「置手紙」

とあるチャオのお話。
チャオは恵まれていたが、それを振り切った。

特に意味は無い。チャオの責任だ。全てチャオが悪い。
拾って貰って、暖かく育ててもらった。でも、悪い気がしてあの家を飛び出した。
そして一年経った今。この家の前に立っている。
チャオ用にここのお母さんが作ってくれた服のポケットに、走り書きで書かれているメモが入っている。
恐らく、ここのお父さんの物だろう。

「戻って来い」

と、そう書かれていた。読めないんじゃないか、とも思えるほど汚い字だ。
走って飛び出たチャオに伝えたかったのだろう。理由は分からずとも、去って欲しくは無かったのだろう。
口から出る言葉はいらない。文字で良い。文字は永遠に誰かに伝えることのできる、唯一の言葉。
そして、幸せから逃げ切れなかったのはこの文字のせい。

暗がりに捨てられていたチャオを拾ったのは、この家のかわいい兄貴分。
歳はチャオの方がちょっぴり上なんだけど、とりあえず兄貴分。小さな悪事を働いたり、いろいろ遊んだ。
兄貴分が近くの山に遊びに行った時に、チャオは拾われた。
泣きもしないで、叫びもしない。ボロボロであったチャオをバケツに入れてある泥水で洗ってくれたクソ兄貴。
その後家にチャオを連れて帰ったんだけど、バケツの中とチャオの様子から全てを察したのか、叱られてた。
結構馬鹿っぽい。それがまたいい。

兄貴分がチャオと悪事を働いている時に、決まって止めに入る姉貴分。
歳は負けた。スケールの大きさは負けちゃいない。
けれど、力は圧倒的に負ける。うっとうしいことだって度々あったがそんなのは良い。
典型的な「悪態を晒す馬鹿」にならずに済んだのは姉貴分のお陰。

そんな人たちの家。本当にチャオは一年で戻ってきたのか?
閑散としている庭。呆然と見上げるチャオ。
戸を開けてみる。簡単に開いた。恐怖さえ覚えた。
玄関に入ってみると、そこには一枚の置手紙があった。


「私たちのチャオ

今、家に帰ってきてこの手紙を読んでいることと思います。
頑張って一字一字に一分は時間をかけました。しっかり読んで力を付けてください。

急に飛び出したチャオを追いかけて、お父さんはどこまでもどこまでもその場で走り続けました。
一体どこへ行ったの?私はとても心配でなりません。お父さんは近くの民家にまで探しに行ってしまい、怒られてしまいました。
なんてことをしてくれたんですか。良い機会なので感謝しています。

チャオが出て行って一週間が経った頃です。
街は選挙一色になり、とても普通に歩き、過ごせる家ではなくなりました。
私たちは良い機会だからと家を捨て、チャオを探しに行ったのです。
その時にこの手紙を玄関に置いていきました。今でも玄関にあるかはわかりません。
もし玄関に無かったら、玄関に置いてください。

そうそう。お父さんがゴミ捨て場で変な物を拾ってきたんですよ。
そんな見っとも無いマネは止めろって言っても次から次へと拾ってくるんです。
使い捨てだけどまだ使われていないホッカイロなど、どうしようもないばかりで困ってました。今は夏なのに。
そんなお父さんだけど、これからもよろしくお願いします

兄より」


チャオはこの手紙を読んで愕然とした。
とても深い物があるのは分かっていたのだ。だけれど、大きな問題があった。
字が読めない。

せめて絵で書いてくれよと思ったが、気迫で読んだ。
「あて先はコチラ」と下の方に書いてあった気がしてならない。
とは良いが、そんなものどこにも書いていない。期待外れだったので、とりあえず食べてみた。
炭酸から水を抜いた味がした。要するに紙だ。

美味しくない上に量が少ない、この手紙を吐き出していると二階で物音がした。
チャオの心臓はこれまでに無いほどの速さで止まった。
一瞬苦しかったが、とりあえずは治った。助かった。これが後のキリストである。

こうして、チャオは何もすることが無かったので家族を探す旅へと出発した。
物音の正体はどうでも良かった。恐らく家族だろう。
そう、チャオの目の先には照らされるべき道が映っていた。
一つ、また一つと、大人への一歩を踏み出すのだ。

この作品について
タイトル
「置手紙」
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第222号