7:忌日部

 チャオガーデンの管理人が、僕の育てたチャオが死んだことを教えてくれた。
 しばらくは何も考えられなかった。今日が何月何日か。朝に何を食べたのか。必死に覚えた学校の生徒たちのスケジュールまで。全部ぜんぶ頭の中から飛んでいってしまった。
 どうすればいいんだろう。怒ればいいんだろうか。悲しめばいいんだろうか。しばらく固まったまま考えて、それでもわからなくて、とりあえずなんでもいいから言わなくちゃと思って、口を開いた。
「……そうですか」
 それだけだった。多分いまの僕の顔は、小学校の卒業式のときよりも無感動かもしれない。
「遺体とかは……ない、んですよね」
「ええ。繭に包まれて消えてしまいますから。ああ、あの子からの遺言を預かってます。あの子もどうやら自分の死期を悟っていたようで」
 管理人さんは慣れているのか、多少の話しにくさを感じさせつつも淡々と話している。
「大切な人を見つけてね……と言っていました」
「そうですか」
 同じ返事しかできなかった。自分が死ぬ前に変なことを言うやつだ。もっとこう、楽しかったよとか、元気でねとか、そういうことを言うと思ってた。
「通常は遺品として、チャオが獲得したメダルなどをお渡しするのですが……あの子は競技の類をしていなかったようですね」
「いえ、お構いなく。そういうのは大丈夫ですから」
「そうですか。いえ、すみません」
 すみませんって、何が? 特に中身のなさそうな謝罪が魚の骨みたいに引っかかった。管理人さんは特に謝ることなんてないだろ? あの子が死んだのは僕の責任なんだから。
「……あの、チャオってお墓とかあるんですか」
「もちろん、飼い主の方が望めば」
「いえいいです。ちょっと聞いてみただけですから。別に必要ありません」
「よろしいのですか?」
「ええ、大丈夫ですから……ほんとに」
 自分の育てたチャオを死なせたなんて知られたら、なんて言われるかわかったもんじゃないからな。
 そんな皮肉染みた言い訳が湧いた自分に、反吐が出そうになった。
 帰り際に覗いたガーデンは、なぜかチャオの姿がちっとも見当たらなかった。


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 チャオガーデンを出たあと、どこをどう歩いたのかよく覚えていない。気付いたら知らない廃ビルの屋上に勝手に侵入していた。
「……なんでこんなとこ来るんだ」
 自分でもぜんぜんわからなかった。根がバカだからどこか高いところに行こうとしてしまったのだろうか。学校の屋上とかでもいいのに。
 屋上の塀に立っても、見える風景がちっとも良くなかった。まだ中途半端に陽が高くて夕焼けでもないし。冬のせいか寒いだけだ。ちっとも居心地が良くない。本当になんでこんなところに来たんだ僕は。
 体中の空気が抜けるみたいにして、屋上の床に寝転んだ。凄く冷たいし、オマケに固い。でも起き上がる気力もない。ついでに言うと、溢れる涙もなかった。
 実感がないからだろうか。この目で直接あの子の死を見たわけでもないし、遺体も残らなかったし。別にどんでん返しで生きてるなんて展開もないけど。
「……やれやれ」
 本日は晴天、気温8度。交通量は事も無げ、インフルエンザに気を付けよう。平たく言うと、世界は平和だ。僕の数少ない友人がいなくなっても、悲しむ奴なんてどこにもいない。冷たいなあ。冷たいなあ。屋上の床が冷たいよお。
 なんでだろう。ちっとも涙が出てこない。僕ってそんなに薄情な奴だったんだろうか。薄情な奴だったんだろうな。ダークチャオ育てるくらいだもんな。
 そもそも僕のチャオとの付き合い方を思い出してみろ。いつも誰にもバレないようにすることが第一だったじゃないか。ストーカーみたいに生徒の行動をチェックしたり、わざわざ変装してからガーデンに行ったり。あの子と会うのはそんなに後ろめたいことだったのかよ。後ろめたいことだったんだろうな。だってダークチャオを育てたなんて知られたら大変だったもんな。
「……なんだったんだ」
 不意に口をついて出たのは、そんな疑問の言葉だったんだ。
 結局僕はなんのためにあの子に会いに行ってたんだ。ビクビクして、仮面を被って、無理してあの子の前で笑って。なんなんだ。ほんとになんだったんだ僕の中学時代は。大事な青春を過ごす期間だったはずじゃないか。
 どうだ、このザマは。胸張って友達だと言える奴なんて一人もいなかった。僕にとっての友達のポジションはあの子に譲ったのに、消えてしまったんだ。あんなに、あんなに頑張ったのに……今の僕は一人ぼっちだ。
 こんなんじゃ、こんなんじゃ僕は――


「……ただの道化じゃないかよ」


 そうだ。なんの意味もなかったんだ。
 あの子と過ごした日々なんて、なにも意味はなかったんだ。
 なんの意味も……なにも……。

このページについて
掲載日
2013年8月29日
ページ番号
8 / 15
この作品について
タイトル
つづきから
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2013年8月29日