探し物
枯れ葉がひらひらと舞い散る季節。
夕陽が空と雲をオレンジ色に染め、とても綺麗だ。
僕と彼女は、公園の片隅にあるブランコに座っている。
さっきから彼女はずっと口を閉ざしたまま、眉一つ動かさず、僕についてきていた。
そんな彼女は、さっきからある生物に視線を向けている。
それは、チャオと呼ばれる希少動物。
数年前にこの星で発見され、清らかな自然と外敵の脅威がない環境でしか生きてはいけない生物だ。
人の手によって、チャオの絶滅は回避され、現在は人間と過ごせるまでに復興を遂げていた。
彼女が見つめるチャオは、小さなボールを持って、近くにいる少年の元へ走っていく。
あの少年は、チャオの世話をしているのだろう。彼は近寄ってきたチャオの頭を撫でると、ボールを受け取る。
そして少年が遠くにボールを投げると、チャオはそれを目で追いかけた。同時に飛んで行った方角へと足を向け、走り出す。
チャオの走るスピードは、お世辞にも速いものとはいえなかった。亀の歩く速度よりも遅いわけじゃないが、あまり走るのが得意ではないようだ。
やっと追いつくと、ボールを両手で持ち上げ、少年のいる所まで戻っていくのであった。
少年もチャオもとても楽しそうだ。さっきから公園でずっとボール遊びをしている。
まるで本当の親子のように、僕には眩しすぎる光景だった。
「……あの子達。楽しそうだね」
唐突に彼女が呟いた。鈴虫の音で掻き消されそうな、か細い声で。
急に話しかけられたから、少し反応が遅れてしまった。
このまま無視するわけにもいかず、とりあえず「そうだね」っと、返事してみる。
彼女はまだ、氷のような冷たい瞳で、チャオを観察していた。ピクリとすら動かないから、死んでしまったのではないかと思ってしまう。
彼女はチャオと少年を見て何を思っているのだろうか。
でもまぁ、想像していることは見当がついていた。僕も彼女と同じ人間だからだろうか。
僕と彼女は今日、互いに家出してきたんだ。
僕の家庭は最悪だった。毎日両親は喧嘩し、僕達を道具のように扱う親。
何かうまくいかないことがあると、すぐ僕に暴力をふるった。今でも身体に痛々しい痣がいくつも残っている。
彼女も同じような家庭に生まれていた。聞いた話によると、相当酷い仕打ちをうけていたようだ。
彼女の全身に残っている傷……そして心の傷が、ただ深く、悲惨だった。
でも、僕らは親に歯向かう勇気を持ち合わせていない。抵抗した所で、ただ傷が増えるだけだったんだ。
それが嫌で、互いに相談しあった結果、僕らは家を抜け出すことにした。
「ねぇ」
さっきよりもハッキリとした声で、僕を呼び掛けてくる彼女。
それでも、彼女は僕を見ていない。
「幸せの家庭って……どんな感じなんだろうね」
「うん、僕も同じこと考えていた所」
「……何で、あの子はチャオに優しくしているんだろう。何で……何でなんだろうね」
「――それはきっと、僕らには分からない感情だよ。きっと、あれが幸せってやつなんじゃないのかな」
「幸せ……」
――幸せ。
それは僕らの環境からでは、分からない感情。
独りぼっちで逃げ場のない僕らには、分からないものなのだろう。
けど、僕達はもう一人じゃない。
僕は彼女と出会って、初めて心が生まれた気がしたんだ。
上手くこの心を彼女に伝えられないけど。まだ、幸せってどんなものなのか分からないけど……。
「だからさ、探しに行こうよ。幸せってやつをさ」
彼女と一緒に、感じとりたいと思ったんだ。幸せってやつを。
どんなに辛いことだろうが、やって見せるって。そう決意したんだ。
僕は彼女に手を伸ばして、エスコートしてみせる。
それに対して、ここに来てから一度も動きを見せなかった彼女が、俯いてしまった。
それから彼女は、もじもじと身体を動かしたり、スカートの裾を弄ったりしている。
どうしたのだろう、気分でも損ねてしまったのかな……。
そんな不安をよそに、彼女はいきなり僕の手を掴んで立ちあがったのであった。
「よ、よろしく……お願いします……」
そして恥ずかしそうに、やっぱり小さな声で彼女は言う。どうやら気分を悪くしたわけではなかったようだ。
お互い、気恥ずかしい気持ちを抱いているみたいである。こういうのは少し照れくさい。
「行こうか」
「うん」
彼女は顔を上げて、はっきりと頷いてみせる。
先程までの氷のような表情はどこにいったのやら。溶けてしまったのだろうか。
僕を見る彼女の瞳は、泉のように透き通っていて綺麗だった。
――大丈夫、彼女とならやっていける。
そんな願いを込めて、僕らはここから遥か遠くを目指して、歩き始めた。