレヒロイン頂上決戦!》らしい。
にしても、それに対する某氏の解答があまりにもおかしい。
思わず吹き出していると、みかん箱の中から視線がする。
僕はあわてて頬の緩んだ顔を元に戻すと、咳払いをしてパソコンに向き直った。
…
ふと気になって、後ろを振り向いてみた。
チャオは段ボール箱の中で暴れてみかんを潰しまくり、体をオレンジ色に染め上げていた。
立ち上がって段ボール箱を覗くと、チャオに押し潰された大量のみかんは、全体で体積が半分以下になってしまっていた。
うおーい、僕のみかんだぞー。
ひょっとして、この冬は滑ってこけない代わりの仕打ちがこれなのだろうか。
それはあまりにもひどいうおーい。
ウサギのしぐさだかなんだか知らないが、チャオが飛び跳ね始めたので、またも飛び散るみかん汁。
これ以上みかんを潰されたらたまらない僕は、タオルを取りに走った。
タオルを持って戻ってきた僕は、さらなるひどい仕打ちに直面する。
みかん汁をかぶったチャオが、いつの間にかパソコンの乗った机の上によじ登り、
キーボードの上でごろごろしていた。
あわてて駆け寄る僕。
キーボードは、奇跡的に生きていた。
が、チャットの画面がやばいことになっていた。
くぁwせdrftgyふじこ
そんな文字列がずらりと並んでいた。
あわててチャオを持ち上げ、みかん汁をふき取り、床に置く。
チャットメンバーに謝って、何とかごまかす。
この際チャオを叱っといてやろうかと、さっきチャオを置いたはずの床を見たのだが、なぜかそこにはチャオはいない。
部屋を見渡して、向こうの扉の影に何かが消えるのに気づいた。
向こうには、二階への階段があったはずだ。
追って扉を抜けると、案の定、5段目の階段をよじ登るチャオを見つける。
急いでチャオを取り押さえに向かったのだが、甘かった。
その日階段の一段目の脇には、片付けるのをめんどくさがった洗濯物の山が積まれていた。
しかもそのとき僕はチャオにばかり気を取られていて足元の確認を怠っていた。
つまり、
階段を登ろうとして洗濯物の山をふんづけた僕は、ものの見事に転倒してしまった。
チャオはいつの間にか消えてしまってるし、おまけにずでーんと派手な音を立ててしまったため、両親が起きてきて、こっぴどく叱られたのはいうまでもない。