最終話
次の日の朝、ぼくはソウヤを別室に呼び出した。おそらくは当たっているだろう、ぼくの勘を確認するためだ。
「ソウヤたちの親玉は、アキトだよね」
「そうだ」
やっぱり、とぼくは思った。アキトはチャオの能力を豪語するだけあって、本当に多彩なチャオだった。あれだけの力と信念を持っていれば、チャオたちを牛耳るのは難しくないだろう。
怜にはいわないでおきたかった。最悪の場合、アキトと戦わなくてはならなかったし、昨日の精神的ダメージが残っているうちに宣告をするのは酷だった。あるいは、怜もすでに気づいているかもしれない。
「最終目的はチャオが人間と同等の権利を得ることだ。だが、具体的な策は聞いていない。状況によって、アキトから指示をもらって我々は動いている」
つまりは、何をしようとしているのかはわからないということだ。仲間にすら策を伝えないところを見ると、戦わざるを得ない状況になりそうな気がして、嫌だった。だが、嫌がっている場合ではなかった。ぼくは、ぼくたちの物語を終わらせるのだ。
ウェストビーチでの会計を済ませ、ぼくたちはS動物園へと向かった。その中で、橋本に謝罪された。昨日の出来事で理解したらしい。怜はやはり正しかった。
S動物園まではそれほど遠くなく、二時間程度で着いた。S動物園は一見普通の動物園だった。チャオが拠点としている気配がない。清掃員や飼育員も、人間である。だが、それは当然のカモフラージュだった。不自然な部分をアキトが見逃すわけがなかった。
「彼らは全員監視されている。従わなければ殺されるだろう。相手は理性を持った猛獣のようなものだからな」ソウヤはそういった。「従業員もまた被害者だ」
ソウヤはぼくたちをゴリラの展示場に連れてきた。ゴリラは一匹もいなかった。柵を飛び越え、展示場に入る。「ここに彼はいる」とソウヤはいった。
すると、岩場の陰にある従業員用の扉から、アキトが出てきた。怜はじっとアキトを見つめていた。やはり覚悟はしていたようだ。
「ソウヤ、ありがとう」
アキトの第一声目はそれだった。
「後はあなたたちの問題だ」
ソウヤはそういって、アキトが出てきた扉へと向かっていった。扉の前でソウヤは振り返り「幸せになってくれ」といい、奥へと消えていった。
橋本も柵の外にいた。もしかしたら、ソウヤからすべてを聞かされていたのかもしれない。
柵の中で向かい合うのは、ぼくと怜、そしてアキトだけだった。
「アキト、久しぶりだね」
ぼくがそういうと、アキトは笑って見せた。
「ごめんね、晶、怜。会いに行きたかったんだけど、ぼくにはやらなきゃいけないことがあったんだ」
「うん。大丈夫、もうすぐ叶うよ」
「ううん。まだなんだよ、晶。このままじゃ同じだよ」
言葉に詰まった。初めての否定だ。この先に来る言葉は、ぼくたちの知らないものになる。
「もう人間は十分恐怖に支配されてる。あとは王の口からチャオの権利を主張させればいい」
怜が言い返した。それでもアキトは首を横に振った。アキトは口を開いた。
「実際のチャオを知らない者たちが国を動かしているからいけないんだ。ぼくは国を潰して、作り変えるよ」
ぼくたちは何も言い返せなかった。これ以上の犠牲は無駄だと思っているか、思っていないか。これだけの差なのに、ぼくたちは決着をつけなくてはいけない。だが、ぼくたちは決着をつけに来たのだ。
アキトはハヤブサの翼を羽ばたかせた。
「ぼくは、やらなきゃいけないんだよ」
アキトは空中からぼくを襲った。急降下しながらゴリラの腕とタカの足でぼくの顔を狙う。ぼくはそれを避け、アキトの足をつかむ。
終わりにしよう、アキト。
後ろに回りこんだ怜が羽の根元をナイフで突く。羽ばたけなくなったアキトは地面に落ち、そして、ぼくがそのアキトの胸をナイフで切り裂いた。
実力差は歴然だった。ぼくたちは、殺すことに慣れすぎたのだ。
「アキト」
ぼくは胸が切り裂かれたアキトを見た。怜が涙を流しながら、岩場を降りてきた。
「やっぱり、だめか」
アキトは虚ろな目でぼくたちを見ていた。
「ぼくは、人間を恨みすぎたみたいだよ」
アキトはわかっていたのだ。自分の行いがどこまで目的に沿っているか。それでも、そこには譲ることのできない感情があったのだ。
「アキト、君はどうしたかったんだ」
もはや目的は達成される目前だったにも関わらず、アキトをさらに突き動かした感情をぼくは知りたかった。
アキトはすでに絶命寸前だ。
「ぼくは、認められたかった」
その言葉を聞いたぼくと怜はアキトを抱きしめた。
「ぼくは、君を認めよう」
嗚咽を漏らす怜も、何度もうなづいた。
「君はぼくたちと暮らすべきだったんだ」
アキトは笑って見せたあと、繭に包まれた。
怜は繭にしがみつきながら、アキトの名を呼び続けた。
「そうか」
ぼくの声に、怜は顔を上げた。
そこには、一つのタマゴがあった。ぼくはナイフを捨て、タマゴを抱きかかえた。
「ぼくはもう何も切らなくていいんだ」