第十一話 世界革命
ハルバードとサイスはチャオガーデンに立ち寄った。エンジェルリングを量産するためにチャオが飼われているガーデンである。クレイモアが手に入れた賢者ブレイクの過去について知った後アックスたちが人類をチャオに変えることで争いを無くそうとしていたことを聞いたため、チャオの姿を見たくなったのだった。
チャオガーデンには一足早くブロウが来ていた。ブロウはヒーローチャオに囲まれていた。チャオたちは口々に撫でてと言っていた。
「君は」
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
ハルバードたちはブロウから離れた所に腰掛けてチャオたちを眺めた。確かにチャオには争いをするというイメージがない。しかし誰が先に撫でてもらうかで少しもめているようにも見えた。暴力というものを知らないのか、自分が先だと主張するばかりではあったがそれを見ていてハルバードは何事も都合よくいかないのだという気分になった。もし人類がチャオに変わっても殺し合うのではないか。サクラというチャオが異文化の影響を強く受けていたらしいことも暗い気持ちを後押しした。少なくとも過去を変えればどうにかなると思っていた自分たちは甘かったのである。過去を変えても異文化ウイルスがあるから悲劇が生まれやすくなっており、結局サイスは不幸な目に遭うかもしれない。そもそも異文化ウイルスがなかったとしても過去を変えればそれで明るい未来が保障されるわけではないのだ。そのことにハルバードは気が付いたのだった。
「幸せになるなら、とことん幸せにならないと意味がない」
次々と撫でられて頭の上の輪をハートに変形させるチャオたちをぼんやりと眺めながらハルバードは呟いた。
「子供の旅だったんだな、結局は」
「ねえ、これからどうするの」
クレイモアはカオスエメラルドを追い続けるのかやめるのか選べと言った。ハルバードがどうするつもりなのか、サイスは知りたかった。ハルバードと行動を共にするつもりであった。
「わからない。でも戦争を終わらせて平和にできるのなら、そうしたい」
異文化ウイルスを消すことはできなかったらしい。もしかしたらこの星は既に敗れているのかもしれなかった。
ハルバードはアックスの部屋に、サイスはスピアの部屋に泊まることになった。翌日朝から外出していたアックスが、
「賢者ブレイクが来たぞ」とハルバードに言った。
「ブレイクが、どうして?」
「自分の心臓を差し出しに来たようだ」
心臓がカオスエメラルドに近い物体になることを知らないハルバードにはただならぬことに聞こえた。アックスから説明を受けて理解はしたが、それでも心臓を差し出すことを平然と受け止めることはできなかった。
「それって死ぬってことじゃないのか」
「かもしれない。だがカオスエメラルドに近くなっている部分だけを取り除いて、そこにエンジェルリングを代わりとして入れれば大丈夫だとドクターは考えているようだ」
大丈夫と言われてもハルバードは不安に感じた。エンジェルリングが臓器の代わりになるという印象がなかった。
「手術はもう始まっているのか?」
「まだだと思う」
「なら会って話をしたい。案内してくれ」
サイスを祖父に会わせてやらねばならないとハルバードは思ったのだった。スピアの部屋に寄って、サイスを連れ出す。スピアも付いてきて、四人で研究室に向かった。賢者ブレイクはベッドに拘束されていた。
「この人が賢者ブレイクだ」とアックスが言う。
「これ、無理矢理捕まえたのか?」
体がベルトで固定されていて、腕も足も動かせないようになっていた。
「私が頼んだんだ」と拘束されている老人が言った。「不意に人を殺さなければならないと思ってしまう。こうしておいた方が安心できるんだ」
「異文化ウイルスの影響ですか」
「彼から聞いたのか。そうだ。異文化ウイルスによって私は人を殺める兵士として最適化されてしまったみたいだ」
ハルバードはサイスの背中を優しく叩いた。サイスが一歩前に出る。
「おじいちゃん?」
恐る恐る尋ねた。老人はサイスを見た。
「君は?」
「サイスっていいます。たぶんあなたの孫です。お母さんが自分の親は賢者ブレイクだって言ってたから」
サイスは自分の母の名前を告げた。そして母が親の顔を見たことがないと言っていたことなどを話した。
「確かに君は私の孫かもしれない」
「はい」
「そうか。孫が生まれていたのか。ソフィアに見せてやりたかった」
ソフィアは、とブレイクは何かを言いかけたが、続きを言うのをやめてしまった。そしてサイスに向けて、
「すまなかった。一緒にいるわけにはいかなかったんだ。私たちは自分の子供でさえ殺してしまうかもしれなかった。子供はわがままなものだ。そこが愛らしいはずなのに、私たちはそれを鬱陶しいと思ってしまうかもしれなかった。私たちは敵と思った人間を殺してしまう」と言った。
サイスは黙っていた。目の前にいる老人を恨む気持ちがあった。彼の言い分を聞いていてその気持ちが表に出てきそうになった。我慢し飲み込んだのは言ってしまったら自分の気持ちが軽くなってしまいそうな気がしたからだった。言えば少しだけ楽になってしまう。それは嫌だった。
「そう」
それだけ言ってサイスは話を打ち切り後ろに下がった。もういいよ、とハルバードに小声で言った。ハルバードは頷いた。ハルバードは間を作らないために素早く、
「聞きたいことがあります。どうして異文化ウイルスを消すことができないのでしょうか」と質問をした。
賢者ブレイクは数秒答えを考え、そしてゆっくり話した。
「おそらく文化は消すことはできないのだろう。消えることがあっても、それは無くなるわけではない。新しい文化がその上に重なって上書きされていくのだ。そうしてようやく変化は訪れる」
「そうなんですか」
「おそらくな」
他に質問することはなく四人は研究室を出た。
翌日、ハルバードはカオスエメラルドを手に入れる旅に出るとサイスに告げた。
「世界革命はまだ終わっていないんだ」
一人で行こうとも考えていたのだが、サイスならば何も言わずに付いてきてくれるだろうと思うと、頼りたくなってしまったのだった。案の定サイスは、
「わかった。私も行く」と言った。
二人は研究室に向かった。カオスエメラルドを一つも持っていないため戦力に不安があった。ドクターフラッシュに賢者ブレイクの心臓から取り出した宝石を貸してほしいと頼みに訪れたのである。手術は成功したらしい。賢者ブレイクはまだ生きていて、安静にさせているとフラッシュは説明した。フラッシュは賢者ブレイクの心臓から取り出した宝石を二人に見せた。握り拳よりもいくらか小さい宝石であった。心臓の半分ほどが変化していた、とフラッシュは言った。
「驚異的な大きさではあるが、賢者ブレイクの心臓でもまだカオスエメラルドには届かない。新しいカオスエメラルドになるにはもっと奇跡を起こさなくてはならないみたいだ。君たちのことはアックスとスピアから聞いた。彼らより君たちの方が魔法使いとしては優秀だということもね。それに昨日の話が本当ならそちらのお嬢さんは賢者ブレイクの孫娘ということになる。私としては君たちこそがカオスエメラルドを生み出す者であると思いたいのだよ」
そう言ってフラッシュは賢者ブレイクから取り出した宝石と、もう一つ似たような大きさの宝石を二人に渡した。
「こちらは私が発見した宝石だ。やはりこれもカオスエメラルドになれなかった物だ。おそらくサクラというカオスになりつつあったチャオのものだろう。持っていくといい」
「ありがとうございます」
二人は宝石をそれぞれ一つずつ受け取った。フラッシュは冗談を言うように、
「いいさ。私にとっては君たちこそが希望だ。心臓の宝石を育ててくれよ」と笑いながら言った。
「はい」
カオスエメラルドを奪うためにはGUNの施設を襲わなければならない。どうやって情報を集めればいいのか、シュートに頼り切りだった二人にはわからず、クレイモアに相談した。するとクレイモアは自分がやると言い、一晩で調べてきた。
「カオスエメラルドは七つを同じ所に置いておくとGUNの内部の人間が悪用しようとした時危険なので、別々の場所に保管することになったらしい。おそらく小さい基地から狙うのがいいだろう。だから五八四町の基地が最初のターゲットだ」
「わかった。ありがとう」
そう言ってハルバードとサイスが去ろうと背中を見せると、
「カオスエメラルドがないから人の記憶を読むことができん。今回調べるのに掛かった費用は払ってもらうからな」とクレイモアは言った。
五八四町に向かう電車の中でハルバードは、お願いがある、と言った。真剣な眼差しでサイスのことを見つめていた。
「人を殺さないようにしてほしい。できれば誰も殺したくない。だから急所を外すように攻撃してくれ」
「無茶だね」
サイスは困った顔をした。
「そんなことしたら殺されちゃうかもしれないのに、それでもそうしたいんだよね」
質問ではなく確認をするようにサイスは言う。ハルバードは頷いた。
「それが未来のためだから」
「わかった。いいよ。頑張ってみる。それにそっちの方がやりがいあるかも」
サイスは右手を開いたり閉じたりした。その右手の動作をハルバードに見せながら、
「この前、傷を治す魔法を使ってた人がいたでしょ。その魔法、パクってみた。だから怪我したら教えてね」と言う。
「凄いな。その魔法俺にも使い方教えてよ」
「うん、いいよ」
サイスは自分の手の甲に魔法で切り傷を作り、そしてそれを魔法で治してみせる。痕も残らず傷は塞がる。そしてハルバードの手の甲でも同じことをする。そうして実演をしながらサイスはハルバードに魔法の使い方を教えた。
二人はGUNの基地に侵入した。人を殺さないように努めることにした一方で、機械などについては特に決めておらず、むしろ破壊するのも厭わないといった風であった。鉄扉を破壊して基地の内部に二人は入った。
人を殺さないように戦うことは思いの外簡単だった。異文化ウイルスの影響で効率のよい殺し方が見えるようになっていた。相手の動きが予測できるようであったし急所を狙って射撃することもできそうだった。だからその研ぎ澄まされた感覚を利用して急所を外すように努めればよかった。意図的に腕や脚を狙うようにする。後は体が動くままに戦えばよかった。もしかしたら即死しないだけで結果的には殺してしまうことになるかもしれなかったが、ハルバードはそれでも上手く戦えていると思った。
二つの宝石の力はエンジェルリングの力よりも強かった。そのためにGUNの魔法使いが何人来ても二人は圧倒することができた。しかし殺さないようにすると決めた瞬間からわかっていたことが起きた。背後から負傷させた魔法使いに狙撃されたのだった。その弾丸はハルバードの左腕をえぐった。このようなことが起こるとわかっていたためハルバードはサイスの後ろを走っていた。走りながら魔法で腕を治す。後ろの魔法使いに攻撃する必要はない。脚を撃っているので追いかけることはできない。背後からの反撃が来たことをハルバードは嬉しく思った。相手がまだ生きているとわかる。サイスが心配しないように声を押し殺そうとするが、魔法によって作られた弾丸が体を射抜けば堪えることは難しい。治療の魔法によって怪我はすぐに軽いものになるが、弾丸を食らった瞬間の痛みがいつまでも頭の中に残って思考を乱した。
「大丈夫?」
サイスが振り向いて聞いてくる。ハルバードが壁となっていたために彼女は無傷であった。
「ああ、大丈夫」
ハルバードを助けているのは治療の魔法だけではない。魔法によって体は強化されている。特に頭や心臓の辺りは守りを固めているので死ぬ心配はなかった。だから大丈夫なのである。たとえ撃たれた苦痛が心をぼろぼろにしても、体に傷が無ければ大丈夫と言い張ることができる。それに苦痛が育むものもあるとハルバードは思っていた。
基地の中心部でペネトレイトがハルバードたちを待っていた。ペネトレイトはカオスエメラルドを持っていた。
「カオスエメラルドは渡さない」
ペネトレイトは大口径の弾丸の魔法を足元に撃った。一秒に三発というペースで腕をもぎ取りかねない大きな弾丸を撃つのを二人は走って避ける。サイスが弾丸の魔法を連射して応戦するが全てバリアによって防がれた。カオスエメラルドを持っているペネトレイトのバリアを突き破ることは難しい。射撃のためにバリアに穴が出来るはずである。そのサイズがどれほどの大きさかわからないが、そこを狙うしかないとハルバードは思った。ハルバードは走る速度を遅くした。そしてペネトレイトが手を狙って射撃する瞬間にハルバードもペネトレイトの手を狙って射撃した。ペネトレイトの右手に穴が開いた。そしてハルバードの右手が弾けた。ハルバードは痛みのあまり絶叫し、膝を付く。そして倒れる。ペネトレイトも痛みによって錯乱していた。そこにサイスが突進し、魔力が供給されず薄くなったバリアを叩き壊してカオスエメラルドを奪った。その勢いのままハルバードに駆け寄って、右手を治そうと魔法を使う。無くなってしまった右手を元に戻さなければならなかったので時間が掛かる。
「逃がしてたまるものか」
理性を少しだけ取り戻したペネトレイトは懐からリモコンのような物を取り出した。自爆スイッチかもしれないとハルバードは思った。ペネトレイトはバリアの魔法を使えば運がよければ助かるかもしれない。カオスエメラルドの力で瞬間移動して逃げるべきだ。そう思ってハルバードはサイスからカオスエメラルドを奪い、カオスエメラルドに意識を集中させた。二つの宝石もある。二人を基地の外に移動させるくらいならできるはずだと信じた。