第八話 賢者ブレイク
ハルバードたちは既に三つカオスエメラルドを入手してしまった。クレイモアが帰ってきてカオスエメラルドを返却したのでアックスたちも三つ所有していることになる。アックスは最後のカオスエメラルドをハルバードたちより先に手に入れるために、賢者の称号を手に入れた魔法使いを探していた。クレイモアがその役目を引き受け、アックスたちは拠点のマンションで待機することになった。
アックスは自信を失っていた。人を殺すのはよくないというレジストの言葉が心の中に残っていた。やはり人を殺すことはよくないことだったのか、とアックスは後悔していた。人間に化ける前は誰かを殺そうという考えを持ったことなどなかった。人間に化けてからもしばらくはそのような考えは生まれなかった。殺さなければならないかもしれない、と思うようになったのはカオスエメラルドを集めることを決意してからだ。アックスは他者を殺めることなど考えてこなかったチャオだったから、人殺しというのがどれだけ罪深いものなのか今でもよくわかっていなかった。
「どうしたの」と部屋を訪ねていたスピアが言った。ソファに座ってうなだれているアックスと向かい合うように立っていた。
「人を殺すことはよくないことだったのか?」
「そんなこと考えない方がいいよ。考えると辛くなる」
「確かに辛い」
「仕方ないよ。殺さないと奪えなかったかもしれないし、こっちが殺されていたかもしれない」
「本当にそうなのか?」
スピアは、そうだよ、とあっさり言った。アックスは驚いた。カオスエメラルドを奪いに民家に行った時に、殺さなくてもよかったのに、とスピアが言ったことを思い出していた。そのことを彼女は忘れているのだろうかとアックスは思った。あるいは人間の目線で見るとそのような結論に行くのが当たり前なのかもしれない。
「それに最後の一個を手に入れて、ハルバードたちが持っているやつも奪えば、それでもうおしまいなんだから。こんなタイミングで迷ってちゃ駄目でしょ」
「そうだな」
「ありがとね、アックス。アックスのおかげでここまで来れたよ。一緒に最後までやり遂げよう」
アックスは顔を上げて、
「そうだな。やり遂げよう」とスピアに言った。
深夜にクレイモアがアックスの部屋を訪ねた。
「賢者のいる場所がわかったぞ」とクレイモアは言った。
「どこだ」
「三七五町だ」
「ここじゃないか」
クレイモアは頷いた。
「そうだ。ここだ」
「それで三七五町のどこだ」
「このマンションだ」
アックスは黙した。クレイモアは至って真面目な風に喋っていたが、からかわれたような気がした。
「そうか」と小さな声で言う。
「賢者はホープというカオスチャオのようだ」
アックスはクレイモアを睨むように見た。その目が、本当か、と言っていた。クレイモアは目を逸らさなかった。
「ここに引っ越してきたのはつい最近のようだ。奪いに行く時には俺も呼んでくれ。大事な用がある」
そう言ってクレイモアは踵を返す。言うべきことを言い終え帰ろうとする彼に、
「待ってくれ。賢者が先生だということ、スピアには言うな」とアックスは言った。
「わかった」
クレイモアは振り向かずに答え、そのまま出て行った。
三七五町に来たハルバードたちは敵が潜伏しているらしいマンションを訪れた。そこで丁度三階の部屋に入るアックスたちの姿を見た。
「あれがあいつらの拠点ってわけだな」とハルバードが言った。
シュートは自分の持っている情報と違うことに戸惑ったが、黙ってハルバードたちに付いていった。アックスたちが入った部屋のドアは鍵の部分が破壊されていた。不審に思いながら部屋に入ると、リビングには人間の姿をしたホープがいた。ホープはカオスエメラルドを四つ手にしていた。
「先生、これは一体」
「君たちまで来たのか。凄いタイミングだな」
ハルバードとサイスは、敵の拠点であるはずのマンションにホープがいることに驚いていたからシュートとペネトレイトの行動に気付けなかった。二人は沈黙の中突然動き出して、ハルバードとサイスが持っていた三つのカオスエメラルドを奪い、ホープの後ろに隠れた。
「どういうことだ、今のは」とハルバードがホープの後ろの二人に言った。答えたのはホープだった。
「君こそどういうつもりだったのかな、ハルバード。七つのカオスエメラルドがあれば世界を変えられるとか、そういう邪なことは考えていなかったかな」
咄嗟に誤魔化す言葉も見つからず、ハルバードは返答できなかった。
「今の世界は世界革命のおかげでおおむね平和だ。それを自分勝手な願い事で壊されては困る。カオスエメラルドは悪用されないよう管理されなくてはならない」
「世界革命のおかげで平和というのは少し間違っている」
口を挟んだのはクレイモアだった。彼が発言して初めてハルバードとサイスはクレイモアがいることに気が付いた。彼の死体を確認していた二人はホープを見た時以上に驚いていた。しかし二人の驚愕をよそに会話は進められていく。
「あなたは異文化ウイルスというものを知っているか」
「なんだそれは」
「世界革命によって失われた記憶だ。むしろ世界革命のために平和へ進むことさえできなくなったという考え方もできる」
クレイモアはホープに向けて封筒を投げた。
「それに真実が書いてある」
「もらっておくよ」
ホープはそう言って、カオスエメラルドの力を使って瞬間移動した。三人が消えてしばらくの間があった後サイスが、
「どうして生きてるの」とクレイモアに言った。
「アックスにカオスエメラルドの力で蘇らされたんだ」
サイスの眉が寄る。ハルバードがもう隠すことはできないと判断して、
「敵のリーダー格の、ブレイクって名乗っていたやつがアックスだったんだ」と教えた。そしてアックスが小さく手を挙げた。
サイスは戸惑った。幼い頃よく遊んでいたメンバーが集まっていた。それなのに和やかな雰囲気ではないのである。
「でも、そうか、生き返っていたのか。教えてくれなかったのは、やっぱり言えなかったからなのか」
ハルバードがそう言うと、いや、とクレイモアは返した。
「別にそのように強制されてはいなかった。ただ俺は知りたいことがあったんだ」
「賢者ブレイクのことか?」
「そうだ。俺は生き返ってから、カオスエメラルドを使って人の記憶を見ることができるようになった。その魔法を使って賢者ブレイクを探していた」
「見つかったの?」とサイスが言った。自分の祖父のことは幼い頃からずっと気になっていた。
「ああ。賢者ブレイクは世界革命によって失われたはずの記憶を持っていた。記憶が消えたのは奇跡の代償ではなかった。彼が意図的に人々の記憶を消したんだ」
「そうだったんだ」
まるで賢者ブレイクが悪人であるかのようにサイスには聞こえた。彼の子供であるとされる母も優しい人ではなかった。母は生まれてすぐに乳児院に預けられ、両親の顔も見ることなく児童福祉施設で育った。サイスは母から賢者ブレイクは子供を捨てる人間だと聞かされてきたのだった。そしてクレイモアの話によって自分の血筋への嫌悪感が掘り起こされてサイスは顔をしかめた。
「世界革命は世界を救うためのものではなかったんだ。だからこそ君たちは選ばなくてはならない。カオスエメラルドを追い続けるのか、ここでやめるのか」
「選べって言われても」
スピアがそう困惑を口にした。四人が全員似た気持ちであった。選択肢など頭になかった。
「真実を知れば選ぶしかなくなる。そして俺が真実を教えよう。五十年前の真実を」
そう言ってクレイモアは先ほどホープに投げた封筒と同じ物を四人に渡した。