トランプの裏側

 橋本が私の手札から引いたのはジョーカーだった。
「なんでこんなに俺のところばっかジョーカー来るの!?」
 そして橋本の手札からハートの3を引き、私は四位であがった。他の人はもうみんなあがっていて、橋本の手元にジョーカーだけが残る。
「なんでそんなにジョーカー好きなの?」
「別に好きで引いてるわけじゃねえよ!」
 月曜日から金曜日までの間、一日にババ抜きを10回ずつ行い、それを二週間続けるというこのふざけた戦いはとある土曜日に深夜のテンションの橋本によって提案され、深夜のテンションのみんなによって採用された。
 そして私が記録している表の、橋本の戦績の五位の隣に52本目の線が引かれた。景品のチャオ用ホバーシューズが橋本の手に入る可能性はとっくになくなっている。ちなみに景品を用意するということもチャオ用ホバーシューズにするということも橋本が提案した。橋本は私たちの中で唯一チャオを飼っていないのだが、橋本は勝負を楽しみたいからといい、他のみんなのモチベーションを上げるだけのために景品を用意したのだ。でも橋本曰く、超かっこいいから、という理由で景品はチャオ用ホバーシューズになったので、うっかり橋本が勝ったら、多分チャオを飼うつもりなんだろうと思う。
「次ラスか、長かったな」
 もりもんがピンク色のスポーツドリンクを飲み干す。「まりもん一位確定してるよね」
「正直もう順位は変わらないね」と私が答える。もりもんの言うとおり、私がダントツの一位だ。もりもんが二位で、みりもんが三位、僅差でむりもんが四位。そして五位の橋本だ。順位は確定していて、最後の一戦をやってもやらなくても同じだ。
「いや、とりあえずやろう」と言ったのは橋本だ。ここまでやったら意地みたいなものもあって、一応やる。
 橋本は五位だった。


「そうはいっても、足が速くなったわけじゃないよ」
「うーん、なんか速く見えるよね」
 チャオレース中盤、クイズコーナーを越えて坂を下るところで、ホバーシューズを履いたハニューとみりもんのガロンが並んで走っている。二匹とも元々同じくらいの足の速さで、いつもこの坂で並んで走っている。ホバーシューズを履いたハニューは序盤から速く走れているように見えたけど、よくよく思い出せばガロンとずっと並んでいたような気もする。
「でも、オシャレで私は好き」
「イワシは何やってるんだ」
 ハニューとガロンが坂を下り、池に飛び込もうとしているとき、むりもんのイワシは何を考えているのか、クイズコーナーで間違えてはまた適当なものを持って回答コーナーへ持ち込んで、をひたすら繰り返している。多分、正解しないと進んではいけないコーナーだと思っているんだろう。この間は普通に突破できていたのに。
「イワシ! ゴールしたらカツオブシあげるから早く突破して!」
「イワシってカツオブシ食べるんだ」と私。
「食べないよ」
「じゃあ何」
「ずっと削ってる」
「ああ、まあ、そうね」
 ハニューとガロンが池を泳ぎ切った頃、もりもんのピルピルがゴールした。もりもんのピルピルはマジで速い。
「頑張れ、イワシ」ともりもんはイワシを応援している。
 イワシは坂を下りきって、ようやく池への飛び込むところだけど、なぜかイワシはヒコウのスキルだけやたら高く、池を簡単に越えて、落とし穴コーナーの直前のところまで飛んでしまう。ずっと飛んでればいいのに、っていうくらい飛ぶのが上手だ。この一瞬だけハニューとガロンが映るカメラにイワシが入り込む。でも、すぐにハニューとガロンが先を行き、もたもたとイワシが後を追う光景に戻る。そうなった頃にはハニューとガロンもゴールをしていて、順位が確定する。もりもんのピルピルがいつも一位で、イワシはいつも四位。ハニューとガロンだけはいつも順位がコロコロ入れ替わる。今回はガロンが二位で、ハニューが三位だった。
 レースを終えたチャオをロビーで迎えて、受付のところでポップコーンを買った。その流れで、みんなはチャオガーデンへチャオを預けるためのカードをスキャナーにかざして、認証を済ませた。預けたら、とりあえず今日は解散だ。
 チャオガーデンにチャオを預けに行くと、小さなピュアチャオの両脇を持った橋本がガーデンのプールのところで水面を見て放心していた。橋本の姿としては異常はないのかもしれないけど、チャオガーデンの風景としては異常だった。
 私たちのチャオはガーデンに入ると思い思いの場所に歩いたり飛んだりして散り散りになっていたが、私たちは橋本のところへと集まった。
「誰のチャオ?」と私。
 橋本は放心した顔をそのまま私たちの方に向け、ああ、とサウンドエフェクトのような声を出した。
「俺のチャオ」
「ガーデンにいた適当なチャオを捕まえたんじゃなくて?」
「そんな訳なかろっど」
「そっか」
 また橋本は放心した顔をして、今度は自分が手にしているチャオのおでこの辺りを見た。
「なんかさあ」と意味ありげに切り出す橋本。
「飼ったのはいいんだけど、何すればいいんだろ」
「ええ」
 チャオを飼っている側からしたらわざわざそんなことは考えないのでそんな問いかけをされても困る。
「というか、何かするために飼うもんでもないでしょ」とむりもん。その通りだ、むりもん。なぜかこのタイミングでみりもんが橋本のチャオの後頭部を指でなぞって遊び始める。
「むしろ、何がきっかけで飼ったの」とむりもんが続ける。
 橋本は、うーん、と少しだけ考えたあと、
「飼っとけば何かできると思ったから」
 正直よくわからないし、他のみんなもあまり納得はしてないようだったので「名前は?」と聞いてみた。
「決めてない」
「じゃあとりあえず決めようよ」
「ししゃもとかどう?」とむりもん。
「何で魚シリーズなんだよ」と橋本。
 もりもんはじっと橋本のチャオを見ている。もりもんは黙っていることが多いので、何を考えてるのかよくわからない。
「もりもんは何か案ある?」
 もりもんは、いやあ、と零して、
「まだ特徴なさすぎてなんとも言えない」と笑った。
「うーん、まだ生まれたてっぽいもんね。橋本がどんな子にしたいかで決めればいいんじゃない?」
「どんな子か。とりあえず、勝てそうな名前がいいな」
 勝てそうな名前ってなんだろう。エンペラーとかだろうか。橋本が、あ、と言った。
「コミモンにする」
 決して強そうな響きではないが、何か見えない説得力があったので、納得してしまった。


 数ヶ月経った頃には、橋本とソニックチャオになったコミモンに誰も勝てなくなっていた。
 身内でチャオレースをしていただけだった私たちの中で一番強くなってからも、一人で様々な大会に出場してはいつもベスト4には入るコンビとなっていた。
「ベスト4は大したことじゃないよ」と橋本は言う。「出てるのもこの辺りの大会だけだし、ベスト4って要は決勝のレースに出場したってだけだから」
 橋本によるとこの辺りの大会では、1レース8匹のレースを、決勝までに二回勝ち進まなければいけないらしい。決勝だけは4匹になるそうだ。それを聞いたときは、二回だけなんだ、と思ったけど、トーナメント表を見せてもらって驚いた。参加しているチャオの数は256匹。でもよくよく考えたらそうだ。二回戦目は8匹のレースで勝ち抜いたチャオがまた8匹集まってレースをするのだから、それくらいの数にはなる。
「でもこの辺りの大会って弱いチャオばっかりだよ。強いのはいつもベスト4に入ってる残りの3人だけ」
 その強いと弱いの境目は、転生が視野に入ってるか否か、らしい。チャオは基本的にポテンシャルで全てが決まってしまうというくらいに、元々チャオが持っている能力というのが重要だという。そのポテンシャルを上げる手段は転生しかない。だから転生しなければ、レースの結果は大体同じになる。
「多分、コミモンが持ってる力って結構伸ばしたと思うんだけど、それでもあの3人には勝てない。でも、転生してないのにコミモンはこれだけ勝てるから、かなり優秀なチャオなんだと思う」
 そういって橋本はコミモンの頭をぽんぽんと叩いた。
「カオスドライブとかチャオの実とか愛情とかいっぱい注ぎ込んで転生したら、今出てる大会だけじゃなくて関東大会とかも制覇したいな」
「そ、そう。頑張ってね」と私。
「お前らも頑張れよ。強くならないと得られない喜びとか幸せとかってあるから」
「あー、あるんだろうね。でも俺は今割と満足してるからいいや」とむりもん。
「そうやって飼い主の怠惰でチャオの可能性潰すのってどうなの。チャオはそう思ってないかもしれないんだから、やって結果出してから決めればいいじゃん」
「そうかもしれないけど、責任は取るから大丈夫だよ」
「無責任だよ」
「人によって価値観違うから。まあ楽しくやれればいいじゃん」と私。橋本は何か言いたそうにしていたけど、引き下がってくれた。
 私たちの身内のレースにも、橋本は参加し続けた。レースのときは、いつも橋本は白熱した応援をコミモンに送っている。橋本が白熱しているのはいつものことなので、あまり気にも留めていなかったけど、今日は逆に橋本から、
「何で応援しないの?」
 と尋ねられた。私たち四人からしてみれば、応援する方が不思議なくらいなので、何でと聞かれても困る。
「応援すると、体力が残ってる限り応援に応えようとして瞬間的に速くなるんだよ」
 他のみんなは、へぇー、と感嘆の声を出した。
「ホバーシューズは足が速くなるわけじゃないけど、体力消費が少なくなるから応援しないと履いてる意味ないよ」
 と私に言った。私はローラースケートとか履くと逆に凄く疲れるので、そんな効果があるとは知らなかった。
「どっちにしても可哀想じゃん」と橋本は零した。


 私とみりもんはみんなでレースをしないときも、よく二人でチャオガーデンに来る。なんとなく女二人で動くときがあった方が気が楽だ。もしかしたら、むりもんともりもんも私たちが知らないときにチャオガーデンに来ているのかもしれない。
 私たちがガーデンに入ると、ハニューとガロンが相変わらず同じような速さで私たちのもとに寄ってくる。体をくねらせながら、可愛がってアピールをする。可愛くてしょうがないから、体中をくすぐり回すとチャアチャア笑いながら芝生の上に転げ回った。みりもんもガロンと一緒に芝生に転げ回りながらじゃれあっていた。
 もりもんのピルピルは走り回り、空を飛び回っているイワシと追いかけっこをしている。こうやって見ると、あれだけレースで差がついているのが不思議なくらい、まともな遊びになっているように見える。あの二匹は本当に仲が良い。多分、もりもんはイワシのことを気に入っているし、むりもんもピルピルのことを気に入ってるからだろうなと思う。
 ふと、コミモンが目に入った。岩場の上に座り、ガーデンを眺めているようだった。毎週休日は、橋本と色々な大会に出ていることが多いので、ガーデンでコミモンを見かけるのは珍しかった。
 転げていたハニューが突然上体を起こした。本当に突然だったので、私もみりもんも動きを止めてハニューを見た。
 ハニューは桃色の繭に包まれた。
「あっ!」
 と私は声を上げ、みりもんと一緒に繭に見入った。
 よくわからないくらい時間が経ち、繭が薄くなっていった。中のタマゴが見えてくる。
 話には聞いていたけど、生で見るのは初めてだった。小学生のときに見た、モンシロチョウの幼虫が蛹を作るのとは比べ物にならない衝撃だった。
 繭が完全に消えると、私はタマゴを抱っこしていた。
「すごい、転生だよね」とみりもん。
「うん」
 きょとんとガロンがみりもんの顔を見ていた。
 衝撃の余韻で、何も考えられないままタマゴを抱えていると、タマゴの内側から小さな衝撃を感じた。
 あ、と思って、芝生の上にタマゴを置くと、トントンという音とともにタマゴが少しずつ割れて、チャオの手が出てきた。そこまで来たらあとは早くて、割れたところから穴が広がっていって、遂にハニューが生まれた。
「生まれよった」と私。
 突然、上からイワシが降ってきたかと思うと、ハニューをキョロキョロと眺めた。気が付くともりもんのピルピルも傍にいた。
 この子たちの間にはどんな感情があるんだろうか、と思っていると、コミモンも近づいてきていた。コミモンが近づくと、他のチャオ達もコミモンの方を見たので、もしかしたらコミモンが近づいてくるのは珍しいことなのかもしれない。
 みんなが見守る中、コミモンはハニューの傍で足を止めて、ハニューの顔をじっと見ていた。ハニューもコミモンの顔を見上げる。
 何をするのかとドキドキしていると、コミモンはハニューの頭を撫でた。
 なんてことないことなのかもしれないけど、まるで奇跡を見たような気分だった。ハニューのポヨがハートマークになっている。
「この子もしかして」
 とみりもんが言った。次の言葉を待つのに、みりもんの顔を見ると、
「いや、やっぱやめとく」
 とみりもんは黙ってしまった。なんて言おうとしたのだろう。そもそも、この子ってハニューのことなのか、コミモンのことなのかわからなかった。
 みりもんがコミモンの頭を撫でた。コミモンを見ること自体が少ないからかもしれないけど、コミモンのポヨがハートマークになるのを初めて見た。
 それから、私はハニューに木の実をあげたり、寝かしつけたり、ハニューの傍にいながらガーデンを眺めていた。ガロン、ピルピル、イワシ、コミモンがガーデンを駆け回って遊んでいた。なぜかみりもんも混じって遊んでいた。なんか不思議な光景だったけど、嬉しくなるような光景だった。私がチャオを飼った理由はここにあるって、今なら言えた。


 それから一ヶ月の間に、チャオが転生するのを三回見た。もちろん、ガロン、ピルピル、イワシの三匹だった。
 ハニューと同時期に生まれた三匹だったので、もうすぐ転生するだろうなと思って、毎日放課後にもりもんとむりもんを連れてガーデンに通っていた。
 三匹が転生する姿は、無事飼い主に見届けられ、私の感じたあの感動を三人も感じていたようだった。その度に、みんなとチャオ達が戯れる平和な光景が見られた。残念なことに、コミモンは三匹が転生するどのタイミングにも居合わせなかった。
 コミモンだけは生まれた時期が違うのでまだ大人のままだったけど、他のチャオが転生したことでチャオレースはしばらく行わず、ガーデンでゆっくりとした時間を過ごしていた。


 コミモンが死んだのは、四匹が進化してしばらく経った頃だった。
 そのとき、私とみりもんはガーデンにいてレースの再開の話をしていた。珍しくガーデンにいたコミモンがみんなと遊んでいるときに、急に動きを止めて座り込むと、灰色の繭に包まれたのだった。
 ハニューが転生したときは明らかに種類の違う大きな衝撃を感じた。それと同時に、橋本になんて言えばいいのかわからないという不安が押し寄せていて、気持ちが悪かった。みりもんは声をあげずに涙を流して、顔を歪ませていた。
 そんな状況だったので、橋本に何と言うかは決まらず終いで、結局何も言わないまま日々を過ごした。放課後に集まるようなこともなくなった。
 もりもんとむりもんにも何も言えないでいたけど、二人は割とすぐに気づいたようだった。もしかしたら、橋本にコミモンがいないことを聞かされていたのかもしれない。
 ある日の放課後、むりもんが集まろうと言い出したので、いつものように机を適当に集めると、むりもんは机の上にトランプを置いた。
「一回限りの勝負ね。あと景品もあるんでよろしく」
「何やるの?」と私。
「ババ抜き」
「またか」
 そうして、ババ抜きを開始した。次々とトランプが捨てられて行き、すぐにみりもんがあがって、次にもりもんがあがった。
 私とむりもんと橋本の対決になったところで、違和感に気づいた。なんだかトランプの数がおかしい。
「トランプの数合ってる?」と橋本。
「ジョーカー入ってません」とむりもん。
「ババ抜きってそういう意味じゃねえよ」と橋本。
「まあまあ、とりあえずさっさとあがろう」
 ということで、なんだか腑に落ちないまま続けると、次に私があがり、むりもんがあがり、最後に橋本があがった。
「結局俺最後なのか」
 すると、むりもんがズボンのポケットから五枚のトランプを取り出して、表を見せないようにして、みりもんにそれを向けた。
「景品を選ぶ権利をみりもんにあげる」
「ええ」とみりもん。「景品はくれないの?」
「それは無理もん」とむりもん。
「しかもこれ選ぶって言うの」とみりもん。
「そんなのざっくりでいいんだよ」とむりもん。
 不満を言いながらもちょっと嬉しそうにカードを選ぶみりもん。むりもんもみりもんが楽しんでることをわかってるようで、おちょくったような笑顔を浮かべている。
「じゃあこれ」
「これね」
 むりもんはみりもんが選んだカードを机の上に置いた。そこにはトランプにセロハンテープで貼られた安っぽい紙の切れ端のようなものに『料理』と書かれていた。私とみりもんには意味がよくわからなかった。それを見たもりもんが口を開いた。
「要は、橋本が新しく飼い始めたチャオに何をあげるか、っていうゲーム」
 新情報が多くて少し戸惑った。橋本は新しいチャオを飼ったんだ。それで料理をあげるっていうのはなんかピンと来ない。
「そんなこと企画してたのか」
「俺ら二人でね」とむりもん。
「それで、料理を誰が作るかって話なんだけど、とりあえず適当にネットから拾ったチャオ向け料理のレシピを何個か印刷してきたから、見ても見なくてもいいからそれぞれ橋本のチャオが喜びそうなものを作ってきて。一応、人間にとって毒にならないものならチャオにも毒にならないみたいだから、そこは安心して」ともりもんが説明してくれた。「それで、橋本のチャオにどれが一番おいしかったか選んでもらうっていうところが本番」
「喜びそうなものって、橋本のチャオってどんなチャオなの」とみりもん。
「まだタマゴから孵ってない」と橋本。
「ええ、生まれてからにしようよ」
「どっちでも変わらなくね」と橋本。
「好みも分からずに好きな料理なんて作れないでしょ」
「ああ」
「そうしようか。とりあえず橋本、生まれたら教えて」とむりもん。
「わかった」


 橋本の新しいチャオが生まれて、名前はゴザエモンになった。橋本曰く、親しみやすい名前をつけたらしい。
 みんなはすぐにゴザエモンを観察したり、素材を味見させたりして、料理を決めていた。
「まりもん何作るの」とみりもんにちゃっかり聞き出されそうになったけど「ひみつ」といって凌いだ。
 それを見ていたむりもんも同じ質問を私にしてきたけど「ああん?」と言ったら謝られた。
 そんなこんなで一週間くらい経った頃、最後の最後まで考えていた橋本が何を作るか決定したというので、次の日に料理を作ってガーデンに持ち込むことにした。
 私が作るのはベタだけどアップルパイだった。私が見た限りだと、ゴザエモンに与えた食材の中で一番好感触だったのがりんごだった。でも、ベタっていうのもあって一番に選ばれる気はしない。他のみんなが何を作るのかは、まったくわからない。
 

 そして当日。
 みんな、タッパーに入れてきた料理をカバンから出して、なんとなくみんなが何を作ってきたのかわかった。
 ただ、一人だけ手に持っているものの様子がおかしい人がいて、それはもりもんだった。あれは、このガーデンのロビーに売ってるポップコーン?
 私は変わらずアップルパイ、みりもんはキュウリの味噌漬け、むりもんはキュウリのぬか漬け、もりもんはやっぱりどうみてもロビーで売ってるポップコーン、橋本はIHコンロと鍋と何やら色々と持っている。あれは間違いなくしゃぶしゃぶを作ろうとしてる。
 でも、キュウリの漬物が被ったのはちょっと怖い。ゴザエモンの好みをついているのかもしれない。もりもんはよくわからない。
「キュウリ被ってんじゃん」とむりもん。
「本当は安心するところなんだろうけど、むりもんかあ」とみりもん。
 もりもんは遂にポップコーンを自分でつまみ始めた。もう彼の動きは誰にも止められない。橋本はこんな光景を目の当たりにしてもなぜか自信満々だ。
 本番。
 私、むりもん、みりもん、橋本、もりもんの順番。
 アップルパイを食べたゴザエモンはポヨをハートにした。とりあえず安心だ。
「よしよーし、ゴザエモン」と、とりあえずめっちゃ撫でておく。
「待て待て、公平な戦いにしよう」とむりもんが私を引き剥がす。
 むりもんはゴザエモンがちゃんとアップルパイを飲み込み終わって、一息つくまで待ってからキュウリのぬか漬けをあげた。意外と丁寧だ。
 ゴザエモンはアップルパイをあげた時と同じようにポヨをハートにした。この反応だけだと、どっちが好きなのかわからない。みりもんがキュウリの味噌漬けをあげても同じような反応だった。
 橋本の番は長かった。コンセントを探すところから始まり(岩場の端の方にあった)熱をかけるのに相当な時間がかかり、しゃぶしゃぶできる頃にはゴザエモンも寝ようとしているくらいだった。豚肉をしゃぶしゃぶして、少し冷ましてゴザエモンは食べた。またポヨがハートになった。全部同じ反応だ。
 そしてダークホースのもりもん。嫌な予感はしていたけど、それは的中して、もりもんがポップコーンをあげる前からゴザエモンはもりもんに近寄っていき、ポップコーンを欲しがった。
「なんだそれ」とむりもん。
「なんか試しにあげたらめっちゃ喜ばれた」
 その後、五つの料理(一つは料理と呼べるのかわからないけど)はゴザエモンの前に並べられた。並んだと同時に、ポップコーンに一直線だった。一位はもりもんで確定だ。二番目はなんと私で、アップルパイを食べた。正直、すごく嬉しくてその後の順位のことはあんまり覚えていない。
 ただ、最後まで鍋がグツグツしていたのだけは覚えている。

この作品について
タイトル
トランプの裏側
作者
ダーク
初回掲載
2017年4月10日