ウィンはレースが好きだった

 お年玉でチャオのタマゴを買った。「チャオなんていらないって言っていたじゃない」って母は言った。
 飼い始めてから2週間くらいで生まれた。きれいな水色のツヤツヤチャオだ。とてもかわいらしい。生まれてしばらくはちゃお~って泣いてぼくを困らせるのに夢中だった。
『カイルがハシリチャオに進化しました!』
 サークルのグループLINEに祐介先輩から写真が送られてきた。ボードゲームサークルっていう珍しいボードゲームを漁って遊ぶサークルなんだけど、最近はみんなでチャオを育てて競わせるのがブームだ。
『先輩っぽくない(笑)』
『似合わな(笑)』
 祐介先輩は体育会系って感じの人で、見たまんまパワータイプだったから素早そうなイメージとは無縁なのだ。
 ぼくは自分のチャオの名前を考えてみた。競わせるのだから勝てるようなチャオに育てなきゃいけない。勝てそうな名前がよかった。ウィン、と名付けた。写真を撮ってグループLINEに送った。
『かわいい!』『水色!』
 評判はよかった。


 本屋にやってきた。『チャオレース必勝法!』『上手なチャオの育て方』『チャオのことば』いろいろなチャオ育成に関する本が並んでいる。『チャオの力のメカニズム』という本を買うことにした。
 『チャオの力のメカニズム』によるとチャオの力は五種類に分けて考えられていることが分かった。もちろんレースで勝つためには走る能力も大事なんだけど、チャオレースのコースは障害物競争みたいな側面があって走りが速いだけじゃ勝てない。
 レースは都内の小さなチャオレース競技場を借りて行っている。ぼくは先日行われた「第三回ボドサチャオレース大会」の写真を見返してコースを念入りに確認した。
 このコースは直線で走る距離も長いけど、泳ぐ距離も長い。そこに気が付いた。
 泳ぎの力を高めるためには黄色のカオスドライブをあげるのが一番いいみたいだった。今月のジャンプを買うお金と、今週の飲み物代をケチってイオンでいくつかカオスドライブを買ってきた。
 ウィンに与える。ごくっと一気飲みして、ウィンはくるっと一回転した。喜んでるのかも。もっとあげた。買ってきた分は10分くらいで飲み干してしまった。
 そっと撫でてみる。ポヨがハートマークになる。これはたしかに可愛い。ハマる人の気持ちも分かる。
 とりあえずチャオレースに勝たせてやるためにカオスドライブをたくさん買ってこよう。ぼくは来月分のお小遣いを前借りできないか母に聞いた。ダメだった。


 ゲームを売ったお金でたくさんのカオスドライブを買った。おかげでウィンはコドモチャオながら走るのがだいぶ速くなった。とぅるんとLINEの通知音がした。見るとだいぶ通知がたまっていた。ことの発端は幸助先輩の
『第四回やらね?』
 という一言で、それを機にグループLINEは結構盛り上がっていた。期日が決まった。今週の土曜日。それまでウィンを特訓させることにした。
 翌朝早起きしたぼくはウィンと一緒に競技場に向かった。事前に走っておくことで有利になるんじゃないかと考えたからだ。競技場の利用料を支払って中に入るとちらほらチャオとトレーナーの姿があった。
 ストップウォッチを持ってウィンをスタートラインに立たせる。コドモチャオからぐんぐん育てれば将来は有名なチャオレースのプロになれるかも、なんて打算もあった。
 まずウィンを一周させる。記録はそこそこだった。でもこれじゃたぶん幸助先輩のチャオには勝てないな、と思った。幸助先輩のチャオはコルセットと言って、サークル内では一番速い記録を持つ。
 ウィンは走るのも泳ぐのも速いけど、壁を登るときのスピードが足りないように思えた。よしっと思った。トレーナーとして大きな手ごたえを感じた。
 その帰りに力を上げる赤色のカオスドライブを五千円分購入した。ウィンはごくごくと飲み干した。早起きして行ったかいがあった。
『チャオ買ったの!?』
 グループLINEじゃなくて個人のLINEに通知が来た。同期の牧田だ。牧田は幸助先輩の彼女でもある。先輩の彼女になってからはほとんど個人LINEをしていなかったので驚いたが、できるだけ自慢に聞こえないように、でもそれとなく誇らしげに返事をする。
『すごー! 速い?(笑)』
 幸助先輩のチャオにも勝てるくらいに育ててみせるよ、と大口をたたいてみせると、牧田から『無理だと思うけどがんばって』と返ってきた。皮肉っぽいスタンプを送っておいた。
 コドモチャオで幸助先輩のチャオに勝てばウィンも嬉しいだろう。ぼくは『チャオレース必勝法!』も買うことに決めた。でも本屋に行くのはめんどくさかったのでネットで注文した。明日届くようだった。


 『チャオレース必勝法!』が届いた。その本によればチャオレースで勝つためにはスタミナが大事みたいだった。応援することで潜在的な力を発揮するチャオもいるようだ。
 スタミナを上げるメカニズムに関しては『チャオの力のメカニズム』によるとまだよく分かっていないらしかった。とりあえずたくさん食べさせることがいいということしか分かっていないと書いてあったから、ぼくはウィンのご飯をチャオの実2個から4個に増やした。
 2個半くらいでもう食べれない、って感じのしぐさを見せたけど、レースに勝つためなので無理に食べないとってことで食べさせた。増量みたいなものだ。これでスタミナが上がっているといいんだけど。
 こういうふうにウィンに食べ物をあげていると高校の部活を思い出す。県大会の予選決勝で負けたけど、あの試合はとてもあつい試合だった。その試合のためにたくさんチームで練習してきた日々を思い返す。結構辛い練習だったし、もちろん試合で負けた後は悔しかった。もう部活やめたいと思ったけど、うまくやめるきっかけがつかめなかった。
 なんだかんだでこうやって良い思い出になっていることを考えると、やめないでよかったのかもなと思う。
「絶対勝とうな」とウィンに言って撫でてやると、ウィンは嬉しそうにした。


 土曜日になった。朝一で行くとやる気満々のように見えてしまうので、だいたい3番目くらいに着くように時間を計算して行ったら既にみんな到着していた。
「やる気満々かよー」
 とぼくがサークルの中でも特別仲の良い友達の佐藤に言うと「お前が遅いんだよ」と返ってきた。女子メンバーはぼくの連れてきたウィンに興味津々といった様子で、ウィンは初めて多くの人に囲まれて戸惑っているようだった。
「かわいい!」
「なんていう名前?」
 ウィンの名前を教えてやる。
「みんな行くぞー」
 幸助先輩が競技場の受付を済ませて、みんなに団体客用の首からさげるカードを配った。
「お金はあとで徴収するわ」と幸助先輩。
「俺おごりでー」
「祐介は倍な」
「はああああああ?」
 談笑。そのまま競技場内へ入る。ウィンとぼくは二日振りの競技場だ。この日のためにたくさん特訓してきた。うまく実力を発揮して来いよ、とウィンの頭を撫でる。
 みんなのチャオがスタートラインに並ぶ。「生まれたばかりで大丈夫かよ」と幸助先輩がぼくに声をかけてくる。「ウィンなら大丈夫っすよ」
 ピストルの合図でチャオが一斉にスタートする。ウィンは初レースだからか少し出遅れてしまったようだった。でも直線距離でほかのチャオとの差をぐんぐん詰める。壁ゾーンにたどり着くころにはスタートの遅れは取り戻せていた。でも幸助先輩のコルセットにはなかなか追いつきそうにない。
 壁を登り終えるとウィンは2着のカイル(祐介先輩のチャオ)に並んでいた。みんな生まれたばかりのウィンの活躍に驚いているようだった。走りでカイルと差をつけるウィン。もう少しでコルセットの背中に追いつくというところで泳ぎゾーンに入る。泳ぎはほぼ互角だった。差は縮まりも離れもしない。2匹の1位争いに注目が集まった。
 泳ぎゾーンをこえてコルセットが先に最後の直線に入る。続いてウィン。ここだ、とぼくは思った。
「がんばれウィン!」
 思いの限り叫んだ。ウィンがその声にこたえてダッシュ。コルセットを抜き去ってゴールへ。やった、とガッツポーズが思わず出た。
 レースが終わって帰ってきたウィンの頭を思いっきり撫でてやるとウィンは嬉しそうにした。
「すごい!」「その子、レースの才能あるんじゃない?」
「コルセットに勝つとかすげーなあ」
 幸助先輩がコルセットを抱えながらウィンに言った。トレーナーとして鼻が高かった。
「でもコルセットやっぱ速えーなー」と祐介先輩が言った。「確かに! 泳ぎとかやばかったよね!」と牧田。「いや泳ぎは互角だったでしょ」とぼくが言うと、牧田は「え、そうだったっけ」と答えた。
「幸助先輩の育て方がいいんじゃない?」誰かが言って、みんながコルセットを持てはやした。なんだか居心地が悪くなって、ウィンの頭をそっと撫でた。


 「第五回ボドサチャオレース大会」と「第六回ボドサチャオレース大会」もウィンの勝利で終わった。ウィンはノーマルタイプに進化していて、レースではもうウィンに勝てるチャオはいなかった。
 第七回が企画された直後に、幸助先輩がグループLINEに「コルセット転生!」と繭の写真を送ってきた。LINEは一時的に盛り上がって、気が付いたら第七回のレースの話はどこかへ消えてしまった。
 ウィンはレースがすごい好きになったみたいで、オトナになってからも競技場に行きたがった。「お金がないんだ」とぼくはウィンを毎回なだめていた。
 それ以降、サークルのメンバーと顔を合わせるのが気まずくてぼくはサークルに行くのをやめた。気が付いたらグループLINEも静かになっていて、たぶん新しくグループLINEができたんだろうなあと思った。
 ウィンが死んだのはちょうどそのころで、季節は春になっていた。出会いの季節なんて嘘っぱちだ、と思った。


 そろそろ就職活動が始まるというころなのに、ぼくはなんだかもやもやしたまま身動きできずにいた。ウィンが転生しなかった理由を考えるために、ぼくは本屋に行った。『チャオの転生』『愛情とチャオ』『チャオはどれくらい生きるの?』というタイトルが目についた。『チャオの転生』を買った。
 『チャオの転生』によれば、チャオは愛情たっぷりに育てられると「もっと生きたい!」という気持ちが強まって、転生という機能を発現させるようだった。ウィンは「もっと生きたい」とは思っていなかった、ということになる。でもどうしてだろうと考えた。
 ちゃんとご飯もあげていたし、よく接していたように思う。コミュニケーション不足だとチャオは愛情を感じ取れないと書いてあるが、そうは思えなかった。
 もやもやした気持ちを解消できないまま、夏、秋と過ごして、とうとう卒業をむかえた。就職活動する気にもなれなくて、適当にタウンワークでアルバイトを探して近所のコンビニでバイトをすることにした。母はぼくに何も言わなかった。
 バイトを始めて半年ぐらい経ったころ、新しくバイトに入ってきた女子大生の田中さんと出会った。田中さんはチャオがとても好きな女の子で、すごい可愛い子だった。誰とでもどんな時でもチャオの話をする子だった。タイプだったけど、フリーターのぼくが付き合おうなんて言ってもなあと思って何も行動する気にはなれなかった。
 とある日、田中さんが「最近タロウが勝てなくて困ってる」という話を振ってきた。日本語がよく分からなかったので詳しく聞くと、「飼っているチャオのタロウはレースが好きで、何度もチャレンジしているがうまくいかずに悔しそうだ、どうにかしてやりたい」ということらしかった。
「力になれるかも」というと、二人がシフトに入っていない木曜日に田中さんの家に行くことになった。男を簡単に家に招き入れるとか実はこいつやばいやつなんじゃないかと思ったけど、とりあえずぼくは目の前の「タロウの課題」に集中することにした。打算がないわけじゃなかったけど、そうしている間はもやもやした気持ちを忘れることができた。
 古い本棚から『チャオの力のメカニズム』と『チャオレース必勝法!』を見つけた。だいぶ埃っぽかった。そういえば転生に関する本も買ったけど、どこへやったっけと考えているうちに時間が迫っていたので、二冊を田中さんの家に持っていくことにした。
 バスで十二分くらいのところに田中さんの家はあった。アパートで一人暮らし、実家は九州の方にあるらしい。よく仕送りで野菜とかが送られてくるんだとか。二〇三のチャイムを押す。田中さんが出迎えてくれた。
「おはようございます」と田中さん。
 ずいぶん眠そうだったけど、ぼくの持っている二冊の本のタイトルを目ざとく読み取った田中さんはぱちっとスイッチが切り替わったようで、すぐにリビングに案内してくれた。
 赤いチャオと黄色いチャオと青いチャオがいた。
「信号機みたいだ」
「タロウとジロウとサブロウです」
「なんだその名前」
 赤いチャオを抱っこして、田中さんは「この子がタロウ」と言った。ハシリタイプだった。
「レース大好きなんですけど勝てなくて。あ、レースっていうのは地区エントリーするタイプのレースで、そういうサイトがあって」
 それはもう聞いた気がする、と言うと田中さんはそうでしたっけ、と構わず続ける。
「動画見ます? あるんですけど」
 スマートフォンの中にある動画を再生して見せる。手振れがひどいけどタロウが競技場っぽいところで走っているのは分かった。壁を登るのが遅かった。
「カオスドライブ何あげてるの? 緑色のばっか?」
「レースだから走るの速くしなきゃと思って。でも基本的にチャオには手料理を食べさせてあげたいのでカオスドライブはあんまりあげてないです」
 それでどうやって勝つんだ、と思わず口にしそうになったけど慌ててやめた。就職活動のときに父親から「そんなんでどうやって生きていくんだ」と言われてとても嫌な気持ちになったのを思い出したからだ。
「たぶんタロウくんは力が足りてないんだよ。パワーね」
「はい」
「赤いカオスドライブあげればいいんだけど」
 うげっと田中さんが嫌そうな顔をする。
「うまく行くか分からないけど筋トレみたいなことしたらどう」
「それ本に書いてあるんですか?」
「え、本」
「『チャオレース必勝法!』」
「なんでそんなこと聞くの?」
「なんとなく」
「書いてなかったと思うけど……ごめん昔の本だから自信ない。でもカオスドライブあげたくないなら筋トレしかなくない?」
 ぱらぱらと目次をめくってみる。筋トレに関する記述はどちらの本にもない。念のためネットでも検索してみたが、チャオに筋トレをさせるという発想はぼく以外に持つ人がいなかったようで、「チャオが僕の筋トレをしている姿が好きみたいで毎日見られています」というよく分からないツイートがヒットした。
「じゃあ筋トレさせてみます。何させたらいいのかな」
 タロウがん~? と首を傾げる。チャオは人の言葉が分かっているのかもしれない、って話がなんかの本に載っていた気がしたけど、それは事実かもなあなんて思った。
「壁のぼる競技だし壁のぼらせてみれば? 俺のときは競技場に行って現地トレーニングしてたよ」
「現地トレーニング! それっぽい」
 田中さんが笑う。それっぽいってなんだよ。
 そんなふうに現地トレーニングのアイデアを練っていると、黄色いチャオの「ジロウ」があぐらをかいているぼくのひざを枕にして寝転がりだした。ぽんぽんと頭を撫でてやると嬉しそうにする。そういう姿を見るとウィンを思い出す。
 ふと気になって聞いてみた。
「チャオってこういうときに愛されてるなあって感じるんじゃないの?」
「こういうときって?」
「撫でてやって嬉しそうにしてるとき」
「どうなんでしょう……愛されてるなあって転生の話ですよね」
 もっと生きたいって思ってもらえなかったのは何でだろう。改めてそれを考えてみる。でも考えても分からないものは分からなかった。
「ウィン、俺のチャオウィンっていうんだけど、死んじゃったんだけどさあ」
「はい」
「ご飯ちゃんとあげてたし、こんな感じでいつも接してたんだよね」
「ウィンちゃんもそう思ってたんですか?」
「どういう意味?」
「失礼な言い方になっちゃうかもしれないですけど、ウィンちゃんは『こんな感じで』と思ってなかったかもしれないじゃないですか? いじめをする人がいじめと思ってないみたいな……ちょっと違うけど」
「あーそういうこと」
 どうだろう、と考えてみる。そうじゃないと思いたい気持ちが「そうかもしれない」と考える気持ちを邪魔していた。でもそう考えるといろいろなことに辻褄があう気がした。そしてそれは当たり前のことのように思えた。
「そうだったらなんつーか、俺めっちゃダサいな」
「ダサいですね」
 あまりにダサくて笑うしかなかった。そんなぼくを見てジロウも笑った。ジロウの笑い声を聞いて寝ていたサブロウが起きた。
「なんでタロウジロウサブロウなの?」
「愛される名前がいいなあと思って。なんでウィンなんですか?」
「勝てそうだったから」
 もやもやしてコンビニのバイトをしていることや、こうしてチャオレースを勝つための相談を乗っていること、些細なことで悩んでいることが一気にばかばかしく思えてきて、今日は少し素直になれそうだと思った。
 でも田中さんに付き合おうって言っても振られそうだからやめておくことにした。


 家に帰った。本棚に二冊の本を戻すときに『チャオの転生』の本を見つけた。気が向いたのでちらっと読んでみることにした。
 本の半ばくらいに「チャオのお願いを叶えることが最も転生につながりやすい」と書いてあって、そういえばレースに全然連れて行かなかったなあとようやく思い出したのだった。
 ぼくのレースに対するモチベーションが急になくなった理由を考えてみて、あまりにコドモっぽい理由に思い当たったからばかばかしくて笑えてきた。
 就職活動して一人暮らしして新しくチャオを飼おう。今度は転生できる子になるといい。

この作品について
タイトル
ウィンはレースが好きだった
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
2017年3月19日