と、書いた所で

と、書いた所で「もしもし」
背後から呼びかけられた。振り返ってみると、ふうりんだった。

ふうりんは、知る人ぞ知る、一介のノーマルチャオである。
ここ週刊チャオ編集部で広報のポジションであったはずだ。
表紙を対談形式で済ますときによく登場してもらっているので、知っている人も多いかも知れない。

「何の用ですか?」
「Rさんから伝言です。ライブラリのシステムにバグを見つけたから、すぐ来て欲しい、と」
「ああ、なるほど」
ライブラリのシステムを以前作ったのは、主に僕だ。呼ばれて当然だろう。でも
「何故ふうりんが伝言を?」
「休憩室に行こうと思って、こっちに向かっていたら、途中でRさんに声をかけられまして。
 最近は誰かさんのイラストに関する問い合わせが多くって、もう参りましたよ」
それを言われると、苦笑するしかない。
ただ、ふうりんは本当に参っているようだった。

僕はそろりと立ち上がる。
「じゃあ、Rさんによろしく言っておきますね」
言いながらコンピュータを閉じ、そそくさとその場を立ち去る。
途中で振り返ってみると、ふうりんも休憩室へと向かっていったようだ。
見計らって、僕も足を資料室へと向ける。

Rさんは、いつも資料室にいる人だ。
眼鏡をかけていて、なんとなく頭の良さそうな顔をしている。
一般公開向けライブラリの制作班に属しているので、本来そのフロアにいなくてはならないのだが、
なぜかRさんだけは、このビル一階のほとんどを占める資料室にて、職を謳歌している。

資料室につくと、Rさんはすぐ見つかった。どうやら、僕が来るのを待っていたようだ。
「おはちゃぴー」
「おはろっど」
簡単な挨拶を交わしたのち、Rさんによって、窓際の机に連れられる。
机の上に置かれたコンピュータから、実際にシステムを動作させながらバグを説明してくれる。
詳しい内容は省略するが、どうも自分が書いたプログラムにミスがあって、
作品のルビに英数字を使用すると、おかしな動作を起こすようだ。

僕はうなずく。
「なるほど。何となく分かりましたよ」
「早っ、て、そんなものなんですか?」
「実を言うとあの部分は、前々から怪しいと思っていた部分なので・・・」
その場で直してしまおうと、Rさんにコンピュータを貸してもらうことにしよう。
そのときだった。

窓にごつんと、何かが当たったような音がしたのだ。
「なに?」
そう言った次の瞬間には、彼は窓を突き破って登場していた。
飛び散るガラス片に、驚いて身を引く。
「た、た、た、た、たいへんだあああああ!!!」
ガラス片と共に登場、そうそうに大声を上げるオモチャオ・・・かいろくんだ。
「どうした!?」
Rさんがかいろくんに、ガラスに気をつけつつも近寄ろうとする。

かいろくんが叫ぶのは日常茶飯事。だが、今回ばかりは様子が違った。
かいろくんの金属の全身が、痛々しいほどにへこんでいたのだ。



と、書いたところで、僕は大きく伸びをした。
さすがに疲れが溜まる深夜、時刻を見ると、もう二時だ。
無意識にあくびも出てくる。そろそろ寝るべきだろう。

PCの電源も切らずに、部屋の明かりを落とした。
手探りでベッドの上のタオルケットを探し、横になる。
と、足がなにやら、柔らかいものにあたった。

そういえば、最近はベッドの上をいい加減に利用しており、ごみや道具が、ざっくばらんに散らばっていたような記憶がある。
仕方がない、片付けてから寝るか、と、もう一度起き上がって、部屋の明かりをつけた。
ベッドの上の様子を眺めると、僕が足をぶつけたものはすぐに分かった。
眠っている、ダークチャオ・・・

黙って電気を消して部屋を出た。
本で読んだ話だが、アメリカの実験で、何日も人を眠らせないでおくというものがあったそうだ。
何日も寝ないと、幻覚や幻聴などの症状が現れ始める。
僕は一晩で出た。なんて睡眠に対して耐性がないんだろう。
こんなことでは、耐久の鬼の記録を抜くことなど、到底不可能だ。
いくらさっきまでチャオ小説を書いていたと言えども、幻覚でチャオを見るなんて、なんかの中毒かよ。

まだトイレに行っていなかったことを思い出す。
とりあえずトイレに行って、用を足す。涼しい夜だというのに、なぜか汗をかいている。
足はキッチンへと向かう。水分補給のため、冷蔵庫から麦茶を出して飲む。
冷蔵庫に入れて数時間しか経たない、生ぬるい麦茶だった。

部屋に戻り、ベッドの上を眺めた。
そのダークチャオは相変わらず、ベッドの上で寝ていた。
そういえばうちには野良猫がよく来る。妹が餌付けしているためだが、以前夜中に僕の部屋に入ってきて、一緒に寝たことがある。
僕が起きたころには、その猫はどこかに行ってしまっていた。
考えてみれば、今回のチャオだって似たようなものだ。

ひょっとしたら幻覚かもしれないのに、杞憂する必要はないんじゃないだろうか。
チャオを抱えて、ベッドの端のほうに移動させる。
そして僕は電気を消し、空いたベッドのスペースに横たわった。
眠気が溜まっていたせいか、すぐに眠りに落ちた。

そのときの僕は、一緒に寝た猫が糞を残していったことなど、すっかり忘れてしまっていた・・・



と、書いた所で「もしもし」
背後から呼びかけられた。振り返ってみると、ふうりんだった。

この作品について
タイトル
と、書いた所で
作者
チャピル
初回掲載
週刊チャオ第286号